第三百九十九話変わり続ける
モータウン風の爽やかなメロディは、今も人々の心をとらえて離しません。
では、この曲を作曲した人の名前をご存知でしょうか。
その人の本名は、渡辺栄吉(わたなべ・えいきち)。
作った楽曲は、3000曲以上、シングル総売り上げ数は、歴代第1位の7560万枚。
希代のヒットメーカー、筒美京平(つつみ・きょうへい)です。
1960年代の、いしだあゆみ『ブルー・ライト・ヨコハマ』、
1970年代の、南沙織『17才』、郷ひろみ『男の子女の子』、
1980年代の、早見優『夏色のナンシー』、少年隊『君だけに』、
1990年代の、NOKKO『人魚』など、年代ごとにヒット曲を連発。
時代の流行を敏感にとらえ、洋楽のサウンドを随所に織り交ぜながら、唯一無二の楽曲を世に送り出してきたのです。
特に1975年に発表した、太田裕美の『木綿のハンカチーフ』は、従来の歌謡曲を大きく進化させた作品として、日本の音楽シーンに衝撃を与えました。
筒美は、表舞台に出るのを嫌がり、裏方に徹したことで有名です。
さらに「歌謡曲が好きだったわけではない」と言って、はばかりませんでした。
大学時代は、地味で、決して明るいとは言えない学生。
ただ音楽が好きで、洋楽の沼にどっぷりはまっていました。
そんな彼が、いかにして日本の音楽史にその名を刻むレジェンドになったのか。
そこには、職業作曲家として変化に殉じる、強い覚悟があったのです。
誰も到達できない頂に登り詰めた、歌謡曲の神様、筒美京平が人生でつかんだ、明日へのyes!とは?
作曲家、編曲家の筒美京平は、1940年5月28日、現在の東京都新宿区に生まれた。
赤坂にある霊南坂幼稚園に通う頃、ピアノを習う。
教えてくれたのは、童謡『サッちゃん』などを作った作曲家、大中恩(おおなか・めぐみ)。
基本的にクラシックを学んだが、時々、美空ひばりも弾いてくれた。
楽しかった。
弾いた音は、天にのぼり、教会の壁を震わせる。
小学校から大学まで、青山学院。
週に1回の礼拝の時間には、伴奏でピアノを弾く係だった。
文化祭では、『慕情』などの映画音楽をメドレーで弾いて大きな拍手をもらう。
世界でどんな曲が流行っているか、常にチェックを欠かさない。
ヒットチャートに入った曲のレコードを全て買ってきて、むさぼるように聴く。
ただ、歌謡曲と名のつくものは、全部嫌いだった。
学園内にある花壇の手入れを率先してやる。
夜、遅くなるまで花々に自分で配合した肥料を与えた。
音楽と植物が友だち。
人とつるむのが苦手だった。
1日誰とも口をきかなくても、洋楽が心を満たしてくれた。
青山学院大学に進学して、ジャズにのめりこむ。
ジャズバンドでピアノを弾く。
このバンドにいたひとつ上の先輩が筒美に新しい扉を用意することなど、そのときはまだ想像もしていなかった。
筒美京平は、青山学院大学でジャズバンドに入る。
ウッドベースを弾いていたのが、のちに作詞家になる、ひとつ上の先輩、橋本淳(はしもと・じゅん)だった。
筒美は、大学卒業後、レコード会社に就職。
洋楽の担当になる。
いち早く、作曲家のすぎやまこういちに師事していた橋本は、筒美の言葉を覚えていた。
それは「いつか、曲をつくってみたいな」。
すぎやまこういちを筒美に紹介する。
会社勤めをしながら、筒美は、すぎやまに作曲を学んだ。
ようやく訪れた、チャンス。
橋本が作詞し、筒美が曲をつくり、のちに子門真人として一世を風靡する、藤浩一(ふじ・こういち)が歌う、『黄色いレモン』。
売れなかった。
さんざんな結果に、筒美は思う。
「会社勤めをしながら片手間にやるなんて、無理だ。
作曲を極めたい。何より、ヒット曲を書きたい!」
ペンネームを、鼓が平に響くと書いて、鼓響平と書いたが、当時、左右対称の名前のほうが縁起がいい、という意見があり、筒美京平にした。
27歳で会社を辞める。
翌年の1968年。早くも大ヒットを飛ばす。
それが、いしだあゆみの『ブルー・ライト・ヨコハマ』だった。
『サザエさん』の4コマ漫画に、切符を買うときに「ブルーライトヨコハマまで、1枚」と、つい言ってしまうオチが画かれた。
筒美京平は、それを読んだとき、「ああ、これがヒット曲か」と思った。
日本中のひとが口ずさむ。
喫茶店に行っても、ラジオをつけても、自分の作った曲が流れてくる。
「もう二度と、ヒットしない曲は、嫌だ。
書きたい曲を書くんじゃなくて、ヒットする曲を書こう!」
その決意は、固かった。
筒美は、あらためて、最新の洋楽を聴きこむ。
かつて少年時代やっていたように。
流行っているものは、何でも取り入れた。
モータウン、ソウル、ディスコ、ブルース。
それらを、歌謡曲に翻訳、移植した。
変わること、変わり続けることが、進化の代名詞。
以前作った曲を聴き返すことは、なかった。
大切なのは、今、何が流行っているか。
今、何がヒットするか。
歌謡曲の神様は、職業作曲家としての矜持を貫いた。
「僕が狙うのは、ヒットじゃない。大ヒットなんです」
【ON AIR LIST】
サザエさん / 宇野ゆう子
木綿のハンカチーフ / 太田裕美
真夏の出来事 / 平山三紀
ブルー・ライト・ヨコハマ / いしだあゆみ
魅せられて / ジュディ・オング
強い気持ち・強い愛 / 小沢健二
【参考文献】
『筒美京平 大ヒットメーカーの秘密』著・近田春夫(文春新書)
『MUSIC MAGAZINE』 特集「追悼・筒美京平」
★今回の撮影は、「日本基督教団 霊南坂教会」様にご協力いただきました。ありがとうございました。
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