第三百五十八話他人に勝たなくていい
松村宗棍(まつむら・そうこん)。
今日の、空手の流派・首里手系統のほとんどは、今も松村の流れを継いでいると言われています。
自身も空手有段者の作家・今野敏(こんの・びん)は、渾身の小説『宗棍』で、松村宗棍の生涯を描き切っています。
2020年東京オリンピックで追加種目として正式採用された空手が、実は琉球王国、沖縄が発祥の場所で、その後、中国武術と融合し、全国、あるいは世界に広まったことは意外に知られていません。
東京オリンピック、空手の形の部門で、見事金メダルを獲得したのは、沖縄出身の喜友名諒(きゆな・りょう)でした。
彼の圧倒的な技は世界を魅了し、空手のルーツである沖縄代表として躍動しました。
形とは、全日本空手道一友会によれば、「空手道を学ぶ者の己の表現」。
身体の鍛錬と内面的な精神統一からなる、究極的な自己防御の姿勢なのです。
これこそ、松村が求めた真の姿でした。
強くなりたい、だから空手を習う。
そんな若者を松村は制します。
「空手とは、本来、戦って勝つことではない、戦わずして勝つ。
あるいは、相手を傷つけず、自分も傷つかず、やり過ごす。
空手は人生と同じく、誰かに勝つことが目的ではないのです」
強さとは、ひとに誇るものでも、他人を叩くためのものでもない。
自分の中に強さを蓄えておくのは、むしろ戦わないためであると、松村は説きます。
だからこそ、空手の形は、美しく、荘厳で清々しいのです。
琉球国王の三代にわたるボディガードとして仕え、後進の教育に半生を捧げた、武術界のレジェンド・松村宗棍(まつむら・そうこん)が人生でつかんだ、明日へのyes!とは?
琉球国王の時代から空手を広めた武術家・松村宗棍は、1809年、現在の沖縄県那覇市に生まれたと言われている。
幼い頃から才気煥発。運動神経もずば抜けてよかった。
見よう見まねで空手を学び、近所の子どもの間でも恐れられる存在だった。
宗棍が生まれたのは、首里山川村。
首里は琉球王国の首都で、政治や文化の中心だった。
琉球王府に仕える首里士族は、文武両道を掲げ、武術や芸術に多くの著名人を輩出した。
宗棍も、その風潮を受け、いくら強くても自分から手を出すことを戒めていた。
ただ、大切な友人が痛めつけられているのは、見過ごせない。
10代の前半、己の技をつい使ってしまう。
それを見たのが、佐久川寛賀(さくがわ・かんが)だと言われている。
佐久川は、空手の源流のひとつ、唐手のレジェンド。
唐手佐久川の異名を持つ。
「佐久川の後には彼はなく、後世の世に称せられる人で、力量その他の点において、彼の右に出るほどの人はなかった」と伝えられている。
その佐久川が、宗棍の技を見て、言った。
「おまえはまだ、誰かを倒すために空手を使っている」
空手という文化を作ったレジェンドのひとり、松村宗棍は、幼少の頃、運命的な出会いをする。
それは、後に師匠と仰ぐことになる、武術の大家・佐久川寛賀。
「誰かを倒すために、技を使っている」と言われ、宗棍は不満気な顔をした。
それだけは、自ら律してきたつもりだった。
佐久川は、言った。
「ひとは、強くなれば、それを示したくなる。
技を持っていれば、それを使いたくなる。
でもな、ほんとうの強さは、己の中に蓄えておくものなんだ。
結局、武術は、誰かを倒すためではなく、誰とも争わないためにあるんだ」
幼い宗棍には、理解ができない。
ただ、目の前の人物の圧倒的なオーラには、感服した。
「よかったら、私のもとで修行してみないか」
そう言われ、二つ返事で、「お願いします!」と言った。
それが、佐久川寛賀とも知らずに。
佐久川は、宗棍の身体のしなやかさ、動きの繊細さを、瞬時に見抜いていた。
「私の後継者として育ててみたい」
そう、心に思った。
松村宗棍は、佐久川から多くを学んだ。
師匠・佐久川にいくら打っても、届かぬどころか、打つことさえもできなくなる。
「ひとに打たれず、ひとを打たず、事なきをもととするなり」
そう、教わる。
強くなりたい。誰にも負けない技を身につけたい。
その一心で修行に励んできたのに、勝手が違う。
そもそも、沖縄に空手の試合という発想はなかったと言われている。
空手は、あくまで護身術。
誰かと競い、勝ち負けがつく世界とは一線を画している。
あくまで、大事なのは、自分の心。
内面の充実、鍛錬、精神の成長。
「一緒に、大陸に行こう」
佐久川から誘われた宗棍は、中国に渡った。
そこで彼が学んだのは、武術と医術、すなわち、空手と医学が同じものであるということ。
からだの仕組みを知れば、無駄な攻撃も無意味な戦いも避けられる。
佐久川と北京を訪れ、中国武術を学んだ宗棍は、師匠の真意を悟る。
北京で亡くなった佐久川の遺骨を抱いて、沖縄に戻った宗棍は、真の空手道を説き、弟子たちに言った。
「強さを誰かを打ち負かすことに使ってはいけない。
おまえたちは、誰にも勝たなくていいんだ。
自分に負けないこと、それがいちばん大切なんだ」
【ON AIR LIST】
島唄 / THE BOOM
グローリー・オブ・ラヴ(『ベスト・キッド2』) / ピーター・セテラ
行ち戻い(いちむどぅい) / ジュス
ウージの唄 / かりゆし58
★今回の撮影は、「沖縄空手会館」様、「国営沖縄記念公園(首里城公園):首里城地区・瑞泉門周辺他」様にご協力いただきました。ありがとうございました。
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