第二百七十話自分のオリジナリティを知る
岡田三郎助(おかだ・さぶろうすけ)。
昨年、生誕150年、没後80年を迎えた彼は、劇作家・小山内薫の妹を妻にしたことでも知られています。
着物の片肌を脱ぎ、後ろ向きに佇む女性を描いた作品『あやめの衣』は、近代日本絵画の代表作と言われています。
洋画のようでいて、日本画の伝統も感じる作風。
このオリジナリティを手に入れるまで、岡田は、試行錯誤を繰り返しました。
その一端を垣間見ることができる場所は、佐賀市の城下にある佐賀県立美術館です。
ここには、東京、渋谷区恵比寿に現存していた彼のアトリエと、女子洋画研究所が移設されていて、作家が制作に向き合った当時を体感することができます。
岡田は、女性の洋画教育にも力を入れました。
明治30年から4年間、フランス留学をしたとき、師であるラファエル・コランのもとに通う女性の画学生の姿を見て、驚きました。
その頃、日本では画家の道を女性が目指すことが少なく、また、女性に絵を教えるという場所が、ほとんどなかったからです。
岡田は、大正5年から女子美術学校で教鞭をとり、さらに自ら、女性専門の洋画学校をつくり、後進の教育に励みました。
この研究所から、多くの作家が世に出たのです。
岩手出身の童話の挿絵画家・深沢紅子、女流画家協会の創立発起人になった三岸節子、帝展で女性画家として初めて特選をとった有馬三斗枝など、枚挙にいとまがありません。
岡田は、彼女たちに言い続けました。
「自分を探しなさい。自分だけにしか描けない絵を画きなさい」
近代日本の画壇において唯一無二の作品を生み出した作家・岡田三郎助が、人生でつかんだ明日へのyes!とは?
日本を代表する洋画家・岡田三郎助は、1869年、佐賀市に生まれた。
実家は、鍋島藩に仕える武士の家系。
名家で裕福。
さらに時は、文明開化を迎え、世界に開かれた自由な気運が街中に満ちていた。
6人兄弟の末っ子だった三郎助は、大切に育てられる。
父の転勤にともない、上京。
そこで彼は人生を決める、衝撃的な作品に出会った。
同じ佐賀出身の、外交官にして画家・百武兼行の作品。
彼はわずか42年の生涯で、3度ヨーロッパに出向き、西洋絵画の洗礼を受けた。
フランスで絵画を学んだ最初の日本人と言われる彼の「臥婦像」は、裸で横たわる婦人を画いた洋画。
その絵を見た若き岡田三郎助は、体に衝撃が走るのを感じた。
日本で最初の油絵による裸婦。
なめらかな白い質感と、それを引き立たせる背景の布の色合いが、独特の緊張感をもって迫ってくる。
「な、なんだ、この絵は…これが洋画の凄みなのか…」
見たことのない絵に圧倒され、しばらくその場を動けない。
すぐさま、父に、絵画をやりたいと告げた。
「洋画家になる」
このときの決心が生涯、揺らぐことはなかった。
洋画家の巨匠、岡田三郎助は、画家としての基礎を学び、才能を開花させる。
29歳のとき舞い込んできた、千載一遇のチャンス。
文部省、第一回の留学生として、パリに行けることになる。
パリでの師匠は、日本画壇の重鎮、黒田清輝を教えたことでも有名なラファエル・コラン。
うれしかった。
毎日が刺激的で、有意義。
世界中から集まった名画を、見てまわる。
パリの乾いた風が心地いい。
セーヌ川のほとりで絵を画く若者と笑顔で挨拶をかわす。
特にルーブル美術館には毎日通い、さまざまな絵を模写した。
しかし、やがて絶望がやってくる。
「ダメだ…。どんなに似せて画こうとしても…無理だ。かなわない。色が出せない、線が描けない。僕には、洋画が…画けない…」
ルネサンス期のドイツの画家・ホルバインの肖像画の模写には、3年を費やした。
苦労したのが背景の装飾品の質感。
でも、ダメだった。
結局、納得のいくものが描けない。
日本にいる友人に手紙を送った。
「今は色の手習いだ。教師の絵と比較すると、どうして自分はこんなに不注意に画を描いたろうと、気が付いては常にやり直しをやる。実に万物を真面目に見うるまでが、容易なことではないと思う」
絶望の淵にあった岡田三郎助に、師匠のコランは、こんな言葉を投げかけた。
「ニッポンの美術工芸品は、素晴らしい。繊細で優しい。オカダは、なぜ、ニッポン人である自分を捨てて、西洋絵画を画こうとするのですか? 捨てることは、ない。自分の中にあるオリジナリティを見つければいいのです。オリジナリティは、外を探してもどこにもない。自分の中にしかないのです」
日本に帰った岡田は、己の原点を知る。
百武の「臥婦像」を見たときの衝撃。
やがて、「着物姿の日本人女性」というテーマを見つけ、それに没頭した。
気に入れば、買えるだけ着物を買い、一日中、眺めた。
日本画の質感を大切にする一方で、レオナルド・ダ・ヴィンチの画角を取り入れ、キャンバスに布を貼るなど、西洋絵画からもヒントを得た。
日本と西洋の融合。
そうして描かれた女性は、独特の美しさをまとい、三越呉服店の広告に採用されるなど、「モダンガール」の生き方を後押しすることになった。
新しいものを取り入れることによって、自分の中だけにあるものに気づくということ。
岡田三郎助は、常に流行を見据え、女性たちに古きものと新しきものの魅力を提示した。
迷ったときは、コランの言葉を思い出す。
「オリジナリティの源泉は、自分の中にしかない」
【ON AIR LIST】
風のスケッチ / 松任谷由実
L'Autre Rive(むこう岸) / Pierre Barouh
ASK YOURSELF WHY / Micheal Legrand Trio
I JUST WANNA STOP / Gino Vannelli
閉じる