第百五十四話やりぬくことで、強くなる
長野県北西部に横たわる北アルプスの白馬岳(しろうまだけ)で、本格的な登山デビューを果たした冒険家がいます。
植村直己(うえむら・なおみ)。
彼は特別な登山経験のないまま、明治大学山岳部に入部しました。
4月下旬に行われた新人歓迎会。
中央線の車窓から眺める信濃の風景に心おどらせる植村青年の姿がありました。
遠く見えるアルプスの連山はまだ雪を残しています。
鋭くとがった峰々。ゴツゴツした岩肌。
「ああ、あそこに登るんだなあ」のんきにしていられたのも、山岳部の山小屋に入るまででした。
白馬を目指して歩き始めると、途端に後悔がやってきます。
新人は、40キロもあるザックを背負わされ、上級生の掛け声とともに登り、休めません。
吹き出す汗。遅れれば怒号が飛んできます。
入部するときは優しかった先輩たちが、鬼の形相。
雪道に足をとられ、ひっくりかえると、
「おい!ウエムラ!なにやってる!ばかやろー」
バカヤロウと言われても、転んでしまうのは仕方ない。
ブツブツ言って立ち上がるが、足はふらふら。
植村は、部員の中でいちばん小柄で最も弱かったので、いちばん最初にばててしまったのです。
それでも容赦はありません。
炊事、雑用、テントのすぐ入り口で寝かされ、先輩の靴の雪を落とします。
「ああ、もうやめたい…」
そう思いますが、彼にはひとつの信条がありました。
「一度始めたことは、最後までやりぬく」
新人歓迎会から戻った彼はさっそく自分なりのトレーニングを開始したのです。
国民栄誉賞をもらった世界に名立たる冒険家は、決して最初から強かったわけではありませんでした。
弱さを知っていたから、偉業を成し遂げたのです。
冒険家・植村直己が、43年の生涯でつかんだ明日へのyes!とは?
冒険家・植村直己は、1941年兵庫県、現在の豊岡市に生まれた。実家は山間の農家。
米づくりのほか、藁(わら)を加工して縄をつくり、神戸や大阪に売っていた。
小学生のころから、手伝わされる。
牛飼い、畑の雑草とり、藁のそぎ取り。
畑仕事が嫌だった。
手伝いがしたくないあまりに、中学では入りたくもないバレー部に入部。
6人兄弟の末っ子ということもあり、ほかの兄弟より、自由にしてもらえた。
やんちゃだが、決してガキ大将タイプではない。
仲間を束ね、誰かに命令することより、ひとりで面白いことを見つけるほうが好きだった。
高校のときは、部活に興味を見いだせない。
勉強にも今ひとつ身が入らない。
いたずらをして、心の隙間を埋めようとした。
学校の中庭にあった池。そこにいた鯉をつかまえて、友達とストーブで焼いて食べた。
ストーブの煙突に雑巾を詰めてふさぎ、教室中を煙だらけにして、授業を中止させたこともあった。
それでも、心は晴れない。
「僕はいったい、何をやっているんだ。いったい、何がやりたいんだ?」
大学で農学部を選んだのも、家を継ぐためではない。
志望者が少なく、入りやすかったからだ。
人生に何の目的も見いだせなかった植村直己。
明治大学で山岳部に出会い、彼の人生は大きく変わっていく。
植村直己は、もともと登山に興味があって、山岳部に入ったわけではなかった。
高校時代、唯一登ったのが、標高1074メートルの蘇武岳(そぶだけ)。
クラスメートと競い合い、無茶な登り方をした。
雪を食べ、舌が荒れた。
ただ、自然に抱かれる気持ちよさだけは、心のどこかで覚えていた。
「都会の雑踏は嫌だし、みんなで和気あいあいと山に登れば、仲間もできるだろう」
そんな軽い気持ちで山岳部の部室のドアを開いた。
部室の汚さに驚く。
部員がトレーニングから帰ってきた。
20人ほどの男子ばかり。全裸で着替える。
入部の意向を告げると、上級生のひとりにベランダに連れていかれた。
「あの、山について、まったくの素人なんですけど」
そう植村が言うと、
「我々は、君に経験があるかないかなんて、関係ないよ。ここに入ってくる部員は、みんな山の素人ばかりだ。想像してみてくれ。冷たい雪の中、吹雪、嵐と闘って、目的をひとつにした仲間が力を合わせる姿を…。信頼だよ、友情だよ、命と命をザイルで結ぶんだ。ここでは経験の有無によって差別されるなんてことは、ない」
その勢いに押された。
こんなにも自信たっぷりに話せる上級生がうらやましかった。
思えば自分は、熱く語れる何かを持っていなかった。
これだ!これしかない!そう直感した。
ある意味、このときの直感は正しかった。
もしここで山岳部に入っていなかったら、おそらく、冒険家・植村直己は、この世に存在しなかっただろう。
植村直己に会ったひとの多くは、二つのことに驚いたという。
ひとつは、決して大きくも強そうでもない体格。
もうひとつは、大胆というより、用心深く心配症な性格。
彼は、大学時代、コロコロとよく転ぶので『どんぐり』とあだ名をつけられた。
弱くて小さいからこそ、密かにトレーニングを重ねる。
1年生のときはバカにされたが、2年生からはサブリーダーにまでなった。
自分で計画を立て、自分と闘って、自分で登りきる。
そんな単独行が、性に合っていた。
3000キロの南極横断を夢見たとき、彼がやったこと。
それは、北海道の稚内から鹿児島まで、歩いてみること。一日、60キロ歩くことを自分に課した。
足のマメがつぶれる。
ひざや腰を痛める。それでも、彼は前に進んだ。
一度決めたことは、やりぬく。
そんな単純なことでしか、自分は強くなれない。
歩いて歩いて、歩きぬく。
その先にやっと、小さな自信が待っている。
植村直己は、言う。
「毎日の暮らしの中で、たったひとつでも新しいことをするひとは、すでに冒険家なんです」
【ON AIR LIST】
I Won't Back Down / Tom Petty
自由になりたい / ザ・サッチャル・アンサンブル feat.ラ・マリソウル(ラ・サンタ・セシリア)
Wild Mountain Thyme / The Byrds
星のクライマー / 松任谷由実
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