第百四十話たったひとつのことをやり続ける
1922年、ロビー「桜の間」に展示していたハリントン社製のアップライトピアノを弾いた、歴史的な偉人がいます。
アルベルト・アインシュタイン。
彼は、12月17日から2泊3日で、奈良ホテルに滞在しました。
日本に来る船の上で、彼が受けた知らせ。
それこそ「ノーベル物理学賞」でした。
アインシュタインは、日本各地で熱烈な歓迎を受けます。
「20世紀最高の物理学者」「現代物理学の父」と評される彼にとって、日本はどのように見えたのでしょうか。
少なくとも、名誉ある賞の知らせを聞いて乗り込んだ異国は、彼にとって幸福の輝きに満ちていたのではと想像できます。
量子力学、相対性理論。
20世紀における物理学史上の2大革命を成し遂げた男は、奈良ホテルで、微笑みを絶やさずピアノを弾きました。
伝説上の人物になることを、彼は嫌ったといいます。
「みんな、勘違いしている。私は、何か特別な人間なんかじゃない。ただひとつ、何かあるとすれば、他のひとより、ひとつのことにずっとつき合えたということだけなんだよ」。
大きく舌を出した、彼の写真を見たことがあるかもしれません。
あれは、1951年、72歳の誕生日のときのこと。
新聞記者に「カメラに向かって笑ってください!」と言われて、アインシュタインは思い切り、舌をペロッと出したのです。
いつもマスコミに追いかけられていることへの反抗もあったかもしれません。
でも、その表情は子どものようで、こんなふうに笑っているようにも思えます。
「誰だって、ボクになれるよ。たったひとつだけでいいから、好きなことを続けていれば」
物理学者・アインシュタインが、人生でつかんだ明日へのyes!とは?
アルベルト・アインシュタインは、1879年、ドイツに生まれた。
生まれたときの体重は標準をはるかに超え、頭の形は後頭部が異常にふくらんでいた。
祖母は言った。「大丈夫かしら、この子」
医者は返した。「全く、問題ありません」
しかし、2歳になっても口をきかない。
3歳になってようやく言葉を発するが、口数は少なく、話す前に何度も言葉を繰り返す癖があった。
両親は心配し、たびたび医者に見せる。でも、何も異常は見当たらない。
「もしかしたら」と母は思った。
この子は、しゃべらないんじゃなく、しゃべりたくないんじゃないか。
性格は几帳面で頑固。その頑固さは、まわりを呆れさせるほどだった。
家庭教師は、みな怒り、逃げ去った。
ある日曜日。父は幼いアインシュタインを軍隊のパレードに連れていった。
きちんとした隊列、隙のない制服を喜ぶと思ったからだ。
ところが、アインシュタインは、パレードを見るなり、大きな声で泣き出した。
あわてふためく、父。家に戻ってから、泣いたわけをたずねると、彼は言った。
「あんなにたくさんのひとが、何も感情を持たずに機械のように歩くのが怖かったんだよ、お父さん」
アインシュタインは、両親の惜しみない愛で育てられた。
父、ヘルマンはもともと数学者を目指していたが、家が貧しかったことと、当時はまだユダヤ人に対する偏見があったことで、進学を断念。兄と商売を始め、なんとか軌道にのせた。
母は音楽が好きで、アインシュタインにバイオリンを習わせた。
音楽は生涯、彼を支えることになる。
研究に行き詰ると、バイオリンを弾いた。
どこに出かけるにも、バイオリンを持参した。
理系の父と、文系の母。アインシュタインは、二人の素養を受け継いだ。
ただ、頑固で偏屈。愛想もない。
決して大人に好かれる子どもではなかった。
5歳のとき、父からもらったあるものが、彼の人生を変える。
それは…方位磁石、コンパスだった。
方位磁石の針は、手で触れることができない。
それなのに、ピンっと北を指す。
体がふるえた。感動した。
「なんだ、これは…この小さな丸の中で、いったい何が起きているんだ!」
「この世には、目には見えない、隠された力が働いている」
アルベルト・アインシュタインは、5歳にしてそれに気づいた。
しかも、その秘密を解き明かしたいと願った。
6歳になって小学校に通うが、一向に身が入らない。
母が「どうして浮かない顔をしているの?」とたずねると、「だって、みんな軍隊みたいに同じなんだよ。それっておかしいよね」。
先生からも評判は悪かった。質問攻めにされるからだ。
「ねえ先生、どうして夜と昼があるの?」
「どうして光は、遠くまで届くの?」
「猫が音もたてずに歩けるのは、なぜなの?」
彼は、自分が納得できるまで何度でも同じ質問をした。
ついに先生は逃げ出した。
それでも彼は、徹底的に自分の疑問を追求した。
後年、彼はこんなふうに振り返っている。
「相対性理論を発見できたのが、なぜ、私だったんだろうと考えたことがあります。その理由でひとつ思い当たるとすれば、こういうことでしょう。ふつうの大人は、時間や空間について考え込んだりしません。子どもの頃に卒業してしまうからです。でも、私はねえ、大人になってからもずっと考え込んでしまったんです。時間や空間の不思議さに。あれですよね、私みたいな人間は生きづらいです。でもね、できたら、自分の中に沸き上がる疑問には、忠実になってほしい。そして、いいですか、好きなものに出会ったら、とことんやり続けてください。何かを成し遂げるには、何かにこだわり続けるしか、道はないんです」
【ON AIR LIST】
20th Century Boy / T. Rex
Monsoon / Tokio Hotel
Every Teardrop Is A Waterfall / Coldplay
この道を / 小田和正
【撮影協力】
奈良ホテル
http://www.narahotel.co.jp/
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