yes!~明日への便り~presented by ホクトプレミアム 霜降りひらたけ

第二百五十一話 異端を極める -【偉大な演劇人篇③】劇作家 秋元松代-

yesとは?

  • 語り:長塚圭史
  • 脚本:北阪 昌人

『自分にyes!と言えるのは、自分だけです』
今週あなたは、自分を褒めてあげましたか?
古今東西の先人が「明日へのyes!」を勝ち取った命の闘いを知る事で、週末のひとときをプレミアムな時間に変えてください。
あなたの「yes!」のために。

―放送時間―
TOKYO FM…SAT 18:00-18:30 / FM大阪…SAT 18:30-19:00
FM長野…SAT 18:30-19:00 / FM軽井沢…SAT 18:00-18:29

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第二百五十一話異端を極める

来年、生誕110年、没後20年を迎える、戦後の演劇史に名を残す劇作家がいます。
秋元松代(あきもと・まつよ)。
秋元は、30歳を過ぎてから戯曲を書き始めた、いわば遅咲きとも言える作家でしたが、東北の民間信仰と戦中戦後の日本人の生き方を重ね合わせて描いた『常陸坊海尊』で芸術祭賞、田村俊子賞、和泉式部伝説と庶民の暮らしを哀しく綴った『かさぶた式部考』で毎日芸術賞、『七人みさき』では読売文学賞を、それぞれ受賞。
唯一無二の世界観と方言を駆使した香り高い芸術性で数々の賞を受けますが、彼女は、演劇界の王道には足を踏み入れませんでした。
あくまでも、異端。
「新劇の中にあって、非常に特殊な位置にいますか?」
という問いに、秋元はこう答えています。
「そうです。自分は落伍者みたいな者だと思っています。今は殆ど新劇の人たちから相手にされておりません」
彼女は、ときに「怨念の作家」だと評されます。
自身の日記に「転落の生活から燃えた怨念の詩、これが私の唄だ」と綴りました。
時代や環境に翻弄される人間の悲劇から目をそらさず、運命や業に真摯に向き合い続ける行程は、自らの心を切り刻む修羅場。
彼女は、そこから逃げるどころか、あえてそこへ飛び込んでいったのです。
誰にも似ていないやりかたで。
「書く」という、たったひとつの武器を持って。
商業演劇での執筆をあまりしていなかった彼女が、このひとならば書いてもいい、と心動いた演出家がいました。
その演出家の名前は、蜷川幸雄。
ある意味、彼もまた異端児。
秋元が書き、蜷川が演出した『近松心中物語』は、帝国劇場で上演され、大成功をおさめました。
彼女はその賞賛に浮き立つこともなく、人間をギリギリまで突き詰める作業を、生涯やめませんでした。
どんなに従来の枠組みから外れてしまっても自分の限界に挑む、孤高の完全主義者、秋元松代が人生でつかんだ、明日へのyes!とは?

戦後を代表する劇作家・秋元松代は、1911年1月2日、神奈川県横浜市に生まれた。
秋元家は、名家の系譜を継いでいたが、3歳のとき、父が他界。
残された母は子どもたちを抱え、途方にくれる。
あっという間に生活は困窮。
母は、昼間は和裁の内職、夜は行商をして、家計を支えた。
秋元は、病弱で神経質。
よく泣く子どもだった。
母は彼女を溺愛する一方で、精神のバランスを崩し、癇癪(かんしゃく)を起し、拒絶する。
不安定な母の心に、秋元は、幼心に思った。
「人生っていうのは、誰かが自分を守ってくれるわけではないんだ」
兄や姉も、貧しさゆえに進学できず、不満を抱え、家の中は常にピリピリとしていた。
小学4年生のときの作文にはこう書いた。
「萩の花を植えた静かな家にたった一人で住みたい」
母が愛してくれる自分は、ほんとうの自分ではない。
そんなすれ違いが、深い孤独を生んだ。
12歳のときには、自ら命を絶とうとする。
彼女を死の淵から救ったもの…それは、読書だった。

古典と現代を見事に融合した秀作で知られる劇作家・秋元松代は、心の枯渇を読書で埋めた。
小学生のとき、すでにトルストイ、ドストエフスキーを読む。
わからない場所は飛ばして、乱読。
兄の本棚から文学書のみならず、哲学書や『資本論』まで手をのばした。
そういえば…お嬢様育ちだった母は、芝居を観るのが好きだった。
幼い秋元は、よく連れていかれた。
さみしがり屋の泣き虫なので、家にひとりで置いておけなかったからだ。
秋元は、芝居が好きではなかった。
怖かった。
ひとが切られ、心中したり、裏切ってののしったり、大きな音が鳴ったり。
でも、成長するにつれ、自らの演劇体験がいかに貴重であったかを痛感する。
小学1年生で観た『にごりえ』。
ひとりの女性の哀しくも美しいさまに、心うたれた。
松井須磨子主演のトルストイ原作の『復活』では、牢獄の場面でも激しい言葉をぶつける女性の姿に感銘を受けた。
読書とは違う、五感を刺激される演劇体験は、秋元の創作の原点になった。

劇作家・秋元松代にとって戦時中の体験は、外的に押し寄せる孤独だけではなく、身近に死を感じる強烈な非現実だった。
空襲警報が鳴り響く。
東京で独り暮らしをしていた秋元は、ひとり防空壕に入る。
そのときも本を手放さない。
誰かが捨てた野菜をコンロで煮るときは、岩波の特製本『トルストイ全集』を読んでは千切り読んでは千切り、火にくべた。
体が弱り、立ち上がることができなくなっても、本を読んだ。
最も琴線に触れたのが、近松の心中もの。
死を前にした限界での心情に嘘がなかった。
トルストイ全集があらかた燃えつくした頃、終戦を迎える。
玉音放送を聴いたとき、涙が流れた。
生き延びた。
なんとか、私は生き残った。
のちの人生をどうするか…
彼女は読む側ではなく、書く側にまわることを決意する。
三好十郎が主宰した、劇作家を育てる戯曲研究会に入る。
死を前にしても揺るがない、心に訴えるものを書きたい。
自分があらためて書く以上、今までにないものを書きたい。
ジャンルや定説は、どうでもいい。
たとえ異端だと言われようとも、私は私の孤独に嘘はつかない。

【ON AIR LIST】
愛の夢 / リスト(作曲)、横山幸雄(ピアノ)
ロンリー・ワン / 美空ひばり
道行 / 寺尾紗穂
サムシング・リアル / フィービ・スノウ

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今週のRECIPE

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霜降りひらたけの酒蒸し~くるみ味噌添え~

今回は、秋元松代の出身地、神奈川県横浜市で盛んに栽培されている野菜、小松菜を使った料理をご紹介します。

霜降りひらたけの酒蒸し~くるみ味噌添え~
カロリー
342kcal (1人分)
調理時間
20分
使用したきのこ
霜降りひらたけ
材料
【2人分】
  • 霜降りひらたけ
  • 1パック
  • 大根
  • 80g
  • かぼちゃ
  • 40g
  • 小松菜
  • 1株
  • 大さじ3
  • 【くるみ味噌】
  • 味噌
  • 大さじ4
  • 刻んだくるみ
  • 20g
  • みりん
  • 大さじ4
  • はちみつ又は砂糖
  • 大さじ2
  • おろししょうが
  • 小さじ1
作り方
  • 1.
  • 霜降りひらたけは小房にほぐす。大根は1.5cm幅の半月切り、かぼちゃは1cm幅の薄切り、小松菜は4cmの長さに切る。
  • 2.
  • フライパンに大根、かぼちゃをしき、酒をふりかけ蓋をして強火で3分蒸す。
  • 3.
  • 小松菜、霜降りひらたけを加え、さらに2分蒸す。
  • 4.
  • 【くるみ味噌】の材料をすべて混ぜ合わせ、蒸した食材とともに皿に盛る。
  • recipe LIST

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番組へのメッセージ

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PROFILE

  • 長塚 圭史

    語り:長塚 圭史

    1975年生まれ。東京都出身。96年、演劇プロデュースユニット「阿佐ヶ谷スパイダース」を旗揚げ、作・演出・出演の三役を担う。08年、文化庁新進芸術家海外研修制度にて1年間ロンドンに留学。帰国後の11年、ソロプロジェクト「葛河思潮社」を始動、三好十郎作『浮標(ぶい)』を上演する。近年の舞台作品に、『鼬(いたち)』、『背信』、『マクベス』、『冒した者』、『あかいくらやみ~天狗党幻譚~』、『音のいない世界で』など。読売演劇大賞優秀演出家賞など受賞歴多数。
    また、俳優としても、NHK『植物男子ベランダー』、WOWOW『グーグーだって猫である』、WOWOW『ヒトリシズカ』、CMナレーション『SUBARUフォレスター』など積極的に活動。

  • 北阪 昌人

    脚本:北阪 昌人

    1963年、大阪生まれ。学習院大独文卒。
    TOKYO FMやNHK-FMなどでラジオドラマ脚本多数。
    『NISSAN あ、安部礼司』(TOKYO FMなど全国FM37局ネット)、『ゆうちょ LETTER fo LINKS』(TOKYO FMなど全国FM38局ネット)、『世界にひとつだけの本』(JFN)、『AKB48の私たちの物語』(NHK-FM)、『FMシアター』(NHK-FM)、『青春アドベンチャー』(NHK-FM)などの脚本・構成を担当。『プラットフォーム』(東北放送)でギャラクシー賞選奨、文化庁芸術祭優秀賞受賞。『月刊ドラマ』にて、『ラジオドラマ脚本入門』連載中。
    主な著書に『世界にひとつだけの本』(PHP研究所)、『えいたとハラマキ』(小学館)がある。

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NEWS

特別版『オードリー・ヘップバーンが教えてくれる、明日へのyes!』
常盤貴子さん長塚圭史さん
風も、雨も、自ら鳴っているのではありません。 何かに当たり、何かにはじかれ、音を奏でているのです。
誰かに出会い、誰かと別れ、私たちは日常という音を、共鳴させあっています。
YESとNOの狭間で。
あなたは、自分に言っていますか?
YES!ささやかに、小文字で、yes!
毎週土曜日、明日(あした)への希望の風に吹かれながら、自分にyes!と言ったひとたちの物語を朗読でお届けしている番組『yes!明日への便り』。 1月8日は、その特別版「オードリー・ヘップバーンが教えてくれる、明日へのyes!」をお送りいたします。
2018年に没後25年を迎える稀代の大女優オードリー・ヘップバーンの波乱万丈な人生―女優になるまでの波乱に満ちた半生、輝かしい女優時代、ユニセフ親善大使として世界中の子どもたちに尽くした晩年までを、 女優の常盤貴子さんが演じます。
長塚圭史は「語り」の部分やオードリーの夫、また彼女の人生に影響を与えた映画監督の役を担当します。女優、オードリー・ヘップバーンが、私たちに教えてくれる、明日へのyes!とは?

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