第八十九話誰のための人生か
現存する最古のリゾートクラシックホテルと言われています。
そのホテルに宿泊した名立たる有名人は、アインシュタイン、ヘレン・ケラー、そして、建築家・フランク・ロイド・ライト。
再建した本館は、フランク・ロイド・ライトが造った旧帝国ホテルを模したそうです。
ル・コルビジエ、ミース・ファン・デル・ローエとともに、「近代建築の三大巨匠」と呼ばれる、フランク・ロイド・ライト。
彼の92年の生涯は、真実と虚構が入り混じり、スキャンダルにまみれました。
不倫、駆け落ち、殺人、絶望と失墜。
でも、彼が造った建造物は、今もその姿をリアルに留めています。
彼はよく、こんな言葉を口にしていました。
「あなたが本当にそうだと信じることは、必ず、起こります」。
彼の建築スタイルは、型破りでした。
新しく何かを産みだす力は、90歳を超えても、こんこんと湧いていたのです。
新しいものに、ときに人は反感や違和感を覚えます。
ライトは、何度も非難の対象になりました。
でも彼は、どんな苦難に落とされても、そこから這い上がる強さを持っていたのです。
もしかしたら、それは強さではなく、弱さだったのかもしれません。
弱いと自覚しているから、強く願い、懸命に努力する。
類まれなる精神とは、結局のところ、強さに根差すのではなく、弱さの上にたちあがるものなのでしょう。
アウトサイダーであることを厭(いと)わず、いつも境界線上を歩き続けた男、建築家・フランク・ロイド・ライトが、その数奇な人生でつかんだ明日へのyes!とは?
近代建築の巨匠、フランク・ロイド・ライトは、1867年アメリカのウィスコンシン州に生まれた。
父・ウィリアムは、芸術を愛する教会の牧師。母・アナは学校の教師だった。
ウィリアムはシングルファザー、連れ子があった。
アナは、自分のお腹を痛めて産んだ息子、ライトを心底可愛がった。
他の子どもとあきらかに差をつけた。
音楽や文学を好むが全く生活能力がない夫、ウィリアムに辟易(へきえき)していたアナは、自分の持てる全ての愛情をライトに注いだ。
「この子を、絶対、有名な建築家にするの」
アナはライトがお腹にいるときから、建築の本を読み、イギリスの大聖堂の絵を額に入れて、育児室に飾った。
いつも貧乏だった。父が家にお金を入れない。
本当は自分も音楽や文学の世界にひたりたいのに、家事育児に翻弄(ほんろう)される母は、ときにヒステリックになったりした。
唯一、幸せな瞬間があったとすれば、19世紀の音楽家、ギルバート・アンド・サリヴァンの楽曲を家族みんなでピアノを囲んで歌うときだった。
楽しかった。ことさら大きな声で歌った。
そこには、父がいて、母がいた。
ピアノがライトにとって、終生手放せない生活の一部になったのは、もしかしたら、この体験があったからかもしれない。
ライトが18のとき、両親は離婚。
父はヴァイオリンと数冊の本だけ持って、家を出ていった。
以来、母アナは、ライトを愛し続けた。
世間がどんなに彼を悪く言っても、そばにいた。
絶対的な愛を手に入れた人間は、奔放になれる。
フランク・ロイド・ライトは、母の愛を盾に、世界に飛び出した。
母の願いどおり世界的な建築家になったフランク・ロイド・ライトは、知っていた。
「全くのゼロから何かを産みだせるやつなんて、いるもんか。全ての芸術は、自分が見たもの聞いたものの、集積、貯えの中から生まれるものなんだ」。
古今東西、過去から全世界まで、あらゆる芸術に興味を持ち、取り入れられるものは全て取り入れた。
中国、日本、東洋の作品には特に心ひかれた。
1893年のシカゴ万博。26歳のときに観た日本の浮世絵に衝撃を覚えた。
「なんだこれは、本質をとらえているのに、簡潔だ。スピリットがあるが、美意識を失っていない」。
初めての海外旅行。多くのアメリカ人がヨーロッパに向かったのに、ライトは日本を訪れた。
日光の金谷ホテルに宿泊。東照宮に心うたれた。
日本を「地球上でもっともロマンティックで芸術的な国」と表現した。
建築物は、評価を得ていく一方で、その浪費癖や女性問題で悪評を得た。
ほしいと思ったものは、金に糸目をつけずに購入。
女性も、好きだと思えば一直線。
妻と子どもを捨て、建築を依頼してきた施主の妻と駆け落ちしてしまう。
無茶苦茶だった。倫理も道徳もない。
でも、どんなに失墜しても、必ず建築界に戻ってきた。
「好きな気持ちに歯止めをかけるのは、感性を鈍らせる」
世界的な建築家、フランク・ロイド・ライトは、家に放火され、家族を殺されるという試練も味わった。
失意と絶望。精神的に追い込まれる。
背中や首に腫物ができて、視力が落ち、失明するのではないかという危機が続く。
そんな彼がやったこと。
それは焼け落ちた家、タリアセンを再建することだった。
石、一個。板、一枚。
灰の中から、少しずつ新しいタリアセンができていった。
でも、本当の意味で、彼を激しいトラウマから救ったのは、日本からの依頼だった。
帝国ホテルの建設。
このプロジェクトのために、ライトはおよそ4年間、東京で過ごした。
ただ、予算がどんどんかさみ、日程も大幅に遅れた。
帝国ホテルの完成を見ることなく、本国に戻った。
フランク・ロイド・ライトの人生には常に欺瞞(ぎまん)がつきまとい、彼が決して褒められた人間ではなかったことがうかがえる。
だが、それらを差し引いても、彼が残した建造物に嘘はない。
遠慮がない男、恥を恥と思わない男。
彼はきっとこんなふうに言うかもしれない。
「自分の人生なんだろ?なんで他人に気をつかってばかりいるんだ。オレは関係ないね。誰に何を言われたって、いいんだ。だっていいものを創ろう、残そうって思ったら、みんなにいい子ではいられないよ」。
フランク・ロイド・ライトの醜聞(しゅうぶん)は消え、今、彼の造った建物に、風が吹き抜けていく。
【ON AIR LIST】
You Belong To Me / Bryan Adams
Butterfly / Corinne Bailey Rae
1979 / The Smashing Pumpkins
Bitter Sweet Symphony / The Verve
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