第百九十四話逆境をバネに生きる
世界中のファンを魅了し続ける、ゴジラ。
1954年、日本初の本格的特撮怪獣映画として公開された『ゴジラ』は、空前の大ヒットを記録しました。
映画館がある日劇の周りには、幾重にも観客の列が渦を巻き、邦画として初めての全米公開作品になったのです。
その産みの親こそ、福島県出身の特撮の神様・円谷英二(つぶらや・えいじ)です。
今年1月、彼の故郷、福島県須賀川市に『円谷英二ミュージアム』が開館しました。
展示の目玉は、高さおよそ2メートルの初代ゴジラを模したスーツです。
市民センター内にあり、入場は無料。
円谷の生涯を7つのブロックに分けた展示や特撮スタジオの再現など、見どころは満載です。
円谷は、幼い頃から何処にも出かけず、ひとりで遊ぶことが多く、ひととの関わりが苦手でした。
本心を明かすことはめったになく、いつもテヘラテヘラと笑ってごまかすことから、先輩の映画監督には「おまえは、テヘラ亭だ!」と揶揄されました。
上京したのちも、訛りがとれず、言葉じりを笑われたことで、さらに会話にコンプレックスを持つことになったと言われています。
映画製作チーム全体をまとめる監督、というタイプではなく、あくまでも職人気質。
撮影の細部へのこだわりは、まわりを震え上がらせるほどでした。
言葉が少なく、映画会社から誤解され、劣悪な撮影環境に置かれても、その逆境をバネにあらゆる撮影技法を生み出していきました。
セットにお金がかけられないなら、カメラの前にガラス版を置き、そこに絵を画くという「グラスワーク」でしのぐ。
予算が少なく奥行きが出ないのであれば、ミニチュアで遠景をつくってしまう。
まさに、このミニチュアづくりこそが、後の特撮の原点になったのです。
どんな状況にあっても、自分のやるべき信念を追い求める、特撮の神様・円谷英二が人生でつかんだ明日へのyes!とは?
ゴジラやウルトラマンの産みの親、円谷英二は、1901年7月7日、福島県須賀川市に生まれた。
実家は、江戸時代から代々続く、大きな商家、大束屋。商業都市・須賀川でも有数の名家だった。
その初孫として生まれた円谷は、家族のみならず、取引先や顧客からも祝福された。
宝物のように大切に育てられる。
しかし、彼が生まれて3年後、母が次男の死産とともにこの世を去った。17歳だった。
円谷は、この不幸を理解できず、お堂の中を走り回っていたという。
祖母は、彼を呼び留め、こう言った。
「これからは、私があなたのお母さんになります。いいですね」
5歳年上の叔父・一郎も、円谷を弟のように可愛がり、守ることを誓った。
「これからは、なんでも相談するんだよ」
小学校に入学した円谷は、全ての教科で優秀だった。
特に絵の才能はすごかった。
教師たちは、口々にこう言った。
「さすが、亜欧堂田善(あおうどう・でんぜん)の血を引いている!」
銅版画家・亜欧堂田善は、江戸時代に名をなし、須賀川の偉人と称された人物だった。
円谷は、通学の途中、あらゆるものをじっと観察し、それを家に帰って絵にした。
祖母も驚く。
「汽車をこんなにも細かく描写できるなんて、この子はいったいどんな記憶力を持っているんでしょう」
小学3年生のとき、親戚にもらった東京土産は、写真集だった。
そこに、生まれて初めて見る乗り物があった。
飛行機。
大空を自由に飛ぶ飛行機を見たとき、子どもながらに、体中の血が沸き立つ思いがした。
特撮の神様・円谷英二は、幼少期、飛行機に魅せられ、飛行機乗りに憧れた。
大束屋の菩提寺にある、大きな銀杏の樹によじ登り、彼はひたすら空を眺めた。
「ああ、いつか飛びたいなあ、あの大空を飛びたいなあ」
住職に叱られても、樹に登ることをやめなかった。
あまりに飛行機が好きすぎて、自分で作るようになる。
ひとつ作ればもっと精巧なものを作りたくなり、どんどんエスカレート。夢中になった。
毎朝5時に起きて、模型飛行機に取り組む。
学校から帰ると、すぐに工具を手に、飛行機づくり。
11歳のときには、あまりの出来の素晴らしさに、地元福島の新聞社が取材にくるほどだった。
もうひとつ、円谷が少年時代に夢中になったものがあった。
それは、映画。
須賀川のお寺の境内に、活動写真がやってきた。
おろされた白い幕に映像が映し出され、弁士が語る。
桜島の噴火、銀座のにぎわい、日露戦争の様子が大きなスクリーンに拡がった。
「なんだ、これは、すごい迫力だ。いったい、どうやって映し出しているんだろう」
彼の興味は内容ではなく、映写技術のほうだった。
映写技師の近くに寄る。
横でじっくり観察したあと、映写の仕組みを語ってみせた。
技師は驚く。
「こんな子ども、初めてみたよ。君の説明、全部あってる」
どうしても飛行機乗りになりたいと願った若き円谷英二は、叔父の一郎から多額の援助を受け、飛行機学校に入学。
いよいよ飛行機に乗れると思った矢先、不幸が襲った。
いちばん信頼していた教官がマスコミ向けの公開飛行中に、墜落。命を落とし、飛行機も大破。
学校自体の存続が難しくなった。
夢破れた円谷が、ふるさとの福島に帰りたいと手紙を出すと、一郎は叱った。
「男が志をかかげ、一度ふるさとを捨てたなら、簡単に戻ってはいけない」
東京に残り、おもちゃメーカーに就職した。
彼の開発するおもちゃはヒットを飛ばしたが、彼自身の気持ちは、どこかしっくりきていなかった。
あるお花見の宴席で、たまたま隣の席で起きた喧嘩を仲裁。
「いやあ、部下がすっかりご迷惑をかけてしまいました」
と頭を下げた男こそ、映画の技術会社の社長だった。
映画の話で意気投合。
その会社に転職することに決めた。
うまくいかないことが起きたときは、あわてず、騒がず、まずは流れを静観する。
そこで腐ってしまわないで努力し続けていると、必ず、新しい流れが向こうのほうからやってくる。
円谷は、そう信じていた。
ただ、夢だけは諦めない。
飛行機と映画。
少年の夢は見事に結実し、その思いが大空に拡がり、スクリーンに宿った。
【ON AIR LIST】
DEEPER UNDERGROUND / Jamiroquai
LEARNING TO FLY / Tom Petty and The Heartbreakers
GODZILLA / Blue Oyster Cult
GODZILLA DREAM / 高中正義
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