第百話ジョンとヨーコ、それぞれのyes!後編
二人のインタビューや数多くの著作物をもとにフィクションでお送りするドラマ『ジョンとヨーコ、それぞれのyes!』。
オノ・ヨーコ役は女優の西田尚美さん、朗読は、私、長塚圭史です。
ジョン・レノンとオノ・ヨーコが初めて会ったのは、1966年。
ジョンは26歳、ヨーコは33歳だった。
このときのジョンの精神状態は、決していいものではなかった。
世界的な名声を手にしたビートルズは、ツアーに次ぐツアーに明け暮れていた。
あまりに旅を続けたので、自分の人生がなかった。
1965年にあらゆるツアーをやめたとき、あらたなる苦悩が彼を襲った。
自由な時間のはずなのに、何をすればいいのかわからない。
ただ茫然と立ち尽くし、結局、映画を撮るためにアメリカやスペインに行く。
ジョンは、思った。
ジョン:
おいおい、僕はどうかしちまってるよ。
旅から逃げたのに、今度は旅に逃げ込もうとしている…。
ヨーコ:
私、オノ・ヨーコはロンドンにやってきた。
『芸術シンポジウムの破壊』という芸術家グループに招かれて。
画廊の名前は、インディカ・ギャラリー。
主催者は、ジョン・ダンバー。
ジョン:
ダンバーは、僕ジョン・レノンを誘ったんだ。
「日本人の女性がロンドンに来ている。袋に入るパフォーマンスをやるんだ。ハプニングとイベントの融合だよ、どうだいジョン、観に来ないかい?」
何をしていいかわからない状態だったから、僕は出かけた。
オープニングの前日だった…。
運転手付きのミニクーパーで出かけた。
運転手は2メートル以上ある大男だったのを覚えている。
ミニに、大男!
ヨーコ:
私は地下室で準備をしていた。
そこへ、丸メガネの痩せた男性が現れた。
そのとき私は、彼があのビートルズのジョン・レノンだということがわからなかった。
ジョン:
黒髪の日本人女性は、僕に会うなり、一枚の小さなカードを渡した。
そこには、こう書かれていた。
ヨーコ:
呼吸、しなさい。
ジョン:
言われたとおり、大きく息を吸ってみた。
ヨーコ:
素直に息をする彼を見ていた。
ジョン:
これでいいかい?と僕が聞くと、
ヨーコ:
ええ、それでいいわと私は言った。
ジョン:
あたりを見渡すと、『金づちと釘』という作品があった。
壁に金づちがぶら下がっている。その下にはたくさんの釘。
僕は尋ねた。
ねえ、壁に釘、打ってもいいかい?
ヨーコ:ダメ。
ジョン:どうして?
ヨーコ:
だって、オープニングは明日なのよ。
私がそういうのを聞きつけたダンバーは、慌てて私のところにやってきた。
「おいおい、ヨーコ、何言ってるんだ、彼を誰だか知らないのか?大金持ちなんだぜ。打たせればいいんだ、釘の一本や二本。作品を買ってくれるかもしれないんだよ」
私は言った。5シリング払ってくれたら、釘を打ってもいいわ。
ジョン:
ははは、5シリング?そこで僕はこう言ったんだ。
じゃあこうしよう、架空の5シリングを払うから、架空の釘を壁に打とう!
ヨーコ:
素敵なことを言うひとだなと思った。
ジョン:
瞳が綺麗だなと思った。
でも、僕が彼女、オノ・ヨーコを本当に意識するようになったのは、次の作品を観てからだった。
脚立が置いてある。天井には絵が釣られている。
脚立をのぼって、僕が見たもの…それは…。
ジョン:
脚立をのぼる。
天井から、鎖につながれた虫メガネがぶら下がっていた。
ヨーコ:
彼は迷わず、いちばん上まであがった。
虫メガネを手にする。
天井の絵をそれで眺めた。
ジョン:
真っ白なキャンバスに、小さな字が書いてあった。
虫メガネでそれを見る。
そこには、小文字でyesとあった。
なんだろう…僕は震えた。
啓示とはこういうことを言うのか。
全身に、喜びがあふれた。
思えば、幼い頃から自分が生きていることに、yesと言えなかった。
母に捨てられ、叔母に育てられた。
16歳でやっと母に再会できたのに、彼女は交通事故で亡くなった。
二度、母を亡くし、僕はこの世に生きていいのか、わからなくなった。
その思いは、ビートルズで有名になっても消えはしなかった。
ヨーコ:
ジョンはしばらく脚立の上から降りてこなかった。
どうしたんだろう、彼の心にいったい何が起きたんだろう。
ジョン:
この女性とは会うべくしてあった、そう確信した。
yes!それは僕が人生でいちばん言ってほしかった言葉だった。
ヨーコ:
私は、あらゆる原点は、yesにあると思っていた。
認めること、許すこと。否定からは、何も生まれない。
ジョン:
僕、ジョン・レノンとオノ・ヨーコは、お互いシャイな性格だった。だから、
ヨーコ:
すぐに打ち解けるという感じでもなかった。
ジョン:
2回目に会ったとき、ヨーコは自分の本を僕にくれた。
『グレープフルーツ』という初版わずか500部の詩集。
その本に、衝撃を受けた。
ヨーコ:
地球が回る音を聴きなさい。
影がひとつになるように重ね合わせなさい。
マッチを灯しなさい、火が消えるまで見ていなさい。
想像しなさい、千の太陽が空いっぱいにあることを。
ジョン:
想像しなさい…。
ヨーコ:
第二次大戦中、田舎に疎開しているとき、だんだん食べるものがなくなってきた。
いつも笑顔の7歳になる弟も、どんどん元気がなくなっていく。
私は聞いた。「ねえ、今、何が食べたい?」
弟は驚いて言った。「言ってもしょうがないよ」。
でも私は続けた。「美味しい献立、考えよう。私はねえ、豚汁とミートローフ、デザートはね、ショートケーキ!」
弟は言った。「じゃあ、ボクはアイスクリームがいいな」
そんなふうに空想の献立を考えているうちに、弟は元気になっていった。
「そんなに食べたらお腹壊しちゃうよ」と私が言うと、
「そうだね」と笑顔になった。
勇気づけのための架空のメニュー。
でも、今こそ、飢えている精神のために、想像することが必要だと思う。
想像しなさい、あなたの幸せを。大切なひとの幸せを。
誰かの存在に、yesと言ってあげる優しさを。
毎日頑張っている自分のために、yesと言える強さを。
そして想像しなさい、全てがひとつになった、平和な世界を…。
ジョン:
結局、あなたが受け取る愛は、あなたが与える愛に等しい。
【ON AIR LIST】
Watching The Wheels / John Lennon
Mother / John Lennon
God / John Lennon
Imagine / John Lennon
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