第二百六十一話幸せは、好きなことの中にある
及位ヤヱ(のぞき・やえ)。
単発小型機で日本一周を成功させたり、アメリカ横断レースに出たりと、その飛行記録は、彼女の冒険心を裏打ちしています。
戦後は運輸省航空局に入局。
日本婦人航空協会を設立するなど、空に一生を捧げました。
1976年のNHK朝の連続テレビ小説『雲のじゅうたん』のモデルのひとりでもあります。
浅茅陽子 扮する主人公は、「おら、空飛びてえ」という夢を抱き、どんな苦難にも耐え、プロのパイロットへと成長していきます。
大正5年生まれのヤヱにとって「飛行機乗りになりたい」というのは、簡単に叶えられる夢ではありませんでした。
多くの情報が集まる東京ですら、女性パイロットの前例がない時代、秋田にいながら、夢を目標に変え、そのために猪突猛進できる力は、並大抵ではなかったことがわかります。
ヤヱは、幼い頃見た、秋田の空を忘れませんでした。
どこまでも青く、どこまでも果てしない空。
あの空の向こうには、どんな風景があるのだろう…。
そう考えるだけで、彼女は胸、躍らせたのです。
いつしか、夢は、パイロットになるという目標になっていきました。
もし、彼女の原風景が、日本海に面した秋田県山本郡の空でなかったら、そんな夢を見ることはなかったのかもしれません。
ヤヱは、知ってしまったのです。
空の美しさ、分け隔てない、平等と平和と自由。
彼女の人生は、絶えず、「好きであること」のそばにありました。
「好き」だけで生きていけない。
「夢」だけでは食べていけない。
果たして、そうでしょうか?
空の開拓者・及位ヤヱが人生でつかんだ明日へのyes!とは?
日本における女性パイロットの草分け的な存在、及位ヤヱは、1916年9月16日、現在の秋田県山本郡三種町に生まれた。
幼い頃から、空を眺めるのが好きだった。
雲ひとつない青空もよかったが、空に浮かぶ雲を見て、あれこれ想像するのもワクワクした。
小学2年生で山形県鶴岡市に引っ越しても、鶴岡の空に、秋田の空を探した。
空はつながっているという感覚が、うれしかった。
学校の授業で、模型飛行機を作る、というのがあった。
竹ひごを、ろうそくであぶり、曲げていく。
弓なりになった翼の部分に障子の紙や半紙を貼る。
ゴム動力をつけ、プロペラを回す。
なかなか、うまくできない…。
家の近くの空き地で模型飛行機を飛ばすが、思うように飛ばない。
日が暮れるまで、何度も飛ばす。
やがて模型飛行機のプロペラは壊れ、翼も折れた。
「はははは、そんなんじゃダメだよ」
ヤヱを笑う、男の子がいた。
彼は、翼の張り方、重心の位置、飛行機の飛ばし方を教えてくれた。
初めて、空が少し近くなった。
秋田県出身の女性パイロットのレジェンド、及位ヤヱは、近所の少年と模型飛行機を飛ばし合った。
飛行距離を競い、どうすればより遠く、高く飛ぶか研究した。
楽しかった。
学校のどんな授業より、笑顔になった。
「わたしは…飛行機が好きなんだ」
そんな言葉が心に沁みわたる。
ヤヱが15歳のとき、衝撃的なニュースを知った。
1931年8月29日。
ドイツの女性飛行家、マルガ・フォン・エッツドルフが、ベルリンから、できたばかりの羽田飛行場に降り立った。
マルガは、第一次世界大戦において、ドイツ人女性として2人目となるパイロットのライセンスを取得したひと。
ヤヱは、この出来事をまるで自分へのメッセージのように感じた。
「大丈夫、女性だって空を飛べるわ、飛びたいと心から願えば」
ヤヱが高等女学校で学ぶ頃、一緒に模型飛行機で遊んだ少年は、海軍飛行予科練習生になっていた。
「私も、飛行機を操縦したい」
そんな夢を口にすると、父親から一喝された。
「おまえを軽業師にするために、わざわざ学校にいかせているんじゃない!」
どんなに反対されても、ヤヱの思いは空を舞い、決して降りることはなかった。
及位ヤヱは、19歳のとき、上京する。
子爵の家に行儀見習いとして住み込むことが決まった。
あこがれの東京で忙しく働きながら、パイロットに関する情報を集めた。
大正時代末期には、女性パイロットがいたことを知り、背中を押される。
奉公の合間を抜け出し、千葉県の船橋にある第一航空学校を見学。
その場で入学したいと申し出て、職員たちに驚かれた。
「まずは、ご両親の了承をもらってからきなさい」
教官から言われ、それからおよそ1年かけて、父を説得した。
結婚資金として用意しておいてくれたお金を、入学費にあてる。
初めて教官と飛んだ、船橋の海岸。
最初は怖かったが、あっという間に、爽快感があふれた。
「自由だ、私は、自由だ」
自分が飛んでいる空は、今まで見てきた大切な空。
幼い日、いつも自分を包み込んでくれた真っ青な空。
その中に自分がいる…。
ヤヱは、必死で勉強した。
60時間かかる飛行訓練も35時間で卒業。
整備も油まみれになって、男性に負けなかった。
学校を卒業して、女性飛行士の仕事がなくても、クサらず、あきらめず、機会を待った。
パイロットを目指してよかった。
迷ったり、悩んだときは、ただ空を眺めればいいのだから。
私が進むべき道は、空が教えてくれる。
夢は、好きなことの傍らにある。
【ON AIR LIST】
Up-Up And Away / 5th Dimension
I Want To Thank You / Staple Singers
翼をください / 赤い鳥
葵 / あいみょん
閉じる