第七十九話劣等感を武器にする
伊達政宗。
今年、生誕450年を迎え、さまざまなイベントが予定され、50年後の生誕500年に向けて、仙台城を復元しようという計画もあります。
幼いときにかかった病気がもとで、右目を失った彼は『独眼竜』の異名をとり、大河ドラマにもなりました。
世は、豊臣秀吉、徳川家康という天下人たちが生き残りをかけて戦った激動の時代。
そんな中、独自の哲学と知恵を駆使して生き抜いた、東北の英雄です。
政宗を祀った霊廟(れいびょう)、瑞鳳殿(ずいほうでん)は、仙台市の郊外にあります。
最近の発掘調査で、彼の遺骨が出てきました。
それによれば、彼の身長はおよそ、158センチ。血液型はB型だったそうです。
再現された声は、意外に甲高く、ナイーブで女性的だったという結果が出ています。
瑞鳳殿に祀られている木の像は、右目を開いています。
これは、独眼竜が真ではない、ということではなく、政宗の願いが込められているという説が有力です。
コンプレックスを抱え、繊細で傷つきやすい性格だったからこそ、20歳そこそこで、東北、奥州を治めることができたのかもしれません。
思えば、豊臣秀吉も、生まれや容姿に激しいコンプレックスを持っていました。
政宗は、小田原の陣で、わざわざ死に装束で秀吉に会いに行ったり、大崎・葛西一揆のときは、金箔のはりつけ柱をかかえて持っていったりしました。
そんな派手で、目立つパフォーマンスを最も気に入っていたのは、秀吉だったと言われています。
己のコンプレックスとどう対峙するのか。
武将・独眼竜政宗が、戦乱の世で手に入れた明日へのyes!とは?
伊達政宗は、今から450年前の1567年、現在の山形県米沢市に生まれた。
幼名は、梵天丸。
元気で威勢のいい声で産声をあげた。
目鼻立ちが整う、可愛らしい赤子だった。
彼が生まれた時代は、応仁の乱から100年がたち、織田信長による全国統一で、ようやく戦乱の世が終わろうという兆しが見えた。
幼い梵天丸は、あるとき、乳母と一緒に近くの寺に行った。
そこで彼はぶるぶるとふるえ、涙を目に浮かべる。
乳母が「いかがなさいました、若君」と尋ねると、彼は指をさした。
「怖い…」。
指先の向こうには、恐ろしい形相で歯をむき出した不動明王があった。
「若君、あれは不動明王、ほとけさまなのでございます」
と乳母が言うと、
「どうして、ほとけさまが、あんなに怖い顔をしているのですか?」
と訊いた。
「人間には、弱い心がございます。それを諌め、見守るために、あのようなお顔をなさっているのです」
乳母は答えた。
梵天丸は、幼いながらに思った。
人間の弱い心とは、こうして睨まれなければどうにもならないものなのか。
自らの弱さを知ったとき、ひとは本当に強くなる。
伊達政宗は、幼い時、疫病にかかり右目の視力を失った。
醜くただれた右目。
屋敷中の鏡は隠されたけれど、彼の目に犬が吠え、初めて会ったひとが驚いた表情をして、やがて眼を伏せる。
ある雨が降った翌日。
庭にできた水たまりに映った我が身を見て、梵天丸は、絶望する。
彼は部屋に引きこもり、誰とも会おうとしなかった。
心配した父は、梵天丸と遊べる兄のような存在を探し、小十郎という優しい男の子を連れてきた。
梵天丸は、少しずつ小十郎になついていき、やがて野山を泥だらけになって遊べるまでになった。
でも、常にひとの視線が気にかかる。
ちょっとした相手の態度で傷つく癖は、治らなかった。
そんな時、小十郎にこんなふうに説教をされた。
「若君、それほどその右目がお嫌ですか?ならば死んでおしまいなさい。人間、生きるか死ぬかです。でも、もし生きたいと望まれるのであれば、くよくよするのはやめてください。若君は、米沢城主の跡継ぎなのです。弱みを見せては、誰もついていきません」。
弱みを、むしろ強みに変える。
そんな葛藤が、伊達政宗の根っこをつくった。
伊達政宗は、独眼竜政宗として開花した。
コンプレックスゆえ弱気になるといつも、幼い頃見た不動明王が現れ、こう言った。
「おまえの中の悪魔を追い払え!ほんとうの敵は、おまえの弱さだ!」
政宗は、自分の弱さとキチンと向き合うことで、強さを手に入れた。
ときに派手に、必要以上に強気に出てしまうことがあったが、本当の強さが優しさに裏打ちされていることを知っていた。
幼い頃、どんなときも励ましてくれた小十郎。
彼のあったかい思いが、政宗を支え続けた。
仙台の地に築城するとき、青葉山に決めた。
東に広瀬川、西は山林、南には渓谷が拡がり、北には深い山がある。
もともと仙台という土地は、雑木林に囲まれた荒れ地だった。
そこに、立派な城下町をつくりたい。
そう願った政宗は、道路を整備した。
金の発掘や蚕を育て、塩を精製し、産業の発展に骨身をけずった。
民あってこその、町。
そこにも、彼の優しいまなざしがあった。
町づくりや川の整備、全てに自ら足を運んだ。
幼い頃からの劣等感を優しさに変え、勇気に昇華した、伊達政宗。
当時としては長命の、69歳でこの世を去った。
辞世の句。
『曇りなき 心の月を 先だてて 浮世の闇を 照らしてぞゆく』。
見えなかった右目こそが、闇を照らす光だった。
【ON AIR LIST】
Grapefruit Moon / Tom Waits
Visions / Stevie Wonder
Sweetest Thing / U2
Avalon / Roxy Music
閉じる