第百三十三話唯一の武器は、優しさ
今も愛される漫画をこの世に残したギャグ漫画の元祖、漫画界の革命児、赤塚不二夫の記念館は、東京都青梅市にあります。
『青梅赤塚不二夫会館』。
青梅市は、町おこしに昭和の匂い漂う映画の看板を掲げました。
かつて漫画家になる前、映画の看板職人をやっていた赤塚不二夫をその象徴として選んだのです。
館内をまわると、赤塚がこの世に産みだしたキャラクターの存在感に、あらためて感銘を受けます。
イヤミ、拳銃をいつもぶっ放す警察官、ケムンパス、ウナギイヌ。
脇役だった彼らの圧倒的な個性は、時に主役をしりぞけ、凌駕してしまいます。
赤塚は、自分が創る全てのキャラクターに惜しみなく愛を注ぎました。
それもそのはず、キャラクターの源には、ほとんどモデルになる人物がいたのです。
『もーれつア太郎』に出て来る、ココロのボス。
しゃべる言葉に必ず、ココロがつきます。
立派なシッポを持ちながらも、人間なのか?タヌキなのか?永遠にわからない。一見コワモテですが、情にあつく、花や小鳥を愛する、本当は心優しいボス。
赤塚が新宿を飲み歩いていて、知り合った中華料理店のおじさんがいました。日本語がうまく話せません。
お酒を御馳走すると、「美味しいのココロ」「ありがとうのココロ」と言ったそうです。
そのおじさんは思いを伝えたくて、いつも赤塚の優しさを受け、語尾にココロとつけました。
「赤塚さん、うれしいのココロ」。
赤塚は、そんなおじさんが大好きだったのです。
戦争の混乱の中、壮絶な少年時代を生き抜いた赤塚が手に入れた武器は、笑いでした。優しさでした。
ひとを笑わすことで己の存在を証明した漫画家・赤塚不二夫が人生でつかんだ明日へのyes!とは?
漫画家・赤塚不二夫は、1935年、満州に生まれた。
父は、農家の出身。小学校しか出ていないが、憲兵の試験に2位の成績で見事受かった。
元来の吃音をコンプレックスに思っていたが、それをバネにした。
せっかく手に入れた陸軍での地位も、上官の理不尽な行為に反抗して、あっさりクビ。
警察官になった。任務は、特務警察。ゲリラやテロと戦う厳しい仕事だった。
満州では、多くの日本人が中国人を重んじない風潮があったが、父は、幼い赤塚にこう言った。
「いいか、フジオ。に、人間は、みんな、い、一緒なんだ。誰が偉いとか、そんなことは、な、ない」
言葉通り、父は誰にも優しくした。
戦局が変わり、日本が敗戦すると、状況は一変。
中国人たちは日本人に反旗を翻した。
特務警察だった父には懸賞金がかけられたが、近隣の中国人は、赤塚一家を消防自動車に乗せ、逃亡の手助けをしてくれた。
「すまない」と父が言うと、中国人は笑顔で言った。
「あんたには、よくしてもらったからね」
そんな父の姿を、赤塚少年は見ていた。
殺戮の現場。裏切り。醜い争い。人間のありとあらゆる汚さを、赤塚は体験した。
でも、父の情が赤塚の心を守り、母の強さが赤塚の生きる希望を救いあげた。
赤塚不二夫の父は、シベリアに抑留されてしまう。
母は子どもたちを連れて、なんとか日本に引き揚げた。
奈良に移り住むが、赤塚は「満州!」といじめられる。
誰も相手にしてくれない。
小学校に進んで、奥村というボスに出会った。
「オレの家来になるんなら、遊んでやる」
奥村にくっついて、ようやく近所の子どもと遊ぶことができた。
クラスに、重度の小児麻痺の生徒がいた。
運動会の日、ボス奥村は赤塚に言った。
「おまえ、運動会には出るな、教室に残って、あいつと一緒にいてやれ」
赤塚は、運動会に出たかった。校庭から歓声が聴こえる。
でも、自分は暗い教室で、小児麻痺の生徒といる。
二人で窓からかけっこを眺めた。
「面白いか?」尋ねると、彼はうなづいた。
赤塚は、なんとか彼を喜ばせたくなった。「早弁、食うか」
二人で、朝の内から弁当を食べた。外ではみんな一生懸命走っている。妙な優越感を持ちながら、握り飯をほおばった。
そのとき、小児麻痺の彼が…笑った。笑顔になった。うれしかった。
「美味しいなあ」赤塚が言うと、さらに笑った。
そのころ、赤塚は見様見真似で漫画を画いていた。
それを思い切って見せる。笑ってくれた。ひとが笑うっていいな。
ひとを笑顔にできるって、気持ちいいな、赤塚不二夫は、そう思った。
赤塚不二夫は、13歳のとき、新潟の親戚に預けられた。
母は奈良に残り、住み込みで必死に働いた。
シベリアから戻った父は、あまりに過酷な抑留生活で体と心を壊され、昔の父ではなくなっていた。
新潟での暮らしは、孤独だった。関西弁を笑われる。いじめられた。そして圧倒的に、貧しかった。
図画工作は得意だったが、絵の具を買うお金がない。
新潟の港での写生大会。彼のパレットには、赤、青、茶、黒しかなかった。
本当は、丁寧に細かく自然を再現するのが好きだった。
でも、4色しかない。
「ええい、やけくそだ!」
港に流れ着いた船を茶色で画きなぐった。チューブを絞り出す。
空も海も関係ない。全部、青にしてやった。赤を叩きつけ、黒で輪郭をなぞった。
もうどうでもいい。なんでもいい。そんな思いを白い紙にぶつけた。
その絵が、校内のコンクールで第一席に選ばれた。
クラスメートたちの扱いが変わる。「おまえ、すごいな」。
赤塚は思った。「絵を描くこと。ボクがボクであるためには、それしかないのかもしれない」
赤塚不二夫は、漫画家としてどんなに成功を収めても、まわりのひとを笑顔にすることをやめなかった。
笑ってくれるなら、コスプレもした、裸で踊った。
お酒をすすめ、食事を御馳走した。
晩年、自らが満身創痍で、明日死んでもおかしくない時に、全盲の子どもたちのために点字の漫画を画いた。
「だってさあ、笑ってほしいじゃん」
漫画家・赤塚不二夫は、描いた漫画で今もみんなを励まし続ける。
彼はあらゆる読者にこう語りかける。
「君は、君のままでいいんだよ」
彼は究極の明日へのyes!を言葉にした。
「これで、いいのだ」
【ON AIR LIST】
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