yes!~明日への便り~presented by ホクトプレミアム 霜降りひらたけ

第三百四十一話 己に還る -【宮城篇】小説家 志賀直哉-

yesとは?

  • 語り:長塚圭史
  • 脚本:北阪 昌人

『自分にyes!と言えるのは、自分だけです』
今週あなたは、自分を褒めてあげましたか?
古今東西の先人が「明日へのyes!」を勝ち取った命の闘いを知る事で、週末のひとときをプレミアムな時間に変えてください。
あなたの「yes!」のために。

―放送時間―
TOKYO FM…SAT 18:00-18:30 / FM大阪…SAT 18:30-19:00
FM長野…SAT 18:30-19:00 / FM軽井沢…SAT 18:00-18:29

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第三百四十一話己に還る

宮城県石巻市で生まれた、日本文学界を代表する文豪がいます。
志賀直哉(しが・なおや)。
『和解』、『城の崎にて』、『暗夜行路』など、研ぎ澄まされた文体と、人間の心を深くえぐる文章は、多くの作家に影響を与え、「小説の神様」と呼ばれています。
没後50年を迎えた昨年、彼の小説『流行感冒』がドラマ化されました。
今からおよそ100年前に流行ったスペイン風邪。
その猛威に翻弄される人々を描いたこの作品は、コロナ禍と類似点が多く、主人公の小説家が我が娘を感染から守る姿が、哀しく、あるときは滑稽に描写されています。
正体がわからぬ感染症に、過度に敏感になるひと、ルールを守らぬひと、それを徹底的に攻撃するひと、どうせいつかは死ぬのだからと楽観的になるひと。
有事に遭遇した人間の業を、冷徹ともいえる筆致で紡いでいくのです。
志賀は2歳のとき、父の仕事の関係で石巻を離れ、東京・麹町に転居しました。
宮城の記憶はないと語っていますが、実は、幼い頃見た原風景が、彼の作品の根幹にあると論じる評論家も多くいます。
北上川の岸辺で見た風景は、深く志賀の心に刻まれ、のちに彼が引っ越した先には、その光景に似た場所が広がっていたのではないか。
たとえば『暗夜行路』に描かれる広島・尾道の景色。
高台から見下ろす瀬戸内海は、どこか、日和山から見える景色に似ているのです。
『暗夜行路』は、志賀直哉の唯一の長編小説。
何度も執筆を中断し、完成するまでに、実に26年の月日を費やしました。
迷い、悩み、書けなくなったとき、彼をふるいたたせた原風景が、母におんぶされて見た石巻の風景だったのかもしれません。
苦しめば苦しむほど、己の原点を知る。
小説家のみならず、人間とは、いつも自分に還っていくものだと彼は語っています。
明治、大正、昭和と激動の時代を生き抜いた小説家・志賀直哉が人生でつかんだ、明日へのyes!とは?

白樺派の巨匠・小説家の志賀直哉は、1883年2月20日、現在の宮城県石巻市に生まれた。
祖父は、二宮尊徳の弟子。
現在の福島県相馬市の名家、相馬家の立て直しや、足尾銅山経営に関わる実業家として名を成した。
父は銀行に勤めるサラリーマン、母は相馬家の家臣の娘だった。
直哉の兄が幼くして亡くなったことが、直哉の人生を変える。
祖父は、志賀家の血が絶えてしまうことを何より恐れていた。
これ以上、息子夫婦に任せていたら、直哉まで死んでしまう。
結局、直哉は、物心つく頃、祖父母に預けられる。
直哉にとって、父との思い出はろくなものがなかった。
ちゃぶ台の上の食器をたたき割る、かんしゃくもち。
家族は、気難しい父の顔色を見ることに終始していた。
でも、父と直哉の境遇は、よく似ていた。
父もまた、幼くして親戚に預けられて育つ。
息子とどんなふうに接したらいいか、学ぶ時間はなかった。
幼い頃芽生えた父への不信感、嫌悪感は、直哉が成人して決定的なものになる。
奇しくも、彼が最も嫌っていた父が、小説家の原点になった。

志賀直哉が12歳のとき、母が亡くなる。
百ヶ日が過ぎるのを待たず、父は再婚。
直哉と11歳しか違わぬ、美しい後妻を迎えた。
新しい母に恨みはないが、実の母が不憫で仕方ない。
父を憎んだ。
母の面影を探し、思い出に浸りたいと思ったが、残念ながら、記憶の底に母の残像は少ない。
「もっと母との時間をつくっておけばよかった。もっと母と話せばよかった…でももう、取り返しはつかない。世の中には、あるんだ、二度と手に入れることができないものが」
父は銀行を辞め、事業を起こし、経済界で頭角を現す。
40歳にして、実業家として大成功をおさめ、政界に乗り出した。
金、金、金。
お金儲けに邁進する父を、直哉は心底軽蔑した。
学習院中等部に進むと、友人と同人誌をつくり、和歌を詠む。
ひたすら本を読み、詩作にふける。
その時間だけが、現実を忘れ、父への恨みからも解放された。
友人に誘われ、内村鑑三の講習会に参加する。
キリスト教に基づく痛烈な文明批判、社会批判に、体が震えるほど感銘を受けた。
「大切なのは、己を鑑みることです。拡大すること、増やすことで、ひとは幸せにはなれない」
内村がひときわ声を荒げて語る事件に、足尾鉱毒反対運動があった。
直哉は、すぐさま友人と足尾銅山への視察ツアーを企画する。
それに対し、父が猛反対した。
祖父がかかわった足尾銅山。
志賀家の汚名を拡散するような行為は、許されなかった。
志賀直哉と父の確執は、これで決定的なものになった。

志賀直哉は、学習院高等科の頃から小説を書くようになった。
東京帝国大学に入ると、たったひとつだけ面白い講義に出会う。
それが、夏目漱石の英語の授業だった。
漱石を慕い、門下生に志願。
漱石もまた、早くから志賀のたぐいまれな描写力を見抜く。
志賀は、小説家になりたい。
そんな決意を父に話した。
猛反対を受ける。
「志賀家では、代々、富をつくり財をなし、次の世代へつなぐ。
次の世代もまた、その財をさらに大きくして、次に渡す。
それが男子の本懐だ。
小説家なんぞは、財をくいつぶすだけだ。実業家になれ!」
志賀は、家を出ることにした。
以来、転々と住居を変える。まるで、心の中の原風景を探すように。
小説家になった志賀直哉は、順調に作品を発表できたわけではない。
何度も何度も書けなくなる。
そのたびに引っ越しをして、悶々とした日々を過ごす。
ふと、志賀は気づく。
友人にかんしゃくを起こし、絶交されてしまう自分。
気難しく、神経質な性格。
すべて、大嫌いな父に似ていた。
父から逃げ回っているようで、実は自分から逃げていたのかもしれない。
義理の母のはからいで、父との溝を埋め、『和解』という作品を発表。
あらゆるものが、己の中にあることを知る。
そうして、記憶がないはずの石巻の光景が頭に浮かぶ。
母におんぶされて見た、河の向こうに拡がる海。
己の原点を知ったとき、志賀直哉は、文豪への道を着実に歩いた。

【ON AIR LIST】
もういいよ / スガシカオ
暗夜行路 / 東京スカパラダイスオーケストラ
I DO / Lady Wray
BACK TO YOU / Bryan Adams

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今週のRECIPE

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霜降りひらたけ、牡蠣、小玉ねぎのエスカベッシュ

今回は、石巻市の特産でもある、牡蠣を使った料理をご紹介します。

霜降りひらたけ、牡蠣、小玉ねぎのエスカベッシュ
カロリー
202kcal (1人分)
調理時間
20分
使用したきのこ
霜降りひらたけ
材料
【2人分】
  • 霜降りひらたけ
  • 1パック
  • 小玉ねぎ
  • 2個
  • カキ(むき身)
  • 大2個
  • オリーブオイル
  • 大さじ2
  • にんにく
  • 1片
  • 赤唐辛子
  • 1本
  • 乾燥タイム
  • ひとつまみ
  • レーズン
    (水で戻したもの)
  • 12粒
  • 白ワイン
  • 大さじ2
  • 白ワインヴィネガー
  • 大さじ2/3
  • お好みのハーブ
  • 適量
  • 塩、こしょう
  • 各適量
作り方
  • 1.
  • 小玉ねぎは皮をむいて半割にし、5分ほど塩茹でする。
  • 2.
  • 霜降りひらたけは大きなものは1/4、小さなものは1/2に切り揃える。
  • 3.
  • カキは塩、こしょうをし、薄力粉をまぶす。
  • 4.
  • フライパンにオリーブオイル、半割にして芽を取り除いたにんにく、赤唐辛子を入れて弱火で炒める。香りが出てきたら(1)を入れ、軽く焼き色がつくまで焼く。(3)を入れて両面に焼き色をつける。
  • 5.
  • (2)を入れて軽く塩、こしょうをし、乾燥タイム、レーズンを加えてさっと混ぜる。白ワインと白ワインヴィネガーを加えてひと煮立ちさせ、塩、こしょうで味をととのえ、冷ます。
  • 6.
  • 皿に盛り、お好みのハーブを飾る。
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番組へのメッセージ

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PROFILE

  • 長塚 圭史

    語り:長塚 圭史

    1975年生まれ。東京都出身。96年、演劇プロデュースユニット「阿佐ヶ谷スパイダース」を旗揚げ、作・演出・出演の三役を担う。08年、文化庁新進芸術家海外研修制度にて1年間ロンドンに留学。帰国後の11年、ソロプロジェクト「葛河思潮社」を始動、三好十郎作『浮標(ぶい)』を上演する。近年の舞台作品に、『鼬(いたち)』、『背信』、『マクベス』、『冒した者』、『あかいくらやみ~天狗党幻譚~』、『音のいない世界で』など。読売演劇大賞優秀演出家賞など受賞歴多数。
    また、俳優としても、NHK『植物男子ベランダー』、WOWOW『グーグーだって猫である』、WOWOW『ヒトリシズカ』、CMナレーション『SUBARUフォレスター』など積極的に活動。

  • 北阪 昌人

    脚本:北阪 昌人

    1963年、大阪生まれ。学習院大独文卒。
    TOKYO FMやNHK-FMなどでラジオドラマ脚本多数。
    『NISSAN あ、安部礼司』(TOKYO FMなど全国FM37局ネット)、『ゆうちょ LETTER fo LINKS』(TOKYO FMなど全国FM38局ネット)、『世界にひとつだけの本』(JFN)、『AKB48の私たちの物語』(NHK-FM)、『FMシアター』(NHK-FM)、『青春アドベンチャー』(NHK-FM)などの脚本・構成を担当。『プラットフォーム』(東北放送)でギャラクシー賞選奨、文化庁芸術祭優秀賞受賞。『月刊ドラマ』にて、『ラジオドラマ脚本入門』連載中。
    主な著書に『世界にひとつだけの本』(PHP研究所)、『えいたとハラマキ』(小学館)がある。

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NEWS

特別版『オードリー・ヘップバーンが教えてくれる、明日へのyes!』
常盤貴子さん長塚圭史さん
風も、雨も、自ら鳴っているのではありません。 何かに当たり、何かにはじかれ、音を奏でているのです。
誰かに出会い、誰かと別れ、私たちは日常という音を、共鳴させあっています。
YESとNOの狭間で。
あなたは、自分に言っていますか?
YES!ささやかに、小文字で、yes!
毎週土曜日、明日(あした)への希望の風に吹かれながら、自分にyes!と言ったひとたちの物語を朗読でお届けしている番組『yes!明日への便り』。 1月8日は、その特別版「オードリー・ヘップバーンが教えてくれる、明日へのyes!」をお送りいたします。
2018年に没後25年を迎える稀代の大女優オードリー・ヘップバーンの波乱万丈な人生―女優になるまでの波乱に満ちた半生、輝かしい女優時代、ユニセフ親善大使として世界中の子どもたちに尽くした晩年までを、 女優の常盤貴子さんが演じます。
長塚圭史は「語り」の部分やオードリーの夫、また彼女の人生に影響を与えた映画監督の役を担当します。女優、オードリー・ヘップバーンが、私たちに教えてくれる、明日へのyes!とは?

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