第二百九十話やりすぎていい
大瀧詠一(おおたき・えいいち)。
明日3月21日には、伝説のアルバム『A LONG VACATION』の発売40周年を記念して『A LONG VACATION 40th Anniversary Edition』がリリースされます。
このアルバムにも収められている代表曲『君は天然色』は、昨年公開され、第33回東京国際映画祭で「観客賞」を受賞した映画『私をくいとめて』の挿入歌としても話題になりました。
この『君は天然色』は、彼のふるさと岩手県のJR水沢江刺駅の発車メロディにも採用されています。
40年経った今も色あせず、さまざまな世代に支持され続ける大瀧の楽曲や歌声の魅力は、才能という言葉だけでは語りつくせない、圧倒的な知識や独自の音楽理論に裏打ちされています。
さらに、ラジオのDJ、レコーディングやマスタリングのエンジニア、レコードレーベルのオーナー、音楽プロデューサーなど、まさに八面六臂(はちめんろっぴ)の活躍で、65年の生涯を駆け抜けました。
2014年に発売された雑誌『ケトル』2月号の大瀧詠一特集「大瀧詠一が大好き!」に、彼のこんな言葉が掲載されています。
「10知るには、12まで行く、と。推測だと思うんだよ、8とか9でっていうのは。12までいかないと10分かんない」
彼の真骨頂は、やり過ぎること、行き過ぎることかもしれません。
気になるアーティストのレコードを集める、知りたい楽曲があればなんとかテープを取り寄せる。
日本映画の研究も徹底していて、特に成瀬巳喜男(なるせ・みきお)や小津安二郎に関しては、映画評論家に勝るとも劣らない領域に足を踏み入れました。
とにかく数多く、聴く、見る、触れる。
そこから掬いあげられた上質な言葉やメロディは、今も私たちを魅了してやみません。
岩手が生んだ日本のミュージックシーンのレジェンド・大瀧詠一が、人生でつかんだ明日へのyes!とは?
大瀧詠一は、1948年7月28日、現在の岩手県奥州市江刺区に生まれた。
5歳のときに聴いた、夏祭りの音を覚えている。
江刺鹿踊り。
鳴り響く太鼓の音…。
もしかしたら、それが音楽の原体験。
そして、大瀧の音楽好きを決定づけたのは、幼いときから夢中で聴いた、ラジオだった。
まだテレビは、それほど普及していない。
日曜日、校長室でテレビを観させてもらう、そういう時代だった。
10歳のとき、親戚の家で聴いたコニー・フランシスの『カラーに口紅』に衝撃を受けた。
一度好きになったら、とことん掘り下げる。
アメリカン・ポップスを片っ端から聞き漁る一方、NHKのラジオで落語や寄席、漫才を聴いて楽しんだ。
中学生になると、お小遣いは全てレコードに消えた。
ラジオクラブに入り、先生に短波放送が入るラジオを作ってもらう。
ついには自ら試作を繰り返し、自作のラジオを作った。
そのラジオで聴いたのは、FEN。
日本にいるアメリカ軍兵士やその家族のための放送。
アメリカのヒットチャートにワクワクした。
自宅でひとり、ラジオに耳をそばだてる。
ある歌手の歌に鳥肌が立つ。エルヴィス・プレスリーだった。
日本のポップスの父と言われるアーティスト・大瀧詠一を形成する萌芽は、少年時代に2つ、見つけられるかもしれない。
ひとつは、ひとりっ子だったということ。
母は、教師で忙しい。
ひとりで遊ぶ。ひとりで学ぶ。
学校から帰って母がいなくても、好きな歌、好きなラジオ番組があれば、寂しくなかった。
とことん突き詰める性格、やりだしたらやり過ぎる傾向は、孤独な部屋で育まれた。
もうひとつは、転校が多かったこと。
母の仕事の関係で、小学校も中学校も途中で変わっている。
映画「渡り鳥シリーズ」で一世を風靡した小林旭が好きだったのは、自らを渡り鳥に重ねていたからかもしれない。
常に、異邦人。
常に、居心地の悪さを感じる環境。
大瀧は、級友の顔色を読むことを覚え、溶け込むための情報収集に心を砕いた。
同時に、出会いに特別な縁を感じる。
繊細な観察眼、あくなき探究心は、彼に唯一無二のメロディと言葉を与えた。
大瀧詠一は、自宅から離れた岩手県立花巻北高等学校に入学。
下宿暮らしをしたが、授業料を全てレコードにつぎ込み、1年で退学。
やり過ぎは、とまらなかった。
釜石南高等学校、現在の釜石高等学校に編入。
そこで大瀧は初めて、バンドを組んだ。
ビートルズにはまっていたが、同時に植木等にも傾倒していて、コミックバンドを希望した。
コミックバンド…仲間が集まらない。
仕方なく、ビートルズのコピーをやった。
高校を卒業すると、上京して就職。
でも、うまくなじめない。
会社の懇親会。
余興で仕方なく、ビートルズの『ガール』を歌う。
それを聴いた上司が、ぽつりと言った。
「大瀧くん、あのさ、キミはね、ここにいる人間じゃない気がするよ」
わずか3ヶ月で会社を辞め、早稲田大学に入学。
早々に、細野晴臣に出会う。
大瀧は、ひととひとが出会う、縁を大切にした。
縁は、龍の尻尾。
頭から現れてくれないので、みんなつかみ損ねる。
でも、尻尾をちゃんとつかめば、いつか龍の背中に乗ることができる。
やりすぎていい。
数を多く集め、全体をつかんでこその個性。
そして、ひととの出会いに繊細であること。
大瀧詠一の音楽は、圧倒的な知識量と細やかな感性に裏打ちされ、今もひとびとの心に残り続ける…。
【ON AIR LIST】
君は天然色 / 大滝詠一
HOUND DOG / Elvis Presley
スピーチ・バルーン / 大滝詠一
恋するカレン / 大滝詠一
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