第二百十五話自分に飽きてはいけない
「映画の楽校」と題されたそのプログラム、10月22日に行われる演目のひとつが『恋文』です。
直木賞作家、連城三紀彦が、萩原健一をモデルに書いたという小説が原作です。
連城は「萩原さんが出てくれるなら、原作料などいりません」と言ったそうです。
ショーケンこと萩原健一は、今年3月、68歳で激動の生涯を閉じました。
17歳でグループサウンズ「ザ・テンプターズ」のヴォーカリストとしてデビュー。
その後、唯一無二の存在感を醸し出す俳優として、映画、テレビドラマに偉大な足跡を残しました。
今年5月には、講談社が『ショーケン 最終章』というインタビュー集を出版。
9月には、河出書房新社から『萩原健一 傷だらけの天才』というムックが刊行され、追悼のツイッターは絶えず、いまなお、ショーケンがひとびとの心に生きていることを証明しています。
彼ほど愛され、彼ほど誤解され、彼ほど壮絶な人生を送り、彼ほど穏やかな死を迎えられたひとは、いないのではないでしょうか…。
彼は常に正直で、純粋でした。
40代前半で、右耳の聴力を失うことになっても、周囲に黙っていました。
おかげで、声が大きい、威圧感がある。
それが誤解の原因になっても、彼は耳のことを誰にも言いませんでした。
2011年、GIST(ジスト)という難病指定の癌に犯されても、家族以外には隠し通しました。
『不惑のスクラム』というドラマのオファーがあったとき、医者は「タックルなんかされたら、腫瘍が破裂しますよ! とんでもない!」と反対しました。
末期の胃癌を患っている元ラガーマンの役でした。
この役に運命を感じた萩原は、役を引き受けます。
そこまでして彼が演じることにこだわったわけに、彼の存在証明があったのです。
今も愛され続ける孤高の天才、萩原健一が人生でつかんだ、明日へのyes!とは?
今年3月に亡くなった、ショーケンこと萩原健一は、1950年7月26日、埼玉県に生まれた。
7月26日生まれに、スタンリー・キューブリックやミック・ジャガーがいることが、ある種の誇りだった。
「この誕生日は、業が深いんですよ」
萩原は、そう言った。
生まれた家は、鮮魚店。
兄弟の中で、萩原だけ父親が違った。
高校在学中、大宮でスカウトされ、「ザ・テンプターズ」のヴォーカリストとしてデビュー。
『エメラルドの伝説』、『神様お願い!』など、ヒット曲を連発。
ブルースバンドが、ローリング・ストーンズの影響を受けて、さらに進化。大輪の花になった。
グループ解散後も音楽活動をしたが、22歳のとき、映画『約束』に出演したことで、運命の歯車が動き出す。
ナチュラルで、演技をしているようで全くしていない雰囲気に、映画人が驚いた。
共演した名優・三國連太郎までもが、萩原の演技の引き出しの多さに驚愕した。
ドラマ『太陽にほえろ!』のマカロニ刑事役で、萩原は、役者としてスターダムにのしあがる。
ただ、その場所の居心地の悪さが、彼を追い詰めていった。
萩原健一は、納得がいかない現場ではとことん意見を言い、自分のアイデアを出し、時には大御所にもくってかかった。
それは全て、よりよいものを創るため。新しいものを創造するためだった。
『太陽にほえろ!』では、音楽にもこだわった。
テーマ曲はロックでいきたいと主張。
同じバンドだった大野克夫(おおの・かつお)に作曲を、井上堯之(いのうえ・たかゆき)に演奏を依頼することを、出演の条件にした。
マカロニというあだ名の前は、「坊や」だった。
ゼッタイ嫌だと拒否。
マカロニでしぶしぶ決着した。
犯人役の沢田研二を銃で殺してしまうアイデアを出すと、刑事が人殺しをしてはいけないと却下される。
萩原は言った。
「刑事だって人間でしょ! 弱さがあっていい、間違っていいんじゃないですか!」
純粋で、無鉄砲。
それはマカロニという役に投影されていった。
やめたいと思う。
このままマカロニを続けていけば、きっと役者としては安泰だ。
人気もうなぎのぼり。
石原裕次郎にも可愛がられていた。
でも…このままでは自分の可能性が閉じてしまう。
新しい自分を見つけたい。自分に飽きたくはない。
マカロニをやめたいと告げる。
しかも最後は、カッコ悪く殉職したい。
「ありのまま」の演技を追及する彼のストイックさが、彼をどんどん孤独にしていった。
ショーケンこと、萩原健一は、『太陽にほえろ!』で人間くさい刑事を創造し、『傷だらけの天使』ではチンピラのような若者をアドリブを交えて演じ、一転、『前略おふくろ様』では、朴訥で照れ屋の板前を一字一句セリフを変えずに演じた。
新しい自分に会いたい。見せたい。
とにかく、自分に飽きたくはなかった。
黒澤明監督の『影武者』も、役者への覚悟を後押しした。
過酷な現場。
ここでも、自分の意見を真っ向から言った。
そのうち、黒澤から聞かれるようになった。
「萩原君、今のシーン、どう思うかね?」
自分にプレッシャーをかける生き方。
ひとに意見を言う以上、自分に厳しくなければならない。
彼の生活は、荒れていった。
不祥事を起こして、仕事がいっさいなくなる。
それでも娘への養育費を払わなくてはならない。
アルバイトで遊園地に行く。着ぐるみショーに出た。
天地真理の歌謡ショーのバックでも踊った。
仕事があるだけありがたい。
一日も休まず働き、養育費を払い続けた。
どん底のときに、そのひとの真価が問われる。
逃げるか、立ち向かうか。
萩原健一は、戦い続け、走り続けた。
新しい自分に出会うために。
だからこそ彼は、安らかな顔で天使になれた。
【ON AIR LIST】
神様お願い! / ザ・テンプターズ
エメラルドの伝説 / ザ・テンプターズ
雨よふらないで / ザ・テンプターズ
傷だらけの天使 / 井上堯之バンド
前略おふくろ / 萩原健一
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