第三百四十五話静かに力を蓄える
ジェームス・ブラウン。
2003年、70歳になったばかりのジェームス・ブラウンは、ロサンゼルスのハリウッド・コダックシアターで、長年の音楽活動の功績をたたえられ、特別功労賞を受賞しました。
そのときのサプライズ・プレゼンテーターは、マイケル・ジャクソンでした。
マイケルは、自身のムーン・ウォークの源が、JBにあることを証明するような共演を果たしたあと、涙で声をつまらせながら、スピーチしました。
「天才とは、いったいなんでしょうか? それは、人生が変わるほどの刺激を与えてくれるひと。隣にいるジェームス以上に、刺激を与えてくれたひとはいません。6歳のボクは、このひとのようなエンターテイナーになりたいと、心から願ったのです。そして今も、ボクは彼に憧れ続けています」
場内は大きな拍手に包まれ、ジェームスとマイケルは、固く抱擁しました。
ジェームス・ブラウンは、ファンク、ゴスペル、ブルースなどの多彩な音楽と、軽妙な足さばきがトレードマークの圧倒的なエンターテイメント性で、世界を席巻。
多くのミュージシャンに影響を与え続けたのです。
音楽ばかりではなく、「Don't Be A Drop Out」と黒人の子供たちに呼びかけ、コンサートの売上から奨学金のためのお金を寄付。
米国黒人地位向上会議の永久会員として、非暴力の立場での公民権運動を支持し、黒人の地位向上のために活動しました。
親交のあったキング牧師の暗殺。
その翌日のボストンでのコンサートは、暴動を恐れた主催者が開催を反対しましたが、ジェームスは、やらなければもっと大変なことになると、コンサートを決行。
生放送でのテレビ中継も敢行し、「平静を保つことで、キング牧師の名誉をたたえよう」と呼びかけました。
幼い頃から貧困と屈辱に耐えてきた彼には、わかっていたのです。
ただ大騒ぎしても何も変わらない。
静かに力を蓄えたものだけが、世の中を変える。
ファンクの神様、ジェームス・ブラウンが人生でつかんだ、明日へのyes!とは?
「ナンバーワン・ソウル・ブラザー」の異名を持つジェームス・ブラウンは、1933年5月3日に生まれた。
アフリカ系アメリカ人の父と母は、サウスカロライナ州の松林にある粗末な小屋に住んでいた。
生まれたジェームスは、死産。
息が止まっていた。
お産を手伝った親戚がお尻を叩いても、反応がない。
でもミニー叔母さんだけは、諦めなかった。
小さな口に、息を吹き込む。
何度も何度も。
父は傍らで絶望して泣いている。
それでも、ミニー叔母さんは人工呼吸をやめなかった。
やがて、森の中に産声が響く。
ジェームス・ブラウンのこの世で最初の、魂の叫び。
家は、貧乏のどん底だった。
父は松の木から、含油樹脂を採取する仕事。
一度森に入るとなかなか家に帰ってこない。
稼いだ金は、賭け事に使ってしまう。
ジェームスが4歳のとき、母は出ていった。
そのときの光景を覚えている。
父が「子どもも連れていけ!」と怒鳴ると、母はこう返した。
「やだね、この子のために働くなんて、まっぴらごめんだよ。あんたが面倒みてよ、じゃあね」
松林の中に小さくなっていく、母の背中。
それから20年、母に会うことはなかった。
親子が暮らす小屋には、満足な窓もドアもなかった。
冬は寒いが、薪ならいくらでもある。
父と焚火をして、寒さをしのぐ。
父は、相変わらず家をあけがちだった。
人里離れた一軒家で、たったひとりぼっちのジェームス。
さみしくてたまらないときは、歌を歌った。
穴を掘って、アリに歌って聴かせた。
やがて、彼は悟る。
人生は、誰も助けてくれない。
大切なのは、自分の心をどう保つかだ。
孤独に勝つことができたら、もう怖いものはない。
ジェームス・ブラウンは、5歳の時、父にプレゼントをもらった。
10セントのハーモニカ。うれしかった。
暇さえあれば、吹いた。
父も機嫌がいいときには、歌を歌う。
ハーモニカで伴奏した。
松林に響き渡る、音楽。
楽しかった。
いつも自分を殴る、怖い父はそこにいない。
父が家を空ける間に曲を練習して、父を喜ばすことだけを考えた。
雇い主の白人に会うと、ペコペコする父を見るのが嫌だった。
いつもは毒づいているのに、へらへら薄ら笑いを浮かべている。
「なぜ、もっと堂々としないんだろう…」
情けない気持ちでいっぱいになる。やりきれない。
やがて、父は育児を放棄。
二人の叔母にジェームスを預けることにする。
引っ越した先は、オーガスタ。
決して治安や風紀がいい町ではなかった。
ギャンブルと密造酒。
犯罪の匂いが立ち込めていた。
黒人居住区に暮らす二人の叔母は、ジェームスに命を吹き込んだ心優しいミニーと、違法の風俗宿を経営するハニー。
ジェームスは、ミニーから慈愛を、ハニーからは生き抜くための知恵と行動力を教わる。
父もときどき、忘れた頃に顔を出した。
ある日、父が古い足ふみ式のオルガンをもらってきた。
ジェームスは、聴いたことのある『クーン・シャイン・ベイビー』を弾いて、大人たちを驚かす。
まだ、6歳になっていなかった。
ハニーは、ジェームスの眼を見て言った。
「お前は、きっといつか金持ちになるよ。金持ちになるひとは、ちゃんと印がついてるから、わかるのさ」
少年時代のジェームス・ブラウンは、お金を稼ぐためなら何でもやった。
軍人の靴磨き、食べ物の買い出しや掃除。
汚い仕事も、嫌ではなかった。
橋の上で、複雑で速い足さばきのタップを踊ると、白人たちがチップをくれた。
密かに練習して、どうやったらもっとお金をくれるようになるか、盛り上げ方を研究する。
歌も歌い、仲間に手拍子させた。
それでも、貧しさからは抜け出せない。
小麦粉を入れる袋をつなぎ合わせたシャツを着ていた。
服装が不適切だと校長に言われ、学校から帰されてしまう。
悔しいが、仕方ない。
チャーリー・ブラウンという足の不自由な男がいた。
彼は毎日さまざまな教会に出向き、施しをもらう。
足が不自由なので、介助役を買って出た。
少しおこぼれをもらう気持ちもあった。
でも、教会に行って体に電流が走った。
ゴスペル!
音楽があふれる。
そして説教師の熱演。
さながら劇場だった。
どの教会にも、歌や手拍子が響き渡っていた。
幼い頃聴いた、松林に響く自分の声を思い出す。
「音楽ってすごい、音楽ってすばらしい…」
音楽と出会った少年は、孤独を忘れていた。
伝説のアーティスト、ジェームス・ブラウンは、こうしてその形を整えた。
【ON AIR LIST】
SAY IT LOUD, I'M BLACK and I'M PROUD Pt.1 / James Brown
PLEASE, PLEASE, PLEASE / James Brown
IT'S A MAN'S MAN'S MAN'S WORLD / James Brown
I GOT YOU (I FEEL GOOD) / James Brown
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