yes!~明日への便り~presented by ホクトプレミアム 霜降りひらたけ

第七十八話 己の役割を全うする -【函館篇】 女優 高峰秀子-

yesとは?

  • 語り:長塚圭史
  • 脚本:北阪 昌人

『自分にyes!と言えるのは、自分だけです』
今週あなたは、自分を褒めてあげましたか?
古今東西の先人が「明日へのyes!」を勝ち取った命の闘いを知る事で、週末のひとときをプレミアムな時間に変えてください。
あなたの「yes!」のために。

―放送時間―
TOKYO FM…SAT 18:00-18:30 / FM大阪…SAT 18:30-19:00
FM長野…SAT 18:30-19:00 / FM軽井沢…SAT 18:00-18:29

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第七十八話己の役割を全うする

戦前、戦後を通して50年あまり、日本映画界に燦然と輝いた大女優・高峰秀子。
彼女は、北海道函館市に生まれました。
実家は、祖父の代からの蕎麦屋料亭。
祖父はかなりの実業家で、料亭以外にも、劇場やカフェなどを経営していました。
5歳から天才子役として世間を驚かせた高峰秀子。
しかし、子役から大人の女優へと転身していくのは、至難の技です。
高峰と同時期に、アメリカで大絶賛された子役・シャーリー・テンプルや、終戦後のマーガレット・オブライエンも、その姿を消していきました。
子役は大成しない、そんなジンクスを覆し、50年もの間、女優として君臨し続けた彼女の人生は、決して平板なものではありませんでした。
母の急死、幾人も現れる養父や養母。
「私の養子にならないか」。
実の親の愛を十分に受けられぬまま、人間不信に陥っていきます。
「私は女優でなくてもいい、いますぐ辞めてもいい」。
そう言いながら、辞めることが許されない境遇がありました。
子役時代に、すでに家族親戚を養わねばならなかった彼女にとって、女優とは、己の役割を全うする手段でもありました。
でも、高峰秀子は、心の底から映画を愛しました。
『二十四の瞳』で見せた大石先生の優しいまなざし、『浮雲』で印象的だった愛人に向ける鋭い目つき、彼女ほどさまざまな役をこなし、その役のたびにあらたな顔を見せた女優がいたでしょうか。
彼女は、こんなふうに語ったといいます。
「自分のお財布からお金を払って、私が出た映画をわざわざ観に来て下さった方、その一人一人が、私の勲章です」。
どんな困難に出会っても毅然と己の役割を全うした稀代の女優、高峰秀子が、人生でつかんだ明日へのyes!とは?

女優・高峰秀子は、1924年、北海道函館市に生まれた。
その愛くるしさは、幼い頃から際立っていた。
祖父が経営する料亭で、芸者衆から可愛がられた。
三味線の音と、きらびやかな着物。その中にあってニコニコと笑い、お座敷を歩きまわる女の子。
彼女の人生が大きく変わったのは、4歳のとき。
母が病気で他界。かねてから養女にほしいとせがまれていた、父の妹、志げにもらわれる。
志げは、函館にやってきた活動弁士と駆け落ちして東京にいた。
長い時間汽車に揺られ、上京する。
養母 志げは、幼い高峰に「かあさん」と呼ぶようにきつく命令した。
彼女は混乱する。自分にとって母は、ひとりしかいない。
このひとは、私のお母さんじゃない。
養母は怖かった。鬼の形相で叱られる。
「かあさんと呼びなさい!」。
仕方なく、泣きながら「かあさん」と言った。
亡くなった母への強烈な背徳感、後悔、懺悔。
その言葉を口にした途端、彼女に肉親はいなくなったのかもしれない。
信じられるものを完全に失ったのかもしれない。
こうして、本来の自分と、こうあらねばならない自分との共生が始まった。
ひとは自分の中に矛盾を抱えるとき、最も繊細になる。
彼女は繊細ささえも封印して、己の役割を意識した。

女優・高峰秀子は、5歳のとき、養父と一緒に映画の蒲田撮影所を見学した。
その日、たまたま『母』という映画の子役のオーディションをやっていた。
養父は、飛び入りで参加するように促す。
仕方なく最後尾に並ぶ、高峰。
結果は、見事合格。
しかも、映画は大ヒット。高峰の演技が評価された。
以来、彼女にはオファーが殺到する。
天才子役と評され、引くてあまた。
男の子の役も平然とこなす度胸も、大人たちの度肝を抜いた。
肉親の愛を知らない高峰は、自分の居場所を探していたのかもしれない。
幼くして、プロ意識は高かった。
ある作品で名女優、岡田嘉子(おかだ・よしこ)と共演。
岡田に折檻されるシーンで、8歳の高峰は、こう言ったという。
「そんな叩き方では、私、泣けません」。
岡田嘉子は、幼い高峰の瞳の奥にある、覚悟という言葉を見た。
1934年、函館に大火事があり、祖父の家が全て焼けてしまった。
幼い高峰を頼って上京。
気がつくと、10人あまりの家族が、彼女の稼ぎをあてにしていた。
本当は、女優など続けたくはない。
周りが言うほど、自分に才能があるとは思えない。
でも、彼女はもう引き返すことはできなくなっていた。

女優・高峰秀子の養母 志げは、彼女が稼いだ金を湯水のごとく浪費した。
稼いでも稼いでも、お金は貯まらない。
女優を辞めるという選択肢はない。嫌々ながら続けていた。
そんな高峰に転機が訪れる。
16歳のとき、『小島の春』という映画を観て、衝撃を受けた。
そこに出ている女優、杉村春子の演技のすさまじさに、打ちのめされた。
背中を向けているだけなのに、そこにまるで顔があるかのように、語っている。
スクリーンの中の杉村春子は、まるでこう言っているようだった。
「高峰秀子さん、あんたは人気があるかもしれないけど、それでも役者のつもり?」
高峰は気づいた。
そうか、ここまでやれなければ、女優とは言えない。
お金などもらってはいけない。
そこで初めて彼女は、家族のためではなく、自分のために役割を全うしようと思った。
そうして全作品に魂を込め、どんな役も厭(いと)わず真摯に向き合った。
あるとき、撮影用に注文した毛皮のコートが自宅に届いた。
はおってみると、ポケットに手紙が入っていた。
そこにはこう書かれていた。
「私は、毛皮のお針子です。このコートの注文主が私の大好きな高峰秀子さんだと聞いて、私は嬉しくて嬉しくて、一針一針に心を込めて縫い上げました。私が縫ったコートがあなたを暖かく包んでくれることを思うと、私はしあわせです」。
女優・高峰秀子は、5歳でデビューして50年間、ずっと愛され続けた。
世界中を探してもそんな女優にはお目にかかれない。
そこには彼女の、役割を全うしようとする覚悟と、必死なまでの存在証明の歴史があった。

【ON AIR LIST】
Non, je ne regrette rien / Edith Piaf
Fantasia / 当真伊都子
The Queen & The Soldier / Suzanne Vega
(You Make Me Feel Like) A Natural Woman / Aretha Franklin

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今週のRECIPE

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霜降りひらたけとタコのアヒージョ

今回は、女優・高峰秀子の生まれ故郷、北海道函館市で多く漁獲されている、タコを使った料理をご紹介します。

霜降りひらたけとタコのアヒージョ
カロリー
298kcal (1人分)
調理時間
10分
使用したきのこ
霜降りひらたけ
材料
【2人分】
  • 霜降りひらたけ
  • 1パック
  • 茹でタコ
  • 100g
  • パプリカ
  • 1/4個
  • にんにく
  • 1片
  • 赤唐辛子
  • 1本
  • オリーブオイル
  • 大さじ4
  • 小さじ1/3
  • パセリ
  • 適量
作り方
  • 1.
  • 霜降りひらたけは食べやすくほぐす。タコ、パプリカは一口大に切る。
  • 2.
  • にんにくは薄切りに、パセリはみじん切りにし、赤唐辛子は種を除く。
  • 3.
  • 鍋にオリーブオイル、にんにく、赤唐辛子、塩を入れて火にかける。
  • 4.
  • フツフツと煮立ったら具材をすべて入れ、弱火で3、4分煮て火を止め、みじんにしたパセリを散らす。
  • ※お好みで薄切りにしたバケットを添えてお召し上がりください。
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番組へのメッセージ

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PROFILE

  • 長塚 圭史

    語り:長塚 圭史

    1975年生まれ。東京都出身。96年、演劇プロデュースユニット「阿佐ヶ谷スパイダース」を旗揚げ、作・演出・出演の三役を担う。08年、文化庁新進芸術家海外研修制度にて1年間ロンドンに留学。帰国後の11年、ソロプロジェクト「葛河思潮社」を始動、三好十郎作『浮標(ぶい)』を上演する。近年の舞台作品に、『鼬(いたち)』、『背信』、『マクベス』、『冒した者』、『あかいくらやみ~天狗党幻譚~』、『音のいない世界で』など。読売演劇大賞優秀演出家賞など受賞歴多数。
    また、俳優としても、NHK『植物男子ベランダー』、WOWOW『グーグーだって猫である』、WOWOW『ヒトリシズカ』、CMナレーション『SUBARUフォレスター』など積極的に活動。

  • 北阪 昌人

    脚本:北阪 昌人

    1963年、大阪生まれ。学習院大独文卒。
    TOKYO FMやNHK-FMなどでラジオドラマ脚本多数。
    『NISSAN あ、安部礼司』(TOKYO FMなど全国FM37局ネット)、『ゆうちょ LETTER fo LINKS』(TOKYO FMなど全国FM38局ネット)、『世界にひとつだけの本』(JFN)、『AKB48の私たちの物語』(NHK-FM)、『FMシアター』(NHK-FM)、『青春アドベンチャー』(NHK-FM)などの脚本・構成を担当。『プラットフォーム』(東北放送)でギャラクシー賞選奨、文化庁芸術祭優秀賞受賞。『月刊ドラマ』にて、『ラジオドラマ脚本入門』連載中。
    主な著書に『世界にひとつだけの本』(PHP研究所)、『えいたとハラマキ』(小学館)がある。

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NEWS

特別版『オードリー・ヘップバーンが教えてくれる、明日へのyes!』
常盤貴子さん長塚圭史さん
風も、雨も、自ら鳴っているのではありません。 何かに当たり、何かにはじかれ、音を奏でているのです。
誰かに出会い、誰かと別れ、私たちは日常という音を、共鳴させあっています。
YESとNOの狭間で。
あなたは、自分に言っていますか?
YES!ささやかに、小文字で、yes!
毎週土曜日、明日(あした)への希望の風に吹かれながら、自分にyes!と言ったひとたちの物語を朗読でお届けしている番組『yes!明日への便り』。 1月8日は、その特別版「オードリー・ヘップバーンが教えてくれる、明日へのyes!」をお送りいたします。
2018年に没後25年を迎える稀代の大女優オードリー・ヘップバーンの波乱万丈な人生―女優になるまでの波乱に満ちた半生、輝かしい女優時代、ユニセフ親善大使として世界中の子どもたちに尽くした晩年までを、 女優の常盤貴子さんが演じます。
長塚圭史は「語り」の部分やオードリーの夫、また彼女の人生に影響を与えた映画監督の役を担当します。女優、オードリー・ヘップバーンが、私たちに教えてくれる、明日へのyes!とは?

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