yes!~明日への便り~presented by ホクトプレミアム 霜降りひらたけ

第三百八十六話 人生は、微笑みと苦笑い -【長野篇】小説家 久米正雄-

yesとは?

  • 語り:長塚圭史
  • 脚本:北阪 昌人

『自分にyes!と言えるのは、自分だけです』
今週あなたは、自分を褒めてあげましたか?
古今東西の先人が「明日へのyes!」を勝ち取った命の闘いを知る事で、週末のひとときをプレミアムな時間に変えてください。
あなたの「yes!」のために。

―放送時間―
TOKYO FM…SAT 18:00-18:30 / FM大阪…SAT 18:30-19:00
FM長野…SAT 18:30-19:00 / FM軽井沢…SAT 18:00-18:29

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第三百八十六話人生は、微笑みと苦笑い

長野県上田市に生まれた、文豪がいます。
久米正雄(くめ・まさお)。
大正時代から昭和にかけて、芥川龍之介、菊池寛(きくち・かん)たちと共に、文壇を支えた重鎮です。
その活動は、小説にとどまらず、劇作家、俳人としても名をなし、さらに趣味で野球、ゴルフ、社交ダンス、麻雀など、多芸多才な人物として知られています。
彼が監督・撮影したドキュメンタリーフィルムには、徳田秋声(とくだ・しゅうせい)、田山花袋、さらには木によじのぼる芥川龍之介の姿が映っていて、近代文学史の貴重な資料になっています。
若くして才能を開花した久米を、こんなふうに評するひともいます。
「器用貧乏」。
親友の芥川も、彼の文章力を評価していましたが、純文学と大衆文学の狭間で揺れ、非難や批判を受ける久米を、どこか冷ややかに見つめていました。
とかく誹謗中傷を受けがちな久米は、私生活でも、マスコミの格好の的でした。
師匠である夏目漱石の娘・筆子(ふでこ)に恋をして、結婚寸前までいきますが、何者かが久米を揶揄する怪文書を送り付けたことがきっかけで、破談。
その後、筆子は、久米の親友・松岡譲(まつおか・ゆずる)と結婚してしまいます。
このセンセーショナルな出来事を新聞や雑誌は書きたてますが、久米は平然とそれを、破れた船と書く、『破船』という私小説にしたためます。
筆子も松岡も責めない優しい語り口に、大衆は賛辞をおくりました。
久米正雄のモットーは、「微苦笑(びくしょう)」。
微笑む微笑と、苦笑いの苦笑が入り交じった、久米の造語です。
人生は、ままならない。
うまくいくどころか、カッコ悪いことばかり。
そんなときは、仕方なく微笑むしかない。
それを、彼は「微苦笑」と呼んだのです。
上田市で生まれた久米は、幼くして父を亡くし、母の郷里、福島県郡山市に移り住みます。
「こおりやま文学の森資料館」の中にある「久米正雄記念館」には、彼の波乱万丈の人生を知ることができる、貴重な資料が展示されています。
特に、晩年暮らした神奈川県鎌倉市の自宅が移築され、ひょっこり久米が顔を出しそうなたたずまいを残しています。
微笑むような、苦笑いするような彼に、逢えるかもしれません。
度重なる誹謗中傷に耐えながら、この世を生き抜いた賢人・久米正雄が人生でつかんだ、明日へのyes!とは?

大正文学を支えた文豪・久米正雄は、1891年、現在の長野県上田市に生まれた。
父は江戸から赴任した、上田尋常高等小学校の校長だった。
慈愛と厳格をまとった父は、町の名士。
正雄は物心つく頃から、「校長の子」と呼ばれる。
そこには、尊敬と称賛のほかに、嫉妬やねたみ、揶揄が混じる。
勉強ができれば、「校長の子」だから、と言われ、運動会で転べば、「校長の子」なのに、と笑われた。
だが、次男だった正雄は、何を言われても気にしなかった。
校長の子どもに生まれたのは、自分のせいではない。
だったら卑屈になるのはおかしい。
近所の子どもと野山を駆け回り、遊んだ。
そんな天真爛漫を打ち崩す出来事が起こったのは、7歳のとき。
父が校長を務める学校で、火災が発生。
父は、燃え盛る炎に飛び込み、あるものを救い出そうとした。
それは、校長室に掲げられた、御真影。
しかし、乾いた風にあおられた火の勢いは強く、御真影は焼失。
自宅に戻った父は、その責任をとり、自決した。
大声をあげる姉、泣き叫ぶ母。
正雄は、ただ、大きな何かを失くしたことだけを体で噛み締めていた。
「お父さん、どうして御飯を食べないの。」
「食いたくなったら食いにゆく。」
これが、最期の会話になった。

久米正雄の母の実家は、現在の福島県郡山市にあった。
一家で移り住む。
肺を病んでいた姉は、ほどなくして、亡くなってしまう。
家族にまとわりつく、死の影。
しかし、正雄には、事態を客観的に見る眼差しが備わっていた。
父に学問は大事だと教わった。
学問は、今すぐ役に立つものと、のちにじんわり役に立つものがあることを聞いていた。
友だちと遊んだが、勉学に手は抜かなかった。
本を読み、文章を書いた。
優秀な成績で小学校を卒業し、安積中学校に入学。
そこで、教頭先生と国語教師に、文学の才能を見出される。
俳句を詠んだ。
教員らが主宰する俳句会に参加。
正岡子規の影響を受けた。
首席で中学を卒業。
無試験で、東大教養学部の前身、旧制一高と呼ばれた第一高等学校に入学した。
そこで出会ったのが、芥川龍之介だった。
二人は文学を通して意気投合。
東京帝国大学英文科に入ると、芥川らと共に、第三次『新思潮』という同人誌を創刊。
発行所は、久米の下宿だった。
小説を書き始める。
久米の真骨頂は心境小説。
自らの体験をベースに物語を紡ぐ。
そうして書いた『父の死』。
小説を書くことで、人生の哀しみを少しは昇華できることを知った。

夏目漱石の門下生のひとり、久米正雄は、戯曲『牛乳屋の兄弟』を書き、手ごたえを感じる。
以後、積極的に戯曲を発表。
上演されると、目の前で反応がわかる。楽しかった。
小山内薫、久保田万太郎らと、演劇改良を目指した国民文芸会を発足。
一方で、里見弴(さとみ・とん)たちと文芸誌『人間』を創刊。
あらゆる団体や雑誌の責任者に任命され、忙しくなる。
久米は、菊池寛にすすめられ、通俗小説を書く。
お金にはなったが、純文学への諦めはつかない。
ただ、若くして、芥川龍之介の才能を知ってしまったのは、不幸だったかもしれない。
不器用で辛辣な芥川とは、違う道を歩むことを余儀なくされた。
器用に文壇や世間を渡り歩く。
自分の失恋や失敗も、小説や随筆にしたため、涙をさそい、笑いを買った。
なんでもできる、そんな自分を隠すことはしない。
それゆえ、非難を浴びても苦笑い。
読者に受ければ、かすかに微笑む。
人生には、案外、微苦笑が似合っている。
つらい現実に立ち向かうためには、これしかない。
久米正雄は、自らの体験を小説にすることで客観化し、いつも、ささやかに笑っていた。
久米の命日は、微苦笑忌(びくしょうき)と呼ばれている。

【ON AIR LIST】
白蘭の歌 / 久米正雄(作詞)、伊藤久男、二葉あき子
鳥の行方 / 橋本一子
ピアノ・ソナタ 第2番 変ロ短調 作品35「葬送」第1楽章 / ショパン(作曲)、アルフレッド・コルトー(ピアノ)
精一杯の微笑み / 高橋幸宏

★今回の撮影は、「別所温泉 旅館花屋」様にご協力いただきました。ありがとうございました。
旅館花屋の宿泊予約など、詳しくは公式HPにてご確認ください。
別所温泉 旅館花屋 HP
 

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今週のRECIPE

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霜降りひらたけのみぞれ鍋

今回は、寒い季節におすすめの、こちらの料理をご紹介します。

霜降りひらたけのみぞれ鍋
カロリー
465kcal (1人分)
調理時間
15分
使用したきのこ
霜降りひらたけ
材料
【2人分】
  • 霜降りひらたけ
  • 1パック
  • 大根
  • 300g
  • 白菜
  • 200g
  • 長ねぎ
  • 1本
  • 水菜
  • 1/2袋
  • 豆腐
  • 1丁(300g)
  • 豚バラ肉(ブロック)
  • 150g
  • 800ml
  • 小さじ1・1/2
作り方
  • 1.
  • 霜降りひらたけは小房にほぐし、白菜と豆腐は食べやすい大きさに切る。長ねぎは長さ5cmに水菜は長さ3cmに切り、豚肉は厚さ1cmに切る。大根はおろしておく。
  • 2.
  • フライパンに豚肉と長ねぎを入れ、こんがりと焼き色がつくまで焼く。
  • 3.
  • 鍋に白菜、豆腐、霜降りひらたけ、半量の水菜、水、塩を入れてひと煮立ちさせる。
  • 4.
  • (2)と水気を軽く切った大根おろしを加え、ひと煮立ちしたら残りの水菜を加える。
  • recipe LIST

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番組へのメッセージ

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PROFILE

  • 長塚 圭史

    語り:長塚 圭史

    1975年生まれ。東京都出身。96年、演劇プロデュースユニット「阿佐ヶ谷スパイダース」を旗揚げ、作・演出・出演の三役を担う。08年、文化庁新進芸術家海外研修制度にて1年間ロンドンに留学。帰国後の11年、ソロプロジェクト「葛河思潮社」を始動、三好十郎作『浮標(ぶい)』を上演する。近年の舞台作品に、『鼬(いたち)』、『背信』、『マクベス』、『冒した者』、『あかいくらやみ~天狗党幻譚~』、『音のいない世界で』など。読売演劇大賞優秀演出家賞など受賞歴多数。
    また、俳優としても、NHK『植物男子ベランダー』、WOWOW『グーグーだって猫である』、WOWOW『ヒトリシズカ』、CMナレーション『SUBARUフォレスター』など積極的に活動。

  • 北阪 昌人

    脚本:北阪 昌人

    1963年、大阪生まれ。学習院大独文卒。
    TOKYO FMやNHK-FMなどでラジオドラマ脚本多数。
    『NISSAN あ、安部礼司』(TOKYO FMなど全国FM37局ネット)、『ゆうちょ LETTER fo LINKS』(TOKYO FMなど全国FM38局ネット)、『世界にひとつだけの本』(JFN)、『AKB48の私たちの物語』(NHK-FM)、『FMシアター』(NHK-FM)、『青春アドベンチャー』(NHK-FM)などの脚本・構成を担当。『プラットフォーム』(東北放送)でギャラクシー賞選奨、文化庁芸術祭優秀賞受賞。『月刊ドラマ』にて、『ラジオドラマ脚本入門』連載中。
    主な著書に『世界にひとつだけの本』(PHP研究所)、『えいたとハラマキ』(小学館)がある。

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NEWS

特別版『オードリー・ヘップバーンが教えてくれる、明日へのyes!』
常盤貴子さん長塚圭史さん
風も、雨も、自ら鳴っているのではありません。 何かに当たり、何かにはじかれ、音を奏でているのです。
誰かに出会い、誰かと別れ、私たちは日常という音を、共鳴させあっています。
YESとNOの狭間で。
あなたは、自分に言っていますか?
YES!ささやかに、小文字で、yes!
毎週土曜日、明日(あした)への希望の風に吹かれながら、自分にyes!と言ったひとたちの物語を朗読でお届けしている番組『yes!明日への便り』。 1月8日は、その特別版「オードリー・ヘップバーンが教えてくれる、明日へのyes!」をお送りいたします。
2018年に没後25年を迎える稀代の大女優オードリー・ヘップバーンの波乱万丈な人生―女優になるまでの波乱に満ちた半生、輝かしい女優時代、ユニセフ親善大使として世界中の子どもたちに尽くした晩年までを、 女優の常盤貴子さんが演じます。
長塚圭史は「語り」の部分やオードリーの夫、また彼女の人生に影響を与えた映画監督の役を担当します。女優、オードリー・ヘップバーンが、私たちに教えてくれる、明日へのyes!とは?

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