第三百二十二話勇気と謙虚さを同時に持つ
人類で初めて、108分間の宇宙飛行を成し遂げた人物がいます。
ユーリー・ガガーリン。
旧ソビエト連邦の軍人パイロットである彼は、大気圏を越え、宇宙を舞い、地球を一周しました。
有名な言葉「地球は青かった」。
原文は、「空は、非常に暗く、でも、地球はひたすら青く見えた」。
人類史上初の快挙から60周年を記念して、日本でも、いくつかの催しが開催されています。
岐阜県、岐阜かかみがはら航空宇宙博物館では、今年3月、「ユーリ・ガガーリン物語」特別展を開き、ガガーリンが乗ったボストーク・ロケットの模型や、ガガーリンの写真ギャラリー、彼が宇宙ではめていた時計、シュトゥルマンスキーが展示されました。
また、新潟県立自然科学館では、11月1日から14日まで「ユーリイ・ガガーリン特別展」を開催予定。
彼の功績を辿る写真パネルが展示されます。
集団農場で働く労働者階級出身の若者の偉業に、ソ連は沸き立ち、ガガーリンは一躍、時の人になりました。
たちまち祖国の広告塔として、世界中を歴訪。
1962年5月には、日本にも来日しました。
しかし、時の政権・フルシチョフが失脚すると一転、立場は危ういものに変わりました。
彼の存在感の大きさに、国の中枢が脅威を感じるようになったのです。
訓練中の不慮の事故で、34歳で亡くなり、その死に関しては、さまざまな憶測が飛び交いますが、真相は闇に包まれています。
ただ、ガガーリンの人柄について、悪く言うひとはいません。
2000人の候補の中から、なぜ、彼一人が選ばれたのか。
同じ宇宙飛行士候補生が、無記名で「誰が宇宙に飛びたつ人物としてふさわしいか」という投票を行ったとき、彼は、圧倒的に1位を獲得したのです。
みんなが一様に、言いました。
「彼ほど、勇気があり、でも、謙虚なひとはいない」
ユーリー・ガガーリンが人生でつかんだ、明日へのyes!とは?
ちょうど60年前、人類初の宇宙飛行を成し遂げたロシアの英雄、ユーリー・ガガーリンは、1934年3月9日、旧ソ連、モスクワの西160kmに位置する、スモレンスクのクルシノという村で生まれた。
父も母も、集団農場の労働者。
父は、倉庫係。母は、酪農担当だった。
しかし、実際は、父には大工や職人の才能があり、母は文学や芸術に造詣が深く、高い教養を身につけていた。
スターリン政権時代。
目立つことは、破滅を意味した。
両親は、本来の爪を隠し、つつましく、目立たないように暮らす。
幼いユーリーは、父と野山を散策するのが大好きだった。
松とオーク、カエデとカバノキの違いを教えてもらう。
木々の香りをかぎ、植物や動物の生態を知るのが楽しかった。
母は、いつも眠る前に、物語を読んでくれた。
異国からやってくる英雄、大切な姫を守る王子。
ワクワクした。
父に現実を、母に空想を教えてもらったユーリーは、才気煥発な明るい子どもだった。
体が小さいことがコンプレックスだったが、運動神経もよかった。
そんな彼に、世界を一変させる出来事が起きた。
1941年、ヒトラー率いるドイツ軍の進撃。
結果的に、ソ連がドイツ軍を撤退させたが、多くの村で犠牲者が出た。
スモレンスクにも毎日砲弾が落ち、教会や風車は吹き飛ばされた。
家のすぐ近くの森を、装甲車が隊列を組んで行き過ぎる。
荒れ果てた我が故郷を見て、7歳のユーリーは衝撃を受けた。
以来、彼は、あまり笑わない子どもに変わってしまった。
宇宙飛行士、ユーリー・ガガーリンは、子どもの頃、戦争を体験。
幼いながら、行き場を無くした難民のために何かできないかと、地下室を探しまわり、ジャガイモやミルク、パンを集めて、ドイツ軍から逃げる家族に渡した。
やがてクルシノも、ドイツ軍に占拠される。
ガガーリン家も、家を奪われ、避難壕で暮らす日々。
寒い。お腹がすく。ドイツ軍の兵士による強制労働。
でも、父や母は、泣き言ひとつ言わなかった。
父は言った。
「ユーリー、冷静であることが、人生の最優先なんだよ。ひとは誰しも、今がつらいと、嘆き、わめき、つらさを増幅させる。でも、大事なのは、明日なんだ、未来なんだ。今を謙虚に受け止め、明日を見失わないこと。それこそがこの不穏な人生を生き切る術なんだ」。
ユーリーには、そのとき理解できなかったが、ただ父の凛とした姿勢だけは記憶に残った。
ある日、ソ連のヤク戦闘機とドイツのメッサーシュミットが空中戦を繰り広げた。
ヤク戦闘機は撃破。湿地帯に落ちた。
ユーリーら、村の子どもたちは、親の制止を振り切って観に行く。
湿地帯近くのクローバー畑に着いたときだった。
二枚の羽を持つプロペラ機、ポロカールポフ・PO-2、別名、U-2がゆっくり着陸した。
ヤク戦闘機の兵士を救助するためだった。
畑に舞い降りた飛行機を見たとき、ユーリーは感動した。
優雅でカッコいい。まるで天使が乗る乗り物だと思った。
U-2から降りた兵士は、集まった子どもたちにチョコレートを配った。
ユーリーも、チョコバーを受け取る。
このクローバー畑での出会いが、のちに、彼の人生を決めることになった。
戦争は終わったが、ガガーリン家の生活は貧しいままだった。
16歳になったユーリーは、体育大学に行って体育の先生になりたいと思ったが、とても学校に通える経済力はない。
鉄鋼工場で働く。
毎日、油まみれ。きつかった。
ユーリーは、小柄できゃしゃだったが、機敏に動き、何より、弱音を吐かない性格を見込まれ、特待生として技術学校に入学。
学校の実習である飛行場に行った。
そこで、ヤク戦闘機を見る。
クローバー畑での思い出がよみがえる。
「乗ってみるか?」
あまりに熱心に眺めるので、教官が、ヤク戦闘機に同乗させてくれた。
ふわっと空に舞い上がった瞬間、思った。
「ああ、生きている、ボクは今、生きている…」
飛行クラブに入会し、操縦を習う。
コックピットで自由に動ける。
背が低いことが、かえって好都合だった。
成績は優秀。
でも、おごらず、騒がず、謙虚に学び続けた。
初めて自分で空を飛んだとき、その先に宇宙が待っていることを、まだ、知る由もなかった。
ただ、明日をつかむ勇気と謙虚さがあれば、全て乗り切れると信じていた。
【ON AIR LIST】
Space Cowboy / Jamiroquai
祖国は聞いている(4songs Op.86-1) / ショスタコーヴィチ(作曲)、コンスタンティン・オルベリアン(指揮)、ドミトリー・ホロストフスキー(バリトン)
青い船で / 松任谷由実
Space Oddity / David Bowie
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