第三百六十八話なりたい自分になる
マリリン・モンロー。
『ナイアガラ』『七年目の浮気』『お熱いのがお好き』など、数々のヒット映画に出演し、ハリウッドにその名を刻む一方、私生活では、メジャーリーグのスター選手 ジョー・ディマジオや劇作家 アーサー・ミラーとの結婚や、度重なるスキャンダルで常に話題を集め、マスコミにさらされていました。
彼女の悲劇的な結末は、1962年8月5日に突然やってきます。
36歳の若さでこの世を去ったのです。
死因は、睡眠薬の大量摂取と言われています。
しかし死後も、彼女の存在感は薄れるどころか、さまざまなアートや流行に反映され続けました。
マリリン・モンローについての伝記や研究本は、1000冊を超え、学者、小説家、評論家など、多くの知識人が今も彼女の内面に近づこうとしています。
没後50年のときに公開されたドキュメンタリー映画『マリリン・モンロー 瞳の中の秘密』は、ユマ・サーマンやグレン・クローズといった名女優がモンロー役に扮し、日記や手紙を朗読して、彼女の実像に迫っています。
モンローの生涯は、コンプレックスとの激しい格闘の歴史だと言えるかもしれません。
親の愛を知らない出自。
高校中退という学歴や教養についての劣等感。
「頭の弱いセクシーなブロンド娘」というアイコンから、なかなか逃れられない現実。
名前も髪の色もファッションもメイクも、本来の自分とはかけ離れているという虚無感。
自分が思うように社会と折り合うことができない、孤独。
でも、モンローはどんなに劣等感にさいなまれ、屈辱に涙しても、女優という仕事から逃げませんでした。
「なりたい自分になる」ために、本を読み、考え、自分を磨くためならどんなことにでも挑戦したのです。
「私は、自分がひとりの、かけがえのない人間であることを見つけたい。
多くのひとは、それを見つけずに生涯を終えてしまう。
私は、自分自身に会うために、女優を選んだ」
持て余すほどの繊細な感受性を抱き、短い生涯をかけぬけた伝説のムービー・スター、マリリン・モンローが人生でつかんだ、明日へのyes!とは?
マリリン・モンローは、1926年6月1日、アメリカ合衆国・ロサンゼルスで生まれた。
本名は、ノーマ・ジーン。
両親は、映画会社で同僚だった。
父は、母が子どもを身ごもったことを知ると、逃げた。
モンローは生涯、父に会うことはなかった。
母は、お金を稼ぐために、モンローを祖母に預けた。
しかし、祖母はほどなくして心を病み、病院に入るが、亡くなった。
やがて母も、精神に変調をきたし、入院。
モンローは、孤児院に入らざるをえなかった。
その後、親戚や知人の家をたらいまわしにされる。
母と暮らしたくも暮らせない。
理不尽な折檻と、絶望的な孤独。
家のモノを盗んだと身に覚えのない疑いをかけられ、枕に顔を押し付けられたとき、このまま死んでもいいと思った。
一か所に安住できない不安と、貧困。
10歳になったモンローは、がりがりに痩せていた。
そんな中、唯一、信頼できるひとに出会った。
叔母のアナ。
アナは、60代、独身。
モンローを引き取った。
生活は貧しかったが、ようやく心が安らいだ。
みすぼらしい洋服をからかわれて、泣いて帰ってきたモンローに、アナは言った。
「他のひとが何を言おうが、何をしようが、気に病むことはありません。
大事なのはね、いい?
自分がいったいどういう人間か、ということだけなんです」
モンローは、この言葉を一生の宝物にした。
アナ叔母さんとの生活に慣れてきたマリリン・モンローは、健やかに成長していった。
13歳になった頃、彼女はある事実に気がついた。
クラスの男子の、自分を見る目線が明らかにおかしい。
女子たちは敵意を向け、男子が優しいのはなぜだろう。
「自分には、男性を魅きつける何かがある」
最初は胸が目立たない服を選んだ。
でも、そのうち、誰かの目線のために自分が着たい服を着られないのは、何か違うような気がした。
根本的に、愛に飢えていた。
男子にちやほやされるたびに、孤独を忘れることができた。
学校をサボる。男子と遊ぶ。
あっという間に「不良少女」のレッテルを貼られた。
彼女の行く末を案じた叔母のアナは、モンローに結婚話を持ちかけた。
高校を中退して、すぐに結婚。
しかし、夫は海外赴任になる。
離れ離れの中、モンローは飛行機工場で働いた。
その工場に陸軍報道部のカメラマンがやってきたところから、彼女のシンデレラストーリーが始まる。
兵士の士気を高めるため、軍需工場で働く女性のピンナップ写真を撮っていた。
カメラマンはモンローを見て、心臓を射抜かれた。
「この子の瞳には、スターの光が輝いている」
マリリン・モンローのピンナップ写真を見たモデル・エージェンシーから、すぐに連絡が来た。
モデルとしての成功。
でも、モンローの心には、大きな野望が芽生えていた。
「女優になりたい」。
夫に離婚を申し立てる。
有名な女優になるには、独身でなければならないと思った。
彼女が歩もうとした道は、茨の道だった。
女優になるということは、あらゆる意味で、自分と向き合うことを意味する。
演技力、ダンス、歌、台本を読み解く力。
どれもが自分に欠けている。
しかも、自分の存在理由に対する答えが見いだせない。
苦しい試練が待っていた。
どうしたら、女優になれるか…。
そのとき、彼女は叔母の言葉を思い出した。
「大切なのは、自分がいったい、どういう人間かということ」
いつもそこに立ち戻れば、ブレないで済む。
ダメな自分。コンプレックスのかたまりな自分。
それらを受け入れ、そこから始めればいい。
「努力すればきっと、私は、自分がなりたい自分になれるはずだ」
【ON AIR LIST】
ダイヤは女の最良の友 / マリリン・モンロー
リトル・ロックから来た娘 / マリリン・モンロー(デュエット:ジェーン・ラッセル)
ドゥ・イット・アゲイン / マリリン・モンロー
帰らざる河 / マリリン・モンロー
★今回の撮影は、「レストラン花の木」様、「西戸崎公民館」様にご協力いただきました。ありがとうございました。
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