第百十二話自分の中に毒を持つ
万博が開かれたのは、1970年。
183日という開催期間に、大阪、千里丘陵に訪れたひとは、のべ6千万人以上。
1964年の東京オリンピックに次ぐ、日本高度経済成長の象徴でした。
テーマは「人類の進歩と調和」。
しかし、このテーマに真向から反対したひとがいました。
しかもそのひとは、大阪万博のシンボルのデザインを担っていたのです。
彼の名前は、岡本太郎。
画家、彫刻家、文筆家。
肩書はいくらでも思いつきますが、ひとことで芸術家と言い切るより、他に言葉が見当たりません。
岡本は、大阪万博のシンボル、アイコンを作るにあたり、万博のテーマと真逆の発想で臨みました。
「進歩と調和」ではなく、「退行と逸脱」。
彼が創造したオブジェの設計図を見て、運営事務局は焦りました。
予定したものより、大きく、背が高かったのです。
運営事務局の責任者が恐々言いました。
「岡本先生、すみませんが、これでは屋根の高さを越えてしまいます」
岡本は、ただひとこと、こう答えたと言います。
「屋根、突き破れば、いいでしょ」
こうしてできた建造物の名前は、『太陽の塔』。
彼の望みはただひとつ。
「オレは、べらぼうなものをつくりたい!」
万博から47年が経った今、オブジェを押し込めようとした屋根は撤去され、太陽の塔だけが残されています。
千里の丘に堂々と立つ、べらぼうなもの。
常に安全な道ではなく、危険な道を選び、それでも自分の中の毒を大切にした、芸術家・岡本太郎。
彼が人生でつかんだ明日へのyes!とは?
芸術家・岡本太郎は、1911年、神奈川県川崎市に生まれた。
父は、漫画家の岡本一平、母は、歌人で作家の岡本かの子。
家には本があふれ、絵や音楽、芸術の空気に充ちていた。
でも、かの子には母親としての努力も才覚もない。
岡本は後年、こう振り返る。
「私は、母親というものをいっぺんも持ったことがないように思います」。
料理や掃除、裁縫をしてもらえないどころか、物心つくと、母をいたわるのが役目になっていた。
失恋した母をなだめる。一日中泣きじゃくる母の背中をさすり続けた。
「お母さん、もう泣かないで」。太郎は母の涙をぬぐった。
小学校に入ったとき、「おまえたちの中で、一、二、三が書けるやつはいるか?」と先生が言った。
家で本をたくさん読んでいた太郎は手をあげた。「はい!」
先生は、「ん?できるやつがいるのか?」といぶかしがる。
太郎は黒板に、一、二、三、そして、四を書いた。
すると、先生は言った。
「違うじゃないか!四はなあ、こうじゃなく、こう書くんだ!」
書き順の違いを指摘された。
「書けないくせに、えらそうにするな!」
頭ごなしに怒られる。理不尽だと思った。四は四で合っている。
書き順が違うなら、こうやって書くんだよと教えるのが先生じゃないか!
それ以来、学校にいくのが嫌になった。
親からいくら言われても、学校に行かない。
家を出ても道端にしゃがみこみ、どぶの中を覗きこんでいた。
どぶを、オレンジや赤い色の藻が流れている。みじめだった。
哀しかった。自分もどぶを流れていくように感じた。
それでも、思った。
「ボクは嫌なことは嫌だと言える人間でありたい。たとえ、どぶの中で生きることになっても」。
岡本太郎は、小学校を転々とした。
学校に行かない。行っても先生に反抗的だ。
ついに、寄宿舎に入れられる。そこでも、彼はなじめなかった。
先生に、「親不孝者は、ここに出てきてあやまれ!」
鞭で尻を叩かれる。
親にあやまるのなら、わかる。
どうして親不孝を先生にあやまるのか、わからない。
太郎は他の生徒より、ひどく怒られた。寄宿舎の冷たい床に座る。
ふと見ると、板の間から一本の釘が出ていた。誰かに踏まれたのか、哀しく折れ曲がっている。
「ああ、この釘は、僕だ」。そう思った。
出る釘は、やっぱり打たれるんだ。
でも、見ているうちに、その釘が愛おしく思えてきた。
みんなに合わせて頭を低くして、誰からも意識してもらえない釘よりも、こうして出ていることで醜く折れ曲がった釘のほうが、何百倍も美しい。
どんなに打たれても、どんなに捻じ曲げられても、僕は出る釘でいよう。
小学3年生の岡本太郎は、そう、決心した。
それは困難な道。それは茨の道。
怪我をするし、血も流れる。
でも、人生には、そっちの道をあえて選ばなければならないときが、必ず来る。
芸術家・岡本太郎は、「あなたは、才能があるから出る釘になれる。才能があるからやれるんですよ、自由なんですよ」という言葉をいちばん嫌がった。
「やろうとしないからやれない、それだけだ」。
そう答えた。
うまくやろうとすると、必ず誰かの思惑にはまる。
大切なのは、制約の多いところでこそ、やりたいことをやるということ。
大阪万博で、オブジェの依頼が来た。
制約は驚くほど多い。予算、制作期限、世界のひとからどう見えるか。
彼はそんなときこそ、自分が創りたいものを造った。
日本の近代化の象徴?しゃらくさい!
宇宙の根源的な生命の中で、人類なんて新参者。大きな顔をしてはいけない。
全ての命の源、太陽こそ、未来にかかげたい。
このまま、文明が進むことへの自分の中の不安や毒を、さらけだしたい。
『太陽の塔』には、三つの顔がある。
過去、現在、未来。
そのすべてに、彼は毒を注いだ。
過去は全て良しと懐かしんではいけない、現在を肯定して努力を忘れてはいけない、未来に希望ばかり見て大事なことを見失ってはいけない。
まずは自分を疑い、体制を疑い、誰かが投げかけた甘い言葉を疑う。
信じられるのは、今も昔も、自分しかいない。
岡本太郎が創った『太陽の塔』は、今も問う。
「おまえは、自分の中に毒を持っているか?」
【ON AIR LIST】
20th Century Boy / T.Rex
Don't Look Back in Anger / OASIS
青空 / THE BLUE HEARTS
トランジスタ・ラジオ / RCサクセション
【万博記念公園】
万博記念公園は、1970年に開催された「日本万国博覧会」の成功を記念し、その跡地に文化・スポーツ・レクリエーション・レジャー施設を兼ね備えた「緑に包まれた文化公園」として整備された公園です。
営業時間:9時30分~17時00分
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