yes!~明日への便り~presented by ホクトプレミアム 霜降りひらたけ

第百五話 己を信じる -【広島篇】女優 杉村春子-

yesとは?

  • 語り:長塚圭史
  • 脚本:北阪 昌人

『自分にyes!と言えるのは、自分だけです』
今週あなたは、自分を褒めてあげましたか?
古今東西の先人が「明日へのyes!」を勝ち取った命の闘いを知る事で、週末のひとときをプレミアムな時間に変えてください。
あなたの「yes!」のために。

―放送時間―
TOKYO FM…SAT 18:00-18:30 / FM大阪…SAT 18:30-19:00
FM長野…SAT 18:30-19:00 / FM軽井沢…SAT 18:00-18:29

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第百五話己を信じる

広島市出身の大女優が、今年、没後20年を迎えました。
日本演劇界を支え続けてきたカリスマ的女優、杉村春子。
広島に生まれ、広島に育った彼女は、築地小劇場の入団試験を受けたとき、試験官の演出家・土方与志(ひじかた・よし)にこう言われました。
「キミは、ひどい広島訛りだねえ」。
自分では気づかぬほど、ふるさとの言葉は体に沁みついていました。
試験に落ちたと思いましたが、
「使い物になるかどうかはわからないけど、3年くらいはセリフなど言えないつもりで標準語を学ぶなら、まあ、いてみなさい」
と言われました。
広島の女学校の代用教員をしていましたが、劇団の合否を待たずに辞めてしまっていたのです。
「しかしあれだねえ、こっちに入れるかどうかわからないのに、仕事を棒に振って東京に出てきて、キミってひとは、思い切ったことをするひとだ」
そういって土方は笑いました。
「まあ、いてみなさい」
そのたったひとことが、女優・杉村春子の原点でした。
たまたまオルガンを弾きながら賛美歌を歌う役に欠員ができて、演奏できる杉村が抜擢されました。
女学校の先生をしていたことも役に立ったのです。
でもそのときは、ただ歌うだけで、セリフはありませんでした。
以来彼女は、言葉に敏感になりました。
芝居とはすなわち言葉であると、セリフの勉強に最も心を砕いたのです。
文豪・三島由紀夫は、こう評しました。
「姿の水谷八重子、セリフまわしの杉村春子」。
三島は、杉村の演技、とくにセリフまわしに惚れて、彼女は、三島戯曲になくてはならぬ存在になりました。
幾多の困難を乗り越え、演劇史に残る足跡を刻んだ女優、杉村春子が人生でつかんだ明日へのyes!とは?

女優・杉村春子は、1906年広島市に生まれた。
生まれて2週間後に、中野という家に、里子に出された。
杉村の母は芸者だった。芸者をやりながら子どもは育てられない。
父はおそらく軍人ということしかわからない。
杉村は生涯、一度も実の父と母に会うことはなかった。
もらわれた中野という家は、広島の西の色街にあった。
セメントやレンガを扱う建材業を営む裕福な養父。
養母は相当な美人だった。かつてはお座敷に出ていたらしい。
家の周りには、たえず芸者衆がいる。
彼女たちが長唄や三味線を習う軒先に、幼い杉村は顔を出した。
芸者衆も、そんな彼女を可愛がる。
学校に行けば、いろんな素性の同級生が机を並べている。
それが自然なことだった。
さらに家の近くに、寿座という大きな劇場があった。
養ってくれている父が、その劇場の株券を持っていたので、フリーパスで芝居を観ることができた。
物心つく前からの、芝居見物。
芝居好きの父は、大阪や東京まで親子三人で歌舞伎を観に行ったりした。
客席の大人が、泣いたり笑ったり、手を叩いたりするのを、じっと見ていた。
そして、スポットライトを浴びた舞台。
綺麗だった。
そこには、ひとびとを魅了する魔力があった。
環境はひとをつくる。大女優への道は、すでに始まっていた。

女優・杉村春子は、気がつけば大の芝居好きになっていた。
養母は、杉村を芸者にするつもりはなかったので、踊りも三味線も習わせなかったが、お琴だけは通わせた。
小学1年生のとき、学芸会でひとり歌う。
「わたしの人形はよい人形」という歌。大好評だった。
先生にも「声がいいわね、春子ちゃん」と褒められた。
声楽家になろうと思った。

小学6年生のとき、養ってくれた父を病で亡くす。
養母と二人きりになった。
勉学も優秀だった杉村は女学校に進んだ。
そこで、驚くべき事実を知る。
受験のための戸籍謄本。
母は手続きを全て自分ひとりでやったが、女学校の先生に言われた。
「あなたのお母さん、ほんとうのお母さんじゃないんですってねえ」
家に帰って母を問い詰める。
知らなかった。自分の両親が赤の他人だったなんて…。
ショックだった。母にあたった。全てが信じられなくなる。
思春期の反抗期も重なり、どこにぶつければいいのかわからない腹立ちをもてあます。
ただ、そのとき初めて養ってくれた母というひとの人生を知った。
母は貧しさゆえ、幼くして芸者に売られるという境遇だった。
たったひとり人力車に揺られ、田舎町からやってきたときの心を思う。
そういえば、母は色街に育ちながらも、迷信や噂のたぐいを信じなかった。
口癖は、「あんなこと、あてになりゃせんから」。
世の中で信じられるのは、自分だけ。
自分が見たもの、感じたもの、自分が発した言葉だけを頼りに生きていく。
杉村春子は、母の生き様を知って決断した。
「東京に行こう。私はふるさとを出ていく」

杉村春子が、役者人生の多くを捧げ、947回もの舞台をつとめた『女の一生』に、こんなセリフがある。
「人の人生というものは、思いもかけない方に働いていくとみえて、案外、そこに自然な道があるものです…」。
まさに、彼女の人生は、大女優へのレールがひかれているかのような紆余曲折に充ちていた。
広島を出て、東京の音楽学校に入ろうと思うが二度にわたり不合格。
結局、広島にいるしかない。
女学校でピアノを教える代用教員になった。
その学校に東京女子大を出た先生が来て、築地小劇場という劇団の話をしきりにしていた。
ちょうどそんなときに、築地小劇場の広島巡業があり、杉村は観に行った。
初めて観る翻訳劇。
驚いた。ほんとうに西洋人が出てきたのかと思った。
ふと、頭に浮かぶ。
「私、ここに入りたい。いえ、入る」。
どういうわけか、半年もたたないうちに、また広島公演があった。
「ここに入るしかない」。
もう迷わなかった。
女学校に辞表を出す。東京で女優になる。
母をひとり置いて出ることを決めたとき、やっと母のありがたみが心にあふれた。
我が子のように愛してくれた母。
自分の生きる道を応援してくれる母。
実の両親に会いたいとは思わない。
ただ、育ててくれた母にだけは、恥ずかしい姿を見せたくなかった。
言葉にコンプレックスがあったからこそ、言葉に向き合った。
言葉をちゃんと伝えるためには、作者の代弁者だけであってはならない。
芝居をする限りは、役が肉体化されてなくてはいけない、そのためには必死の覚悟で勉強しなければならない、そう思った。
女優・杉村春子は過去を振り返るのを嫌がった。
常に前を見つめる。
己を信じて、己が発する言葉を信じて、彼女は前に進み続けた。

【ON AIR LIST】
女はつらいよ / 二階堂和美
私の青空 / 畠山美由紀 with ASA-CHANG&ブルーハッツ
Hometown Glory / Adele
この道 / 大貫妙子

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今週のRECIPE

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霜降りひらたけの素焼き

広島に生まれ、広島に育った大女優、杉村春子。今回は、そんな広島の名産であるレモンが、素材の旨みをより引き立てる、こちらの料理をご紹介します。

霜降りひらたけの素焼き
カロリー
14kcal (1人分)
調理時間
10分
使用したきのこ
霜降りひらたけ
材料
【2人分】
  • 霜降りひらたけ
  • 1パック
  • レモン
  • 1/4個
  • しょう油
  • お好みで
作り方
  • 1.
  • 霜降りひらたけを小房にほぐし、魚焼きグリルで5分焼く。
  • 2.
  • 焼けた(1)を皿に盛り、しょう油とくし形に切ったレモンを添える。
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PROFILE

  • 長塚 圭史

    語り:長塚 圭史

    1975年生まれ。東京都出身。96年、演劇プロデュースユニット「阿佐ヶ谷スパイダース」を旗揚げ、作・演出・出演の三役を担う。08年、文化庁新進芸術家海外研修制度にて1年間ロンドンに留学。帰国後の11年、ソロプロジェクト「葛河思潮社」を始動、三好十郎作『浮標(ぶい)』を上演する。近年の舞台作品に、『鼬(いたち)』、『背信』、『マクベス』、『冒した者』、『あかいくらやみ~天狗党幻譚~』、『音のいない世界で』など。読売演劇大賞優秀演出家賞など受賞歴多数。
    また、俳優としても、NHK『植物男子ベランダー』、WOWOW『グーグーだって猫である』、WOWOW『ヒトリシズカ』、CMナレーション『SUBARUフォレスター』など積極的に活動。

  • 北阪 昌人

    脚本:北阪 昌人

    1963年、大阪生まれ。学習院大独文卒。
    TOKYO FMやNHK-FMなどでラジオドラマ脚本多数。
    『NISSAN あ、安部礼司』(TOKYO FMなど全国FM37局ネット)、『ゆうちょ LETTER fo LINKS』(TOKYO FMなど全国FM38局ネット)、『世界にひとつだけの本』(JFN)、『AKB48の私たちの物語』(NHK-FM)、『FMシアター』(NHK-FM)、『青春アドベンチャー』(NHK-FM)などの脚本・構成を担当。『プラットフォーム』(東北放送)でギャラクシー賞選奨、文化庁芸術祭優秀賞受賞。『月刊ドラマ』にて、『ラジオドラマ脚本入門』連載中。
    主な著書に『世界にひとつだけの本』(PHP研究所)、『えいたとハラマキ』(小学館)がある。

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NEWS

特別版『オードリー・ヘップバーンが教えてくれる、明日へのyes!』
常盤貴子さん長塚圭史さん
風も、雨も、自ら鳴っているのではありません。 何かに当たり、何かにはじかれ、音を奏でているのです。
誰かに出会い、誰かと別れ、私たちは日常という音を、共鳴させあっています。
YESとNOの狭間で。
あなたは、自分に言っていますか?
YES!ささやかに、小文字で、yes!
毎週土曜日、明日(あした)への希望の風に吹かれながら、自分にyes!と言ったひとたちの物語を朗読でお届けしている番組『yes!明日への便り』。 1月8日は、その特別版「オードリー・ヘップバーンが教えてくれる、明日へのyes!」をお送りいたします。
2018年に没後25年を迎える稀代の大女優オードリー・ヘップバーンの波乱万丈な人生―女優になるまでの波乱に満ちた半生、輝かしい女優時代、ユニセフ親善大使として世界中の子どもたちに尽くした晩年までを、 女優の常盤貴子さんが演じます。
長塚圭史は「語り」の部分やオードリーの夫、また彼女の人生に影響を与えた映画監督の役を担当します。女優、オードリー・ヘップバーンが、私たちに教えてくれる、明日へのyes!とは?

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