第百二十一話感動は心の扉を開く
小学校の教科書に今も採用されている『大造じいさんとガン』は、年老いた狩人と、ガンという鳥の頭脳戦を描いた童話です。
大造じいさんは、いつも正々堂々と戦おうとするガンの頭領に感動して、姑息な戦略を仕掛けていた自分を恥じます。
この物語の舞台は、椋鳩十が愛した鹿児島。
彼は、鹿児島で暮らすことで、動物や自然と向き合い、自分が書くべき作品に辿り着いたのです。
動物を主体とした作品の先駆けとして名を馳せ、日本のシートンとまで呼ばれるようになりました。
彼の作品の特徴は、出て来る動物たちが死なないこと。
ほとんどの作品で動物たちは、人間と触れ合い、あるいは自然の脅威と闘い、傷つきながら、また野山に帰っていきます。
法政大学を卒業して、教師として鹿児島に赴任してきてから、亡くなるまで鹿児島を愛し、鹿児島で旺盛な執筆活動にいそしんだ作家、椋鳩十。
彼の記念館は、生まれ故郷の長野県だけではなく、鹿児島の姶良市にも設立されています。
彼を称える石碑には、こんな言葉がしるされています。
『力一杯 今を生きる
道は雑草の中にあり
活字の林をさまよい
思考の泉のほとりにたゝずむ』
そして、彼がもっとも大切にしたのは、こんな言葉です。
『感動は人生の窓を開く』
児童文学作家・椋鳩十が、人生でつかんだ明日へのyes!とは?
児童文学作家・椋鳩十は、1905年1月22日に、長野県に生まれた。
父は酪農家だったが、暇があれば狩猟に出かけた。
椋も、せがんで同行した。
南アルプスの雪深い山の中。
鉄砲を撃ったときの火薬の匂い、響き渡る銃声、真っ白な雪に落ちた動物の血の色を記憶にとどめた。
山小屋で年老いた猟師が話してくれる動物との格闘を、目を輝かせて聴いた。
「それで?それで?それからどうなったの?」
飽きずに自分の話を聞いてくれる子どもに、かつての狩人たちは、喜んで思い出を語った。
椋の心に宿ったのは、人間が生きていくために、殺さなくてはいけない動物たちへの思いだった。
撃ち落とした動物をさばくとき、狩人たちは必ず手を合わせた。
顔に刻まれた皺(しわ)が、さらに深くなる。
椋少年は、そんな横顔を見ていた。
動物も好きだったが、本を読む時間が楽しみだった。
中学に入ると、天竜川をいく渡し舟の上で北原白秋を読む、文学青年になっていた。
大学を出て、姉の紹介で鹿児島の小学校の代用教員になる。
鹿児島での暮らしが、彼に幼い頃の記憶をよみがえらせた。
先生をしながら、宿直室に泊まり込み、小説を書いた。
どんなに眠くても、動物たちが話しかけてきた。
「早く、ボクらのおはなしを書いてよ」
児童文学作家・椋鳩十は、鹿児島で小学校の代用教員をしたあと、加治木町で女学校の国語の教師になる。
先生を続けながら、ある思いを抱く。
「子どもには、無限の可能性がある。でも、それが何なのか、自分にはわからない。それぞれの生徒に個性があるのはわかるけど、それを言葉にして言ってあげることができない」。
もどかしい。言葉を生業にしたいと思いながら、言葉にできない歯がゆさ。無力感。
反対に、子どもの才能にふたをする方法は一瞬でわかった。
「おまえは、ダメだ」
そうひとこと、言えばいい。
どんな子どもも、抱えきれないくらいコンプレックスを抱えている。
それを、ぬぐってやることはできない。
そんなとき、椋は、故郷長野で同窓会に出席した。
そこで彼は、あるクラスメートと再会する。
頭にできものができていて、みんなにのけものにされていた、しらくも君だった。
彼は椋に、ある大切なことを教えてくれた。
椋鳩十が小学生の時、同級生だったしらくも君は、頭に小指の先ほどのおできがたくさんできていた。
それが、白い粉をふいていたので、頭は白く見える。
ついたあだ名が、しらくも君。
匂いもあった。白い粉が散った。
みんな「しらくもが来たぁ。移るぅ」と逃げた。
成績も悪く、先生もさじを投げていた。
ついに彼は、ひとり校庭の隅のアオギリの木にもたれて過ごすことが多くなった。
椋が、同窓会で長野に戻ったとき、すっかり年老いたかつての担任教師は言った。
「オレの教師生活38年で、唯一忘れられん劣等生が、しらくもだった。そのしらくもが、今ではたいしたやつになって…」
涙ぐむ。
聞けば、しらくも君は、地元の優れた農業の指導者になって、農家から感謝と尊敬を一身に集めているのだという。
向こうから、しらくも君がやってきた。
椋は、正直に言った。
「オレは、キミがこうした人物になるとは、思ってもみなかったよ」
すると、すっかりオジサンになったしらくも君は、
「みんなそういうんだよ、ははははは」
と屈託なく笑った。
「みんなからバカにされて、先生からも見捨てられて、哀しかったよ。でもさ、あるとき、ロマン・ロランという人の『ジャン・クリストフ』って小説を読んだんだ。ベートーヴェンが耳が聴こえなくなっても、頑張って作曲家の道を進む話だ。ああ、これはオレのことだって感動したんだ。オレもなんかやんなきゃいけないってさあ」
感動したことで、しらくも君は人生を変えたいと思った。
この話は、椋鳩十に勇気を与えた。
「教師のときにはできなかったけれど、小説家として感動を与える作家になれれば、オレは、子どもの可能性というものに手を延ばせるんじゃないのか?!」
やがて彼は、児童文学作家として華を咲かせた。
こざかしいテクニックはいらない。
真正面から描きたい対象と向き合うことこそ大切だと、胸に秘めて。
【ON AIR LIST】
Yellow Light / Of Monsters And Men
Sing / The Carpenters
Best Of Me / Daniel Powter
Christmas Lights / Coldplay
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