yes!~明日への便り~presented by ホクトプレミアム 霜降りひらたけ

第四話  心の庭       -詩人・小説家 室生犀星-

yesとは?

  • 語り:長塚圭史
  • 脚本:北阪 昌人

『自分にyes!と言えるのは、自分だけです』
今週あなたは、自分を褒めてあげましたか?
古今東西の先人が「明日へのyes!」を勝ち取った命の闘いを知る事で、週末のひとときをプレミアムな時間に変えてください。
あなたの「yes!」のために。

―放送時間―
TOKYO FM…SAT 18:00-18:30 / FM大阪…SAT 18:30-19:00
FM長野…SAT 18:30-19:00 / FM軽井沢…SAT 18:00-18:29

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第四話 心の庭      

石川県金沢市に生まれた詩人で小説家の、室生犀星(むろう さいせい)。
彼は、こよなく軽井沢を愛した文豪のひとりです。
旧軽井沢の落葉松林を抜け、細い道を歩くと、矢ケ崎川に出ます。
その渓流をのぞむ岸辺に、室生犀星の文学碑があります。
黒い御影石に刻まれた言葉。
「我は張りつめたる氷を愛す
斯る切なき思ひを愛す
我はそれらの輝けるを見たり
斯る花にあらざる花を愛す」
室生犀星夫妻の遺骨は、ふるさと金沢から分骨され、彼らは、この川のほとりの石像の下に眠っています。
その石像に光と影をつくっている、秋の木漏れ日。
せせらぎの音が、かえって静寂を深めます。
犀星が、もっとも愛した場所に、自ら建てた文学碑。
彼にとって、この川の音色は、故郷金沢の川のそれに、似ていたのかもしれません。
『ふるさとは、遠きにありて、思ふもの』。
軽井沢は、彼にとって、心の庭でした。
全ての原風景がつまった、自分にyesと言える、庭。

文豪、室生犀星は、1889年、金沢に生まれた。
父は、加賀藩士、小畠弥左衛門吉種(こばたけやざえもんよしたね)。
母は女中で、いわゆる私生児だった。
生まれてすぐに、お寺にもらわれた。7歳で養子になった。
実の父、吉種は、犀星が9歳のときに亡くなり、実の母はそのあと失踪。行方知れず。
ほんとうの父、母の愛を知らずに育った。
「おまえは、妾の子だ!」
いじめられた。悔しかったけど、何も言えなかった。
13歳で学校をやめた。歌を詠むことの素晴らしさを知り、心を傾けた。
書いているときは、何かになれた。
はかないもの、弱いものにばかり目がいく。
いつしか自分を投影している。
居場所がなかった。自分だけの庭が欲しかった。
自分にyesと言える、心の庭。
一度だけ、たったの一度だけ、実の父に遊んでもらった記憶があった。
金沢の犀川のほとり。石を積んで遊んだ。父は何も言わずに、ただそこにいた。
夏を過ごすために軽井沢に来たとき、彼は、矢ケ崎川に、ふるさとを見たのかもしれない。
林のどこかで鳴く鳥の声まで、懐かしかった。

室生犀星は、軽井沢を愛した。亡くなるまでの30年間、毎年夏を軽井沢で過ごした。
今は記念館になっている別荘は、純和風造りの平屋。
西欧風の建物が多い中、異彩を放つ。
この家に、堀辰雄も、川端康成も、志賀直哉も遊びに来た。
庭が見事だった。苔むした、庭。
犀星は、庭が大好きで、自らつくった。
庭づくりのために、石や木、苔と格闘するのが好きだった。
その闘いには終わりがない。つくって壊し、壊して、つくる。
庭を眺めるうちに、キリギリスが午前四時に鳴きやむことを
知った。障子一枚分の窓明かりが、庭石に射す様に、感動した。赤く色づくモミジに、夏の暑さをはかった。
自分の庭は、完成しなかった。
お手本がない。どうすれば居場所に辿り着けるのか、地図も羅針盤も見当たらない。
書いた。詩歌を、随筆を、小説を書いた。
書いては、庭を愛で、庭を眺めては、書いた。
軽井沢の夏が好きだった。
朝晩の凛とした空気。濃い苔の香り。風で揺れる木々の影。
そして、せせらぎ。
近くの教会の宣教師一家が、庭の前を通り過ぎる。
外国人の子供は、エンジェルのようだと思う。
庭から見える風景が、いつも彼の心を揺り動かした。
遠くでまた鳥が、鳴く。
どこかで聴いたことのある声で。

室生犀星は、言った。
「私の人生は、負け続けのようでした。特に庭には、こっぴどく、負けた」
そう言う彼は、少しうれしそうに思える。
ひとは、決して勝てないもの、決して手に入らないものに出会ったとき、失意が混じった喜びを感じるものではないか。
犀星が49歳のとき、最愛の妻、とみ子が、脳溢血で倒れた。
右半身不随になった。それからとみ子が亡くなるまでの20年間あまり、彼は妻を気づかい、妻を支え、看病を続けた。
妻の死後、彼女の残した句を本にまとめた。
自分の文学碑を矢ケ崎川のほとりにつくった翌年、犀星も、この世を去った。享年73歳。
最期まで、自分の庭をつくり続けた。
もしかしたら、矢ケ崎川の近くにつくった文学碑が、彼の心の庭だったのではないか。
そこには、ふるさとに似た、でも何の屈託もなく自分にyesと言ってくれた軽井沢の風が流れていた。
父の思い出の河原を思い出せた。
生涯を連れ添った、妻が一緒にいる。
ようやく庭が完成した。
ただ、決して果てるこのない、せせらぎの音が聴こえる。
ただ、遠くで、ざわざわと秋の風が行き過ぎていった。
室生犀星の心の庭は、こうつぶやく。
「我はせつなき心を愛する」

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PROFILE

  • 長塚 圭史

    語り:長塚 圭史

    1975年生まれ。東京都出身。96年、演劇プロデュースユニット「阿佐ヶ谷スパイダース」を旗揚げ、作・演出・出演の三役を担う。08年、文化庁新進芸術家海外研修制度にて1年間ロンドンに留学。帰国後の11年、ソロプロジェクト「葛河思潮社」を始動、三好十郎作『浮標(ぶい)』を上演する。近年の舞台作品に、『鼬(いたち)』、『背信』、『マクベス』、『冒した者』、『あかいくらやみ~天狗党幻譚~』、『音のいない世界で』など。読売演劇大賞優秀演出家賞など受賞歴多数。
    また、俳優としても、NHK『植物男子ベランダー』、WOWOW『グーグーだって猫である』、WOWOW『ヒトリシズカ』、CMナレーション『SUBARUフォレスター』など積極的に活動。

  • 北阪 昌人

    脚本:北阪 昌人

    1963年、大阪生まれ。学習院大独文卒。
    TOKYO FMやNHK-FMなどでラジオドラマ脚本多数。
    『NISSAN あ、安部礼司』(TOKYO FMなど全国FM37局ネット)、『ゆうちょ LETTER fo LINKS』(TOKYO FMなど全国FM38局ネット)、『世界にひとつだけの本』(JFN)、『AKB48の私たちの物語』(NHK-FM)、『FMシアター』(NHK-FM)、『青春アドベンチャー』(NHK-FM)などの脚本・構成を担当。『プラットフォーム』(東北放送)でギャラクシー賞選奨、文化庁芸術祭優秀賞受賞。『月刊ドラマ』にて、『ラジオドラマ脚本入門』連載中。
    主な著書に『世界にひとつだけの本』(PHP研究所)、『えいたとハラマキ』(小学館)がある。

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NEWS

特別版『オードリー・ヘップバーンが教えてくれる、明日へのyes!』
常盤貴子さん長塚圭史さん
風も、雨も、自ら鳴っているのではありません。 何かに当たり、何かにはじかれ、音を奏でているのです。
誰かに出会い、誰かと別れ、私たちは日常という音を、共鳴させあっています。
YESとNOの狭間で。
あなたは、自分に言っていますか?
YES!ささやかに、小文字で、yes!
毎週土曜日、明日(あした)への希望の風に吹かれながら、自分にyes!と言ったひとたちの物語を朗読でお届けしている番組『yes!明日への便り』。 1月8日は、その特別版「オードリー・ヘップバーンが教えてくれる、明日へのyes!」をお送りいたします。
2018年に没後25年を迎える稀代の大女優オードリー・ヘップバーンの波乱万丈な人生―女優になるまでの波乱に満ちた半生、輝かしい女優時代、ユニセフ親善大使として世界中の子どもたちに尽くした晩年までを、 女優の常盤貴子さんが演じます。
長塚圭史は「語り」の部分やオードリーの夫、また彼女の人生に影響を与えた映画監督の役を担当します。女優、オードリー・ヘップバーンが、私たちに教えてくれる、明日へのyes!とは?

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