第三百十七話人生の目的を見失わない
五代友厚(ごだい・ともあつ)。
NHK朝の連続テレビ小説では、ディーン・フジオカが演じて話題になり、昨年は、五代を主人公にした映画『天外者(てんがらもん)』が公開され、再び、脚光を浴びています。
「てんがらもん」とは鹿児島の方言で、ずば抜けて素晴らしい才能の持ち主、という意味。
言葉どおり、薩摩藩出身の彼は、幕末から明治初期を駆け抜け、日本の近代化のために命を捧げました。
五代は、特に大阪の経済界の発展に尽くし、東の渋沢栄一と並び称され、「大阪の恩人」と言われています。
武士から役人、そして実業界と、我が身を置く場所は変わりましたが、彼の指針は生涯、ブレることがありませんでした。
彼はいつも、こんな言葉を胸に抱いていたのです。
「地位か名誉か金か。いや、大切なのは目的だ」。
何のために、これをするのか?
何のために、今、苦しむのか?
目的を失ったとき、ひとは他人を怨み、世の中に不満を抱き、ついには自分を壊してしまいます。
「日本を、欧米諸国に負けない国にしたい」、五代の目的は、常に、そこにありました。
討幕のために、莫大な費用を投じた新政府の経済の逼迫(ひっぱく)は深刻でした。
泣きついた大隈重信に、五代は言います。
「大阪に新しくできる造幣寮で、今までの紙幣を新しい紙幣と取り換え、現在の貨幣価値の挽回をはかりましょう!」
欧米との貿易を最優先とし、大阪の港を再開発。
世界に向けた大阪港を造り上げました。
大阪を元気にすることで、日本を元気にしたい。
大阪をこよなく愛した幕末の賢人・五代友厚が人生でつかんだ、明日へのyes!とは?
大阪経済界の礎を築いた偉人・五代友厚は、1836年、江戸末期、薩摩に生まれた。
父は薩摩藩に仕える、記録奉行。
薩摩国、さらに隣接する日向や大隅の地図を記した三国名勝図会の編纂(へんさん)にたずさわった。
今でいう、地理学、地誌学のエキスパートだった父ゆえ、鎖国時代にも関わらず、五代家には世界地図があった。
幼い友厚は、その地図を眺めるのが好きだった。
いま、自分がいる場所を俯瞰(ふかん)する。
ちっぽけな、日本。その中の、ちっぽけな、薩摩。
主君・島津斉彬(しまづ・なりあきら)からもらった世界地図を、必死に模写する兄のかたわらで、海の向こうの国々を思った。
父は、厳しかった。
文武両道。
武士としての剣術はもちろん、古今東西の経典や学術書を読ませた。
父は、言った。
「まだ見ぬ世界を想像できぬものは、貧しい。まだ見ぬ世界を知ることこそ、男子の本懐に通じる」
友厚は、幼くして、グローバルを学んだ。
14歳にして、思う。
「もはや、鎖国は現実的ではない」。
五代友厚が、17歳のとき。黒船来航。
1853年、ペリーが浦賀にやってきて、日本国中に震撼が走った。
誰もが戦々恐々とする中、五代は、思う。
「男児 志を立てるは、まさに このときにあり」
鎖国を支持する兄と、初めて対立する。
「兄上、日本は、開国しないと、列強諸国から取り残されてしまいます」
藩主から、その才能を認められ、長崎海軍伝習所へ藩伝習生として派遣される。
ここは、幕府の海軍養成学校。
オランダ軍人を教師に、蘭学や船の航海術、軍艦の操縦を学ぶ。
このとき伝授された、オランダの活版印刷技術は、のちに、大阪に印刷業を起こし、辞書や海外の書物を広めた五代の偉業につながる。
長崎での日々で、五代はある確信を得た。
「この国が、栄えるためにどうしても必要なもの、それは、貿易だ」
五代は、海外に行きたいと思う。
1862年、五代友厚、26歳のとき、幕府は、中国との交易を模索するため、上海に船を出す。
『千歳丸(せんざいまる)』。
五代は乗船を切に願うが、却下。
しかし、どうしても諦めきれない。
彼は、一計を案じる。
水夫の格好をして、船に潜り込む。
この船で、五代は、長州藩のある人物と出会う。
その人物とは、高杉晋作だった。
高杉晋作の、先を見据えた思想や、我が国の発展を願う思いを知った五代友厚は、揺るぎない目的を定めた。
「日本を、元気にする! 日本を、どんな国にも負けない、列強にしたい!」
上海から戻った五代は、薩摩藩に、さっそく船を買うことを進言。
現在の貨幣価値で、およそ40億円を投じて、船を手に入れた。
しかし、島津久光(しまづ・ひさみつ)の大名行列の前をイギリス人が横切ったことに端を発した生麦事件で、薩摩とイギリスの戦い、『薩英戦争』が勃発。
薩摩の港にあった船にも被害が与えられ、船の責任者だった五代は、イギリスに捕らえられた。
ここでも、五代は冷静だった。
「いま、薩摩の地に攻めいったら、あっというまに切り付けられますよ。彼等の剣術は、最強です。やめておいたほうがいいです。何も得はありません」
五代の言葉に、イギリス軍は躊躇(ちゅうちょ)した。
ただ大名行列を横切っただけで、殺されたイギリス人。
その怨みをはらしたいだけだったのだが…。
「いっときの怨みや復讐心は、捨てましょう。大事なのは、目的です。この先の母国をどうしたいか、個人として、人生でやり遂げたいことは何か。目的を考えれば、今、何をなすべきかが見えてくるはずです!」
五代の説得は、素晴らしかった。
心をうった。
こうして、薩英戦争は、甚大な被害をこうむることなく、収束した。
五代友厚は、いっときの感情に突き動かされそうになるとき、こうして自らを戒めた。
「それで誰が得をする? それで誰が幸せになる? 大切なのは、人生に目的を持つことだ」。
【ON AIR LIST】
TO SAY I LOVE YOU / ORQUESTA RENE
WHO DO YOU LOVE? / ORQUESTA RENE
友情・男の夢(映画『天外者』) / 大谷幸
FOR WHAT IT'S WORTH / LOS LOBOS
閉じる