yes!~明日への便り~presented by ホクトプレミアム 霜降りひらたけ

第二百三十一話 自分で自分を評価する -【山梨篇】小説家 山本周五郎-

yesとは?

  • 語り:長塚圭史
  • 脚本:北阪 昌人

『自分にyes!と言えるのは、自分だけです』
今週あなたは、自分を褒めてあげましたか?
古今東西の先人が「明日へのyes!」を勝ち取った命の闘いを知る事で、週末のひとときをプレミアムな時間に変えてください。
あなたの「yes!」のために。

―放送時間―
TOKYO FM…SAT 18:00-18:30 / FM大阪…SAT 18:30-19:00
FM長野…SAT 18:30-19:00 / FM軽井沢…SAT 18:00-18:29

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第二百三十一話自分で自分を評価する

山梨県に、今も文豪の名前を留めるワインがあります。
「周五郎のヴァン」という名の、デザートやブルーチーズによく合う、甘口の甲州ワイン。
このワインをこよなく愛したのが、山梨県大月市出身の作家、山本周五郎です。
武田家の流れをくむ家に生まれた山本でしたが、終生「庶民の作家」と呼ばれました。
『樅ノ木は残った』、『赤ひげ診療譚』、『さぶ』、『青べか物語』など、大衆に愛された多くの作品が、映画化、テレビドラマ化されています。
山本は、歴史小説、時代小説の大家として名を馳せますが、扱う主人公は、信長でも秀吉でも家康でもなく、市井のひと。
それも、弱く、傷ついた流れ者を描き続けました。
口癖は、「どんなひとも、生と死のあいだのぎりぎりのところで生きているんだ」。
小説には「よい小説」と「よくない小説」の2種類しかないと言い放ち、小説の価値は文壇や編集者や評論家が決めるものではなく、読者が決めるものだという信念のもと、あらゆる文学賞を断りました。
1943年、40歳のとき、『日本婦道記』で第17回直木賞に選ばれても、これを辞退。
ただひたすら、読者の心をつかんで離さない、自分の中の「よい小説」を追求したのです。
自伝も書かず、過去を語らず、マスコミも大嫌い。
産み出す作品だけが彼の全てでした。

彼は、なかなか世に出られず焦る若い作家たちに、こう諭しました。
「一足飛びにあがるより一歩ずつ登るほうが、途中の草木や泉やいろいろな風物を見ることができるし、それよりも、一歩一歩をたしかめてきた、という自信をつかむことのほうが、強い力になるものだ」。
どん底の貧乏暮らしに耐えながら、一文字一文字原稿用紙を埋めていった孤高の作家、山本周五郎が人生でつかんだ明日へのyes!とは?

小説家・山本周五郎は、1903年6月22日、山梨県北都留郡、現在の大月市に生まれた。
本名は、清水三十六(しみず・さとむ)。
明治36年に生まれたので、三十六と書いて、さとむ、と読ませた。
生まれながらに利かん坊。
負けず嫌いで、誰の言うことも聞かない。
周五郎が3歳のとき、母親は、歯を固く食いしばって失神寸前の我が子を見つけ、驚愕する。
すぐに病院に連れていくが、医者はさらに驚いた。
周五郎は、両方の鼻の穴に大きな梅干しの種を詰め込み、さらに口を閉じていたので呼吸困難に陥ったのだ。
医者は言った。
「フツウ、息ができなくて、口で息をするものです。それをどんなことがあっても口を開かないんだから、びっくりだ。意志が固いというか、頑固というか…」
なぜ、そんなことをしたのか…。
大人になってからも、周五郎自身、よくわからなかった。
4歳になってから迎えた8月。
大雨の影響で笛吹川流域が洪水に見舞われ、周五郎の祖父と祖母が命を落とした。
初めて経験する、身近な死。

彼は幼心に、昨日までの日常が今日失われるかもしれないことを強烈に感じた。
祖父は、よく言っていた。
「桜を見るたびに思う。来年、こんなふうに愛でることができたら、それは奇跡だってねえ」

作家・山本周五郎は、大水害ののち、一家で東京に移り住み、7歳のとき、王子の小学校に入学した。
その年の8月、今度は荒川が氾濫。
またも水害に遭い、家族全員命はとりとめたものの、家財道具や教科書は全部水に流されてしまった。
その後、横浜の学校に転校。
小学2年生とき、周五郎が生涯の恩人のひとりにあげる、水野先生に出会う。
周五郎は授業で、『田中君』というタイトルのこんな作文を書いた。

「同級生の田中君と学校から二人で帰った。
途中、桜木町の桟橋のあたりで、死んだカモメに気づかず、あやうく踏みそうになってしまう。
自分をびっくりさせたカモメが、なんだか憎らしく思えて、カモメをえいっと足で海に蹴飛ばそうとすると、それを見た田中君が、カモメが可哀相じゃないかと言った。
田中君の優しさに自分が恥ずかしくなり、二人でカモメのお墓をつくってあげた。
田中君は、残念ながら家の都合で転校したけれど、田中君に負けない、思いやりのある人間になりたい…」

作文は絶賛され、講堂の前に貼りだされることになった。
周五郎はうれしかったが、予期せぬ事態が起きた。
田中君が、急遽、転校先から再び戻ってきたのだ。
田中君は、貼りだされた作文を見て言った。
「ボクは、一度も山本君と帰ったことなんかないし、カモメなんか知らない!」
全て、周五郎の創作だった。
彼は、同級生から嘘つき!とバカにされる。
学校に行くのが嫌になった。仮病を使い、休む。
ある日、仕方なく学校に行くと、担任の水野先生が言った。
「ちょっと、こっちへ来い」
連れていかれたのは、作文が貼りだされた講堂の前だった。

幼い日の山本周五郎は、緊張していた。
水野先生は、ものすごく怒るに違いない。
ビンタされるかもしれない…。
しかし、水野先生は、周五郎の作文をもう一度読んだあと、こう言った。
「おまえ…小説家になれ!」
え?と先生の横顔を見上げる。
「すごいよ、いい文章だよ。誰が何を言ったってかまうもんか。作文なんて、文を作ると書くんだ。おまえは悪くない。それより、この才能を無駄にするな。いいか、もう一度言う。おまえは、小説家になれ!」
うれしいというより、怒られないでホッとした。
そのあとにじんわり、喜びがやってきた。
小説家という職業があることなど知らなかった。
でも、お話を考えて、それでお金がもらえるらしい。
「はい、ボク、小説家になります」
そう、答えていた。

作家・山本周五郎は、63歳で亡くなる直前、妻に、少しだけ私の話を聞いてほしいと語りかけた。
まるで自らの死期を悟っているようだった。
「私は、ほんとうに幸せだった。あなたのおかげで、思うように仕事もできた。編集者にも恵まれたし、食べたいものも食べたし、飲みたいものも飲んだ。私ほど幸せなものはいない。あなたと結婚するとき、きっと日本一の小説家になってみせるつもりだと誓ったねえ。その決心に変わりはない。そのつもりで一生懸命、頑張ってきたよ。しかし、残念なことに、とうとう日本一の小説家には、なれなかったなあ…」
それが、最期の言葉になった。
愚直に、ただただ「よい小説」を書こうと願った文豪・山本周五郎は、安らかな笑顔と共に旅立った。

【ON AIR LIST】
CARAVAN / Duke Ellington
SLIP SLIDIN' AWAY / Paul Simon
WHEN I WRITE THE BOOK / Andrea Re
HAVE I TOLD YOU LATELY / Van Morrison

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今週のRECIPE

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霜降りひらたけのミートローフ

今回は、ワインに合うこちらの料理をご紹介します。

霜降りひらたけのミートローフ
カロリー
572kcal (1人分)
調理時間
30分
使用したきのこ
霜降りひらたけ
材料
【4人分】
  • 霜降りひらたけ
  • 1パック
  • 合びき肉
  • 300g
  • 玉ねぎ
  • 1/2個
  • ブロッコリー
  • 1/2株
  • 赤パプリカ
  • 1/2株
  • 小さじ1/2
  • こしょう
  • 小さじ1/4
  • 1個
  • 【A】赤ワイン
  • 100ml
  • 【A】ケチャップ
  • 大さじ3
  • 【A】ウスターソース
  • 大さじ3
作り方
  • 1.
  • 霜降りひらたけは小房にほぐす。玉ねぎはみじん切りにする。ブロッコリーとパプリカは食べやすい大きさに切る。
  • 2.
  • ボウルに合びき肉・塩・こしょうを加え、粘りが出るまでよくこね、玉ねぎと卵を加えて混ぜる。
  • 3.
  • パウンド型の耐熱容器にラップを敷き、タネ、半量の霜降りひらたけ、タネの順に重ねてラップでくるむ。
  • 4.
  • (3)・残りの霜降りひらたけ・ブロッコリー・パプリカを耐熱皿にのせ電子レンジ(600W)で5分程加熱する。きのこ・野菜を取り出し、ミートローフはそのままレンジの中に5分おき、粗熱が取れてから食べやすい大きさに切る。
  • 5.
  • 耐熱容器に【A】を入れ、ラップをせずに5分程加熱しソースを作る。
  • 6.
  • 野菜と共に皿に盛りソースを添える。
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番組へのメッセージ

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PROFILE

  • 長塚 圭史

    語り:長塚 圭史

    1975年生まれ。東京都出身。96年、演劇プロデュースユニット「阿佐ヶ谷スパイダース」を旗揚げ、作・演出・出演の三役を担う。08年、文化庁新進芸術家海外研修制度にて1年間ロンドンに留学。帰国後の11年、ソロプロジェクト「葛河思潮社」を始動、三好十郎作『浮標(ぶい)』を上演する。近年の舞台作品に、『鼬(いたち)』、『背信』、『マクベス』、『冒した者』、『あかいくらやみ~天狗党幻譚~』、『音のいない世界で』など。読売演劇大賞優秀演出家賞など受賞歴多数。
    また、俳優としても、NHK『植物男子ベランダー』、WOWOW『グーグーだって猫である』、WOWOW『ヒトリシズカ』、CMナレーション『SUBARUフォレスター』など積極的に活動。

  • 北阪 昌人

    脚本:北阪 昌人

    1963年、大阪生まれ。学習院大独文卒。
    TOKYO FMやNHK-FMなどでラジオドラマ脚本多数。
    『NISSAN あ、安部礼司』(TOKYO FMなど全国FM37局ネット)、『ゆうちょ LETTER fo LINKS』(TOKYO FMなど全国FM38局ネット)、『世界にひとつだけの本』(JFN)、『AKB48の私たちの物語』(NHK-FM)、『FMシアター』(NHK-FM)、『青春アドベンチャー』(NHK-FM)などの脚本・構成を担当。『プラットフォーム』(東北放送)でギャラクシー賞選奨、文化庁芸術祭優秀賞受賞。『月刊ドラマ』にて、『ラジオドラマ脚本入門』連載中。
    主な著書に『世界にひとつだけの本』(PHP研究所)、『えいたとハラマキ』(小学館)がある。

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NEWS

特別版『オードリー・ヘップバーンが教えてくれる、明日へのyes!』
常盤貴子さん長塚圭史さん
風も、雨も、自ら鳴っているのではありません。 何かに当たり、何かにはじかれ、音を奏でているのです。
誰かに出会い、誰かと別れ、私たちは日常という音を、共鳴させあっています。
YESとNOの狭間で。
あなたは、自分に言っていますか?
YES!ささやかに、小文字で、yes!
毎週土曜日、明日(あした)への希望の風に吹かれながら、自分にyes!と言ったひとたちの物語を朗読でお届けしている番組『yes!明日への便り』。 1月8日は、その特別版「オードリー・ヘップバーンが教えてくれる、明日へのyes!」をお送りいたします。
2018年に没後25年を迎える稀代の大女優オードリー・ヘップバーンの波乱万丈な人生―女優になるまでの波乱に満ちた半生、輝かしい女優時代、ユニセフ親善大使として世界中の子どもたちに尽くした晩年までを、 女優の常盤貴子さんが演じます。
長塚圭史は「語り」の部分やオードリーの夫、また彼女の人生に影響を与えた映画監督の役を担当します。女優、オードリー・ヘップバーンが、私たちに教えてくれる、明日へのyes!とは?

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