第百八十五話ひとの歩かない道を行く
「日本資本主義の父」渋沢栄一、「全盲の国学者」塙 保己一、そしてもうひとりが、熊谷市出身で、日本で初めて女性医師になった荻野吟子です。
彼女の生涯が、今年、映画になります。
メガホンをとるのは、86歳の山田火砂子監督。
女性を正当に評価しない医学部入試のあり方などを受けて、今こそ、荻野吟子が何と闘い、何を後進に伝えたかったかを問いたいと、映画化を切望したのです。
女性に学問は必要ないとされた明治初期。
荻野はある屈辱を受けて一念発起、まだ女性で誰もとったことのない、医師の国家試験に挑戦します。
そこにはさまざまな軋轢や障壁がありました。
しかし、彼女は一歩も引きませんでした。
荻野は、壮絶な人生を振り返り、こんな言葉を残しています。
「人と同じような生活や心を求めて、人々と違うことを成し遂げられるわけはない。これでいいのだ」
作家・渡辺淳一が荻野吟子の生涯を描いた小説『花埋み』。小説の中に吟子の心情をうかがう一節があります。
「正直なところ、彼等の学才が吟子より優れていたとは思えない。成績だけならむしろ吟子の方が上であった。それが男というだけで堂々と開業を許されている。学識の差による結果なら諦めもつくが、男と女という性の違いだけの差別だけに、吟子は口惜しく耐えられそうにもなかった。いつになったら女も男と同じに扱われる時代が来るのであろうか」
苦難にもめげず、己の道を切り開いた、日本で最初の女医・荻野吟子が人生でつかんだ、明日へのyes!とは?
日本で最初の女医になった荻野吟子は、1851年、現在の埼玉県熊谷市に生まれた。
時は、江戸時代の末期。荻野の実家は、北埼玉の名主だった。
欅や棕櫚の木々に覆われた壮大な屋敷には、白い壁の蔵がいくつもあった。
利根川に育まれた関東平野にあって、まるでお城のように、その存在感を醸し出す。
あたりには荻野姓が多かったが、吟子の実家は特に由緒正しかった。
足利氏の流れをくむ「上(かみ)の荻野」として、農家であるにもかかわらず、苗字と刀を持つことを許されていた。
男2人、女5人の7人兄弟。村では「上の荻野を見習え」という口癖まで流行った。
吟子は、五女。姉に違わず、頭も器量もよかった。
特にその頭脳明晰ぶりは近所の評判になるほどで、10歳で『四書五経』をそらんじ、教師の間違いを指摘。まわりを驚かせた。
そんな吟子を、父は褒めるどころか叱った。
「女が男をやりこめて、どうする! だいたい、本など読む必要などないんだ。いいか、ぎん、女は学問などしなくていい。飯を炊き、子を育てるのに、学問が何の役に立つ!」
吟子は理不尽だと感じた。
「なぜ、女が学識を積んではいけないんだろう。おかしい、お父様が言う言葉はおかしい」。
でも、反論など許されない。
隠れて本を読んだ。蔵の中、木々の下、通学中、歩きながら。
ひとたび見つかれば、母が叩かれる。
「おまえがしっかり躾ていないから、こうなるんだ!」
それが辛くて、仕方なかった。
16歳で、吟子は無理やり結婚させられてしまう。
その結婚が、彼女の運命を大きく変えることになる…。
荻野吟子は16歳の時、隣村の名主の息子と結婚。
学問にのめり込みそうな娘を正そうと、父が強引に決めた。
しかし、3年もたたずに、実家に戻る。
村には、さまざまな噂が飛び交った。
ご懐妊か、向こうの家で何かあったか、いつ向こうに戻るのか…。
それまで一点の曇りもなかった「上の荻野」に垂れこめた暗雲に、人々は嬉々として飛びついた。
吟子は、奥座敷でずっと寝ていた。
結婚してほどなく、夫に性病をうつされたのだ。
当時はペニシリンもなく、不治の病。
子どもも産めないとわかると、嫁ぎ先の態度が変わった。
「家を出ます」という吟子を誰も止めない。
利根川沿いを風呂敷ひとつ抱え、とぼとぼと歩く自分。
みじめだった。何も悪いことはしていない。
高熱でも舅や姑、夫の世話をした。
そもそもこの病気は夫の裏切りを証明するもの。
それなのに… なぜ自分はこんなふうに捨てられてしまうのだろう。
泣けてきた。
それは哀しいからではない。
悔しかった。
自分の意に反して嫁がされ、自分が悪くないのに離縁される。
病を治すため、大学病院におもむき、さらなる屈辱を味わう。
病院にいる医師は、男性ばかり。
恥ずかしさに震えた。涙がぽろぽろ流れる。
「なぜ、女性の医者がいないんだろう…。こんな思いをする女性がいなくなるためには、女性が医者にならなくてはダメだ。だったら…」
吟子は、思った。
「私が、なる。私が女性医師になってみせる!」
荻野吟子が生きた時代は、医者を手伝う助手として女性はいたものの、国家資格を持った女性医師はいなかった。
そもそも女性は、医師免許を取得する国家試験の資格がない。
そんな時代に、吟子は20歳で医師を志した。
上京し勉学に励み、24歳のとき、東京女子師範学校、現在のお茶の水女子大学に一期生として入学。首席で卒業した。
私立の医学校に、ただひとりの女性として入る。
いじめられた。
不当な扱いを受け、何度もやめようと思う。
そのたびに、かつての屈辱を思い出した。
「あんな思いをする女性を、ひとりでもなくしたい」
ひとが歩いていない道を歩くのは、困難だ。
まず、道がない。
自分で草を刈り、石をどけ、土を掘らなくてはならない。
さらにどこに向かうか目標を見失えば、たちまち彷徨う。
安心も安全もない世界に身を投じるのは、容易いことではない。
でも、たった一回の人生で、道なき道を行くと誓ったものは、後ろを振り返らず、前に進むしかない。
荻野吟子は、沼地を越え、藪を抜け、泥だらけ、傷だらけになりながら、女性第一号の医師になった。
とぼとぼとみじめに歩きたくなければ、道なき道を自ら切り開くしかない。
【ON AIR LIST】
SISTERS ARE DOIN' IT FOR THEMSELVES / Aretha Franklin & Eurythmics
MY LOVIN'(YOU'RE NEVER GONNA GET IT) / En Vogue
TRUST YOUR VOICE / 中島美嘉
THE HUMAN TOUCH / Nina Simone
【撮影協力】
熊谷市立荻野吟子記念館
http://www.city.kumagaya.lg.jp/smph/shisetsu/bunka/oginoginkokinenkan2.html
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