第三百四十六話自分の背中の押し方を自分で学ぶ
フレディ・マーキュリー。
イギリスのロックバンド・クイーンのボーカルとして、数々の伝説を残しました。
昨年から今年はじめにかけて、クイーン50周年、フレディ没後30年の記念イベントが日本でも開催され、大きな話題を呼びました。
今年3月20日には、2008年、ウクライナで開催された「クイーン&ポール・ロジャース」のライブ映像をYouTubeで公開。
フレディ亡きあと、ポール・ロジャースをボーカルに加えた新生クイーンが、ウクライナ第2の都市・ハリコフの自由広場でライブを行ったのです。
オープニング曲は、『One Vision』。
メンバーのロジャー・テイラーが、マーティン・ルーサー・キング・ジュニアの有名な演説の言葉をもとに作った曲です。
音楽には、チカラがある。
音楽には、自分の命をかけても、それに値する奇跡がある。
音楽には、世界中のひとをつなぐ魔法がある。
そう信じ続けたフレディの魂が宿ったようなライブでした。
彼らの願いは届き、ウクライナへの募金活動をより広めることになったのです。
フレディは、自らの病の重さを知り、限りある命を実感したとき、メンバーにこう語りました。
「僕は、今までと違う感じにはしたくないんだ。
病気のことは、なるべく他のひとに知られたくないし。
とにかく、ただ、働けなくなるその時まで、これまで通り仕事がしたい。
残された時間がないなら、なおさら、多くのものを遺したい。
そうすることで、ようやく、正気を保っていられるのかもしれない」
映画『ボヘミアン・ラプソディ』のクライマックスは、ライヴ・エイドでの演奏シーン。
フレディが大切にしてきた父からの教え「善き思い、善き言葉、善き行い」が、具現化されたようなコンサートでした。
彼は常に、自分で自分の背中を押すような人生を歩んできました。
それがイバラの道であっても、かまわない。
前に進むために、背中を押すのは、自分しかいないと信じていたからです。
多様性を歌い、己の生きざまを歌に込めたアーティスト、フレディ・マーキュリーが人生でつかんだ、明日へのyes!とは?
フレディ・マーキュリーは、1946年9月5日、現在のタンザニア、当時はイギリス保護国だったザンジバルで生まれた。
8歳のとき、インドの英国式寄宿学校に入る。
孤独だった。
内気で無口な少年。
同級生たちも、どう接していいかわからない。
早くもフレディは、悟っていた。
「根本的に、ひとは、ひとりきり。誰も助けてくれない」
音楽が好きだった。
一度聴いた曲は、すぐにピアノで弾ける。
バンドをつくり、歌うときだけ自分を表現できた。
17歳のとき、家族が住むザンジバルに戻るが、革命が勃発。
虐殺が行われた。
フレディ一家は難民となり、イギリスに逃れるが、そこから貧しい暮らしが始まる。
両親との間には、深い溝ができていた。
愛されているという実感が、彼にはなかった。
のちに彼はインタビューで語った。
「アーティストはみんな、まるで自信がないものなんだ。
びっくりするくらい、一流のアーティストはみんな一緒。
子ども時代、不幸で孤独。
愛情を受けてこなかったから、ひとの関心を集めるためだったら、なんでもやるんだよ。
その必死さがないやつは、みんな途中でやめていく。
そして、自分で自分の背中を押すスイッチを見つけたやつだけが、スターになるんだ。
どんなスイッチか…それはね、自分を笑い飛ばせるかどうかだよ」
フレディ・マーキュリーは、難民としてやってきたイギリスで、多くの差別に苦しんだ。
芸術や音楽にのめりこむことで、それを忘れる。
特に音楽には、根拠のない自信があった。
正式に習ったわけではない。誰かに師事することもない。
でも、自分の歌にはカリスマ性がある。
そう信じて疑わなかった。
幼い頃から、相反する二人の自分に気づいていた。
派手にパフォーマンスしたり、ギリギリまでふざけて観客を挑発する、悪魔のような自分。
そして、おとなしく、無口で、きっちり仕事をこなす、真面目で誠実な自分。
その二つを、どちらも損なうことなく持ち続けること。
それが、彼をスターに押し上げる。
ステージでは、自分の中にものすごい力を感じた。
まるでモンスターがいるようだった。
傲慢な自分が頭をもたげる。
そんなときは、無敵だった。
誰にも負けない。
世界に吠えた。
オレはここにいる! もっとオレを愛してくれ。
フレディ・マーキュリーは、高みを目指した。
できるだけ大きな規模でコンサートをやって、とんでもない数の観客を魅了したい。
世界中を回って、自分という存在を知らしめたい。
そうすることが、幼い頃味わった孤独への復讐だった。
でも、あるときから変わった。
奇しくも、幼い頃、父に諭されていた、あの言葉が蘇る。
「善き思い、善き言葉、善き行い」。
今まで以上に、おふざけを続けた。
レオタードを着て、王冠をかぶり、ショートパンツで走り回る。
自分で自分を笑う。真剣に笑う。
大観衆と対峙しながら、いつも己に向かって語りかけていた。
「それを自分でわかってやっているなら、問題ない」
フレディ・マーキュリーは、自分の背中を自分で押し続けた。
「僕が死んだら、少しは、価値と中身があるミュージシャンとして、みんなの記憶に残るかな。
まあ、死んだあとのことは、ノー。どうでもいいよ」
【ON AIR LIST】
ONE VISION / QUEEN
MR.BAD GUY / Freddie Mercury
LOVE ME LIKE THERE'S NO TOMORROW / Freddie Mercury
MADE IN HEAVEN / Freddie Mercury
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