第百三十五話目に見えないものを信じる力
鬼太郎とは、御存知、ゲゲゲの鬼太郎のことです。
その空港からほど近い、美保湾に面した街が、境港。
妖怪漫画の第一人者、水木しげるが、幼少期から多感な青年時代を過ごした場所です。
境港駅から続く水木しげるロードは、2018年7月の完成に向けて、日々、変化しています。さまざまな妖怪のブロンズ像が一個、また一個と増えているのです。
やはり境港市にある『水木しげる記念館』は、今年3月8日、開館15周年を迎えました。
100年の歴史を誇る料亭を改装して作られたこの記念館には、妖怪のオブジェやジオラマ、映像が用意され、水木ワールドにふさわしい重厚感と不思議な空気感を醸し出しています。
水木にとって、境港で幼い頃を過ごしたことは大きな意味がありました。
境港には、妖怪伝説が多かった?そうではありません。
もちろん、海や山、自然豊かでのんびりした風土は想像力を育むのに適していましたが、彼が最も影響を受けたのは、「のんのんばあ」の存在です。
神仏に仕えるひとを「のんのんさん」と言い、それがおばあさんであれば「のんのんばあ」と呼ばれました。
水木家に出入りしていた賄い婦の女性がその「のんのんばあ」で、幼い水木に、目には見えないけれど確実にそこにいる精霊や妖怪の話をしました。
七夕や正月飾りのいわれなど、日本の伝統的な祭事の意味まで教えてくれたのです。
水木は、思いました。
「ボクは、なんだか大きなものに守られている」
特にそれを感じたのが、お盆のときでした。
先祖を大切にするということ、万物に宿る神を感じるということ。
目に見えないものを信じる力は、理不尽な人生に立ち向かう、ただひとつの武器になるのかもしれません。
漫画家・水木しげるが、波乱の人生でつかんだ明日へのyes!とは?
漫画家・水木しげるは、1922年3月8日、大阪に生まれた。
ほどなくして、鳥取県境港市に移る。
よく食べ、よく寝る子どもだった。
しゃべるのは得意ではないが、まわりが手を焼くほどの頑固。どんなことがあっても、自分のペースを守り続けた。
小学校時代は、ガキ大将。弱いものいじめは絶対にしなかった。
強いもの、上級生とは好んで喧嘩した。
勉強などせずに、メンコと水泳にあけくれ、暇があれば、昆虫や貝殻を集めた。
押入れに運び込まれたそれらを、スケッチする。
「のんのんばあ」に聴いた妖怪も、絵に画いてストックした。
睡眠が大事だったので、たいてい遅刻。
1時限目の算数が終わるころ登校した。
小学6年生のとき、クラスメートのほとんどが進学する中、母が担任に会いにいくと、「いやあ、しげる君は無理でしょう」と言われた。
算数の点数はいつも0点。それでもなぜか、先生に怒られない雰囲気があった。
「まあ、水木は仕方ないか」
水木しげるには、悪びれたところが皆無だった。
自分の好きなように生きる。そこには気負いも、主張もない。
「楽しく生きたいじゃないか、一度しかない人生なんだから」
まわりは、ただただ笑って許すしかなかった。
水木しげるは、就職しても続かなかった。相変わらずの朝寝坊。
配達を任されても、街角で腕をふるう太鼓職人の技にみとれ、仕事を忘れる。すぐにクビになった。
そのうち、両親も諦め、「もう仕方ない、しげるは、好きな絵で生きていくしかない」と美術学校への入学をすすめた。水木は、ちっとも焦らなかった。
「海をゆくカモメも、森の中の昆虫にも、落第なんていう小さな言葉はないんだ。この大地の神様の心に寄り添っていれば、そんなに生きづらい世の中ではないはずだ」
水木しげるは、森羅万象を絵にした。岩にくだける波を見て、感激。
この思いを絵にするにはどうしたらいいかを考え、一日を過ごした。
ふとした暗い山道で感じる、何かの気配。
幼い頃聴いた妖怪がよみがえる。
目に見えないけれど、確実にそこにあるもの。
そんな大きな意志に動かされている自分を見つめ、スケッチした。
人生をいじくりまわしてはいけない。
小さな虫のように、ただこの生を受け入れ、生きればいい。
そんな人生哲学が、彼の中で育っていった。
それは、戦争が始まっても変わることがなかった。
召集されても、他のひとのように動けない。殴られる、叩かれる。
そのうち上官は、諦めた。
「水木は…もうしょうがないな」
水木しげるは、ラッパ隊に配属されるが、ラッパがふけない。
ふけないと叩かれる。なんとか他に異動させてほしいと懇願。
上官は尋ねた。
「北がいいか?南がいいか?」
「はい!寒いのは苦手なので、南がいいであります!」
最も過酷な前線、南洋のラバウル行きが決まった。
パラオからラバウルまでの船は、ボロボロ。
ここ最近、現地まで持ちこたえた船はないらしい。
でも、奇跡的に水木が乗った船だけが、ラバウルに到着できた。
歩哨(ほしょう)として、双眼鏡で敵を見張る。
でも、南国の色鮮やかな鳥に夢中になり、みんなを起こしにいくのを忘れた。戻ると部隊は全滅していた。
鳥に見とれていたおかげで助かった。裸足で逃げた。
三日三晩、ジャングルを走り続けながら、生きること、生きて日本に帰ることだけを考えた。
別の部隊に出会うと、その上官にぶたれた。
「よくもまあ、恥ずかしげもなく、生きてるなあ。死んじゃえばよかったんだ!」
おかしいと思った。生きていること以上に素晴らしいことはないはずなのに…。
マラリアにかかり療養していたとき、爆撃に遭遇。左手を失う。仲間は同情してくれた。
「まあ、気を落とすな」
でも、水木は平気だった。生きているから。
失った左手のおかげで、再び前線におくられることを免れ、生きて日本に帰ることができた。
水木は、ただ身を任せるだけだった。
なるようになる。もちろん、現場現場で最善を尽くすことは大切だ。
でも、最後は、目に見えない大きな意志に身も心も委ねればいい。
自分は守られていると信じること。
妖怪は、この世にいる。
彼らはときどき悪さをするが、滅多なことで命まで奪ったりしない。
生きることが最も尊いことを、知っているから。
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【写真】
©水木プロ
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