第百四十七話持ってるものを全て出せ!
親戚に預けられた孤独な高校生が転校先で出会ったのが、ジャズドラムを演奏する不良少年。
映画では、ジャズの名曲が淡くもせつない青春映画を盛り上げます。
映画の中で何度も流れるのが、『モーニン』。
伝説のジャズ・ドラマー、アート・ブレイキーが発表したアルバムの中の一曲です。
お互い闇を抱えた高校生が初めてセッションする曲…。
アート・ブレイキーは、大の親日家としても知られていました。
2年前、長崎のある高校が、アート・ブレイキーが率いていたバンド『アート・ブレイキー&ジャズ・メッセンジャーズ』の元メンバーを、長崎で行われる「平和のためのコンサート」に呼ぶプロジェクトを立ち上げました。
もしこの事実をアート・ブレイキーが知ったら、どれほど喜んだことでしょうか。
彼が音楽を続けた意味。
それは、こんな言葉に凝縮されています。
「僕らアーティストがすべきことはね、たったひとつだけだよ。それはね、人々を幸せにするっていうこと。音楽はね、黒人のものでも、白人のものでもなく、みんなのものなんだ。僕はそれを、誇りに思っている」
長崎という街と、アート・ブレイキー。
そこには、ひとつの絆がありました。
平和。
人類は、いがみあい、争い、差別するために生まれてきたのではないということ。
来年生誕100年を迎える、伝説の黒人ジャズ・ドラマー、アート・ブレイキーが人生でつかんだ明日へのyes!とは?
伝説のジャズ・ドラマー、アート・ブレイキーは、1919年、アメリカ・ピッツバーグに生まれた。
黒人というだけで差別があった。住む場所、出かけるところ、食事するところまで、窮屈な思いをした。肩身が狭かった。
幼心に疑問に思う。「同じ人間なのに、何が違うというんだろう」。
街には、音楽があふれていた。
近くの教会から流れるピアノの音に魅かれた。
自分でやってみたいと思う。耳から学ぶ。独学でめきめき上達した。
あっという間に、大人が驚くほどの演奏をした。
ジャズにはまる。ジャズには、自由さがあった。なんでもあり。好きなように演奏できる。
「これだ!僕がやりたいのは、こういう音楽だ!」
のめりこむ。そこでは、自分が黒人であることなど関係なかった。
15歳でバンドを結成。地元のクラブで演奏した。
ある夜、演奏していると、クラブのオーナーが太い葉巻をくゆらせながらやってきて言った。
「そこのおまえ、ピアノはクビだ!今日から、ピアノはこいつにやらせる」
オーナーは知り合いの白人をピアニストとして連れてきていた。
ピアノをやっていたアート・ブレイキーは、下を向く。
オーナーは言う。
「ドラムがいないじゃないか、おまえ、今日からドラムだ!」
逆らえない。ブレイキーは、ドラムをやるしかなかった。
結局、いつもそうだ。オレたちに自由はない。
フツウであれば、そこでグレる。やめてしまう。
でも、ブレイキーは違った。
「ジャズがやれれば、なんだっていい。今日から僕はドラマーになる!」
ジャズ界史上最高と言われる伝説のドラマー、アート・ブレイキーは、初めてドラムを叩いたとき、不思議な感覚を覚えた。
ビートが、五感を刺激する。
「いいぞ!ドラム、いいじゃないか!ドラムには、無尽蔵の拡がりがある!」
仲間に教わったが、教わっていない技法も披露できた。周りが驚く。
リズムが、沸き起こる。体が、勝手に動く。
説明できない。でも、心地よい解放感があった。
ニューヨークで有名な楽団に入り、マイルス・デイビスや、チャーリー・パーカーと共演。喝采を浴びた。
自分でジャズ・メッセンジャーズを結成。ジャズ界の頂点を極めた。
でも、仲間の不祥事や意見の食い違いで、メンバーの脱退や入団を繰り返し、ようやく落ち着いた頃、代表曲『モーニン』に出会った。
「何より、自分が楽しく演奏することで、まわりを幸せにできる」
伝説のジャズ・ドラマー、アート・ブレイキーは、自身が有名になることだけに終わらなかった。
若手を育てる。
ジャズの楽しさ、深みを多くの演奏者に知ってもらうことに、骨身を惜しまなかった。
「自分ひとりがよければいいなんて考えは、ジャズにはない。セッション。ジャズの醍醐味は、全てを越えて、つながることができるってことなんだ」。
新しくバンドに入ってきた若き日のキース・ジャレット。
そのピアノの素晴らしさに気づきつつも、ブレイキーは、キースをこう叱った。
「違う違う!もっと、バカなことをやれ!自分を自分で制限するな!もっと音を出せ!もっと、もっとだ!!もっと、バカになるんだ!!持ってるものを、全て出せ!」
キースは、驚いた。
あとにも先にも、そんなふうに本気で言うひとはいなかった。
昭和36年。初めて日本にやってきたとき、空港に集まったたくさんのひとたちを見て、「ああ、今日は誰かVIPがやってくるんだな」と思った。
でも、みんな、アート・ブレイキーを待っていた。
驚く。
まさか…自分を?
ひとりの男性ファンが近づいて、控えめにこう言った。
「よかったら、ボクと一緒に写真、撮ってくれませんか?」
ブレイキーは、言った。
「あの、私、黒人なんですが、それでもいいんですか?」
日本人の男性は、こう返した。
「いいに決まってるじゃないですか。僕らはね、みんなあなたを待っていたんですよ。あなたと、あなたの演奏を心から尊敬しているんですよ」
泣いた。
アート・ブレイキーはひと目もはばからず、泣いた。
「ジャズの神様は…いた。音楽に国境は、なかった…」
【ON AIR LIST】
モーニン / アート・ブレイキー&ザ・ジャズ・メッセンジャーズ
危険な関係のブルース / アート・ブレイキー&ザ・ジャズ・メッセンジャーズ
チュニジアの夜 / アート・ブレイキー&ザ・ジャズ・メッセンジャーズ
バターコーン・レディ / アート・ブレイキー&ザ・ジャズ・メッセンジャーズ
ウゲツ / アート・ブレイキー&ザ・ジャズ・メッセンジャーズ
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