第二百話ひとと違うことをする
古田織部(ふるた・おりべ)。
織田信長、豊臣秀吉、徳川家康に仕え、千利休の愛弟子として茶の湯を学んだ才人。
最近では、漫画『へうげもの』が話題になり、にわかに脚光を浴びています。
へうげもの、とは、「ひょうきんなひと」「わくにとらわれない、変り者」「ひしゃげたもの」という意味。
その言葉どおり、織部は独特の感性で、庭園や焼き物、建築に新しい息吹を与えました。
深い緑色が特徴の織部焼。
その形はいびつで、大胆。
ときに、一度焼きあがったものを割ってしまい、それをつなぎ合わせることで、わびさびを表現しました。
縄文時代の土器を思わせるフォルムと模様。
当時のひとたちに与えた衝撃は、はかりしれません。
岐阜県本巣市の道の駅「織部の里もとす」は、文字通り、古田織部ゆかりの場所です。
施設の向かいにあった山口城で生まれたとされる織部。
この道の駅の織部展示室では、彼の人となりをさまざまな角度から紹介し、織部焼や、織部風の茶室や茶道を知ることができます。
彼が破天荒な道に進むきっかけは、師匠である千利休のこんな言葉でした。
「ひとと違うことをしなさい」
整然として、静かで落ちついている。
そんな茶の湯を説いた、千利休。
それを継承しながらも、織部が向かった道は、誰も歩いたことのない、いばらの道でした。
大坂夏の陣で、豊臣側への内通を疑われ、徳川幕府に切腹を命じられた男、古田織部。
彼が人生でつかんだ、明日へのyes!とは?
茶の湯界の革命児、古田織部は、1543年、美濃国、現在の岐阜県に生まれたとされる。
茶人としては珍しい、武将の家系。
幼い頃から父の教えを受け、武士としてのたしなみを学ぶ。
性格は明るく、天真爛漫。
まわりのひとを楽しませるのが好きだった。
戦乱の世にありながら、なぜか、ひととひとが争うことに疑問を持った。
「父上、なぜ、ひとは戦をするのですか?」
そう尋ね、父に怒られる。
「この世は、疑問を持ったものが負けだ。戦の世だから戦をする、ただ流れに任せればいい」
どうしても、納得がいかなかった。
ちゃんばらごっこに興じるより、美濃の自然に触れることが好きだった。
草木には、表情がある。
野山には季節を映す、命のサイクルがある。
命の活力に従順なものは、美しい。
そこには、よく見せよう、うまく生きようという邪心がない。
花々のフォルムの多様さに魅かれ、虫や鳥たちの鳴き声に心震わせた。
「まったく、おかしなやつだ」
父に呆れられたが、織部の心は戦から離れていった。
「どうしてこの世には、こんなにもたくさんの生き物が、さまざまな形をして生きているんだろう…」
伝説の茶人、古田織部にとって二つの運命の出会いがあった。
ひとりは、織田信長。
織部、24歳のとき、美濃に織田信長がやってきた。
天下統一の拠点として、この地を治める。
織部は、信長の異様な雰囲気にのまれた。
それまであまり優秀とは言えない武将だったが、信長には傾倒した。
信長は、ひとの心をつかむ、織部の明るさと話術に着目。
戦場の連絡係や、諸国との交渉人として、重宝した。
三年あまりを費やして信長が建てた、琵琶湖畔の安土城。
我が国最初の天守閣を持つ壮麗な城は、戦いのための機能性より、「美」を追い求めた。
絢爛豪華。誰をも圧倒する存在感。
それを見た織部は、体がふるえた。
「すごい、この城は…すごい」
さらに信長は、身の回りに、日本に持ち込まれて間もない異国の美術品を置いた。
信長は、織部に言った。
「いいか、覚えておくんだ。世の中の流行りなんぞは、どうでもいい。自分が好きかどうか。それが大事なんだ。自分が美しいと思えば、それは美しいんだ。せっかくの感性を、ひとにやすやす手渡してはいけない」。
古田織部にとって、もうひとつの大切な出会い。
それは、当時、一世を風靡していた茶人、千利休だった。
茶の湯で天下一。
利休が説いたのは、茶の作法だけではなかった。
茶室という宇宙で味わう、五感。
聴こえるもの、見えるもの、触れるもの、全てを細やかな心で感じるということ。
利休は、あらゆる芸術の頂点を極めた男として、もてはやされていた。
織部は、心酔した。
利休から全てを吸収したいと、寝る間も惜しんで学び、感じ、一挙手一投足を真似た。
ある日、利休に呼ばれる。
「織部、おまえはすこぶる優秀だ。おまえの感性は、他の誰とも違う。だが、私の真似をしていては、その感性もやがて鈍り、腐り果てる。いいか、織部、ひとと違うことをしなさい」
はじめは、何を言われているのか、よくわからなかった。
ひとと違うこと…。
考えてみれば、自分という人間は、自分しかいない。
利休先生を真似てもかなうはずもない。
庭に捨てられた、ひびの入った水差しを見た。
苔に覆われているその無残な姿を、織部は、「美しい」と感じた。
「そうか、そういうことか、自分が美しいと思うかどうか、そこから始めればいいんだ」
古田織部はもう迷わなかった。
わざとひびを作る。
ひしゃげた器に「破調の美」を求める。
ありのままの姿、生きることに従順で命を感じさせるあらゆるものを、慈しみ、作品に投影した。
「これが、私の作品だ。誰とも違う、私だけの器だ」
【ON AIR LIST】
TEA FOR TWO / 山下洋輔
STELLA BY STARLIGHT / Anita O'Day
BREEZIN' / George Benson
LEVA E TRAZ (ELIS) / Ivan Lins
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