第三百三十五話楽しみを見つける
二宮金次郎(にのみや・きんじろう)。
かつて全国の多くの小学校に、薪を背負い、本を読む金次郎の銅像がありました。
明治を代表する思想家・内村鑑三(うちむら・かんぞう)が英文で書いた外国人向けの人物伝『代表的日本人』で、日本を代表する五人のうちの一人として二宮金次郎を選び、明治の文豪・幸田露伴(こうだ・ろはん)が、少年少女のための文学として金次郎の生涯を執筆。
この本の挿絵に「薪を背負って読書をしながら歩く金次郎少年」が用いられたことによって、イメージが定着したと考えられています。
昭和初期、このイメージをもとに銅像が作られ、全国の小学生の模範となるよう、設置されたと言われています。
勤勉、勤労の象徴としての金次郎の銅像は、時代にそぐわないと撤去が相次いでいますが、彼自身の功績は、時を経ても色あせることはありません。
それどころか、農業の発展のために考え抜いた経営哲学や、ひとはいかにして生きるべきかという人生思想には、現代の我々へのメッセージが込められています。
金次郎は、貧しさの中、幼くして両親を失い、一家の働き手として農業に勤しみますが、度重なる苦難が待っていました。
そんな中、培った哲学。
それは、自らで「楽地」を見つけるということ。
楽地とは、楽しい場所。
どんなに苦境に立たされても、自分で楽しさを見出さないかぎり、人生の達人にはなれないと説いたのです。
ここに、厳しい峠を越えようとしている二人の商人がいます。
ひとりの商人は嘆きます。
「こんな重い荷物を背負って、峠道を歩くなんて辛くてかなわない。ああ、峠なんかなければいいのに…」
でも、もうひとりの商人はこう言いました。
「いや、私はそうは思わない。むしろ、もっともっと険しい峠が続けばいいと思う。そうすれば、商人が来なくなる。頑張って登りきれば、私ひとりが商いをすることができる」
こんな説法で若者を鼓舞した賢人・二宮金次郎が人生でつかんだ、明日へのyes!とは?
江戸時代後期の偉人・二宮金次郎は、1787年、現在の神奈川県小田原市に生まれた。
金次郎が生まれる4年前、天明3年、浅間山が噴火し、大災害が関東を直撃した。
農作物は育たず、凶作は全国に拡がる。
世にいう天明の大飢饉。
農民たちは、絶望のどん底にあった。
金次郎が生まれた頃も不景気は続いていたが、実家は広大な田畑を受け継ぐ裕福な農家だった。
しかし、金次郎の父は、根っからのお人よし。
困ったひとを見ると、放っておけない。
金を貸し、米を与え、貯えを減らしていく。
父のお人よしを笑う者もいた。
父の口癖はこうだった。
「ひとさまにしたことは、必ず自分に返ってくる。親切にしておけば、やがて自分が困ったとき、必ず助けてくれるんだ」
金次郎が4歳のとき、南関東を暴風雨が襲い、近くの川が氾濫。
家は流され、先祖代々守ってきた畑は砂で埋まってしまう。
たった一晩で全てを失い、食べるものにも困る生活が待っていた。
以前、お金や米を工面した農家を廻るが、誰一人、助けてくれない。
仕方なく、荒れ果てた畑を耕す。
心労の末、父は目が見えなくなり、やがて床にふせる。
12歳になった長男・金次郎は、父に代わり、川の堤防工事の仕事に出かけるが、稼ぎが足りない。
悔しかった。
どうして優しい父がこんな目に合うのか。
世の中の理不尽に直面し、怒りが湧いてきた。
12歳の二宮金次郎は、貧しい一家を支えるために朝早くから堤防の仕事に出かけたが、大人たちのように十分な力仕事ができない。
雨の日も風の日も出かけていったが、かえって足手まといになってしまう。
金次郎は、父のことを尊敬し、誰がなんといっても父の言葉を信じていた。
ひとを幸せにすれば、その幸せはいつか自分に返ってくる。
夜中、金次郎は草鞋を編んだ。
力仕事では役に立たないが、せめて働くひとたちに履いてもらおうと思った。
誰かの役に立つことを思うと、夜なべ仕事も楽しかった。
大人たちは、ぼろぼろの草鞋の代わりに、編んだばかりの綺麗な草鞋をもらう。
喜んだ。
労働意欲は増し、効率があがる。
金次郎は仲間に入れてもらった。
床にふせる父に報告すると、咳き込みながら父は喜んでくれた。
「それは、良いことをしたなあ。金次郎は、父さんができないことをやっているんだ。父さんはなあ、困ったひとにお金や米をあげることしかできなかったが、おまえは、働くひとを元気づけることができたんだ。ひとを励ますなんて、なかなかできることじゃない。すごいよ、ああ、おまえは、すごい」
頭を撫でてくれる、その手が骨ばって弱々しいのが哀しかった。
金次郎の草鞋は評判となり、売れるようになった。
そのお金で、父が好きな酒を買う。
父は、泣きながらそれを飲んだ。
「ああ、うまい、うまいよ、金次郎。すまないなあ、父さんがこんな体で…。おまえはきっと、私よりもっと偉いひとになる。そのためには本を読みなさい。本を読むことで世界が拡がるから」
二宮金次郎に影響を与えた人物に、道仙という村の医者がいた。
道仙に、年貢のしくみや、農民がなぜこんなにも辛い思いをするのかを教えてもらう。
金次郎の父は読書家で、家にはたくさんの本があった。
母は、どんなに家計が苦しくても本を売らなかった。
金次郎は、片っ端から本を読む。
中国の古典、日本の歴史、講談本まで、働きながら読み続けた。
道仙に言われた。
「今の世は、農民は農民にしかなれん。でもなあ、金次郎、学をつけておけば、いつか垣根を飛び越えることができるかもしれん。おまえならできる。きっとできる。励みなさい」
ある日、川の近くを歩いていたら、松の苗を抱えた老人に出会った。
全く売れないので、途方に暮れてしまったという。
金次郎は、父のお酒のために貯めておいた金を差し出した。
「これで、その苗を全部ください」
金次郎は、お世話になった道仙の家の近くの川沿いに、買った苗を植えた。
「この苗がやがて大きな松になれば、川が決壊しても、道仙先生の家の被害は少なくなるかもしれない」
酒の代わりに松の苗を買った話をすると、父も母も喜んだ。
父は言った。
「いいことをしたなあ、金次郎。覚えておくんだ、誰かを思ってしたことは、己の心を楽しくしてくれる。それでもう十分、分け前はもらっているんだ」
金次郎の植えた酒匂川の土手の松は、今も住民を守っている。
二宮金次郎は、農民がいかに豊かに生活できるかに生涯を捧げ、どんな環境でも幸せになる術を教えてくれた。
【ON AIR LIST】
二宮金次郎 / ダーク・ダックス
GAMBATEANDO(ガンバッテヤンド) / DIAMANTES
木を植えた男 / MONKEY MAJIK
★今回の撮影は、小田原市尊徳記念館様にご協力いただきました。ありがとうございました。
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