第三百二十七話後ろを振り返らない
平塚らいてう(ひらつか・らいちょう)。
今年、没後50年を迎える彼女は、今から100年以上も前に「家制度」に反対し、事実婚を選びました。
夫婦別姓の先駆者とも言われています。
おととし、公開された『らいてう戦後日記』の中の一節。
1950年4月13日の記述には、
「平和問題、講和問題について、婦人の総意を代表する声明を国内及び国外に、今こそしなければならない瞬間だとこの数日しきりに思い悩む。」
と書かれています。
明治時代末期、良妻賢母こそが女性に求められ、家庭を守ることが主たる仕事であり、女性に参政権は認められていませんでした。
裕福な家庭に生まれ、恵まれた環境に育ったらいてうでしたが、早くからそんな風潮に激しく疑問を抱き、古今東西の本をひもとき見識を拡げ、女性が生きる道を模索したのです。
今から110年前に彼女が中心になって創刊した、女性による女性のための文芸誌『青鞜』の序文に、らいてうは、こう書きしるしました。
「元始、女性は実に太陽であった。真正の人であった。今、女性は月である。他によって生き、他の光によって輝く、病人のような蒼白い顔の月である」。
この『青鞜』という雑誌では、イプセンの戯曲『人形の家』の大特集を組んだり、「現代家庭婦人の悩み」という企画で、「家庭婦人にも労働の対価が支払われてもよいのではないか、その権利は十分あるはずだ」という文章を発表しました。
真っすぐな性格ゆえ、心中事件を起こしたり、父から勘当されてしまうなど、その人生は騒動と共にありますが、彼女は、一度もブレることなく、女性のために闘い続けたのです。
大正時代から昭和にかけ、女性の権利獲得に奔走した活動家・平塚らいてうが人生でつかんだ、明日へのyes!とは?
女性解放活動家・平塚らいてうは、1886年2月10日、現在の東京都千代田区に生まれた。
父は、明治政府の会計検査院に勤める高級官吏。
経済的に何不自由ない暮らし。
3女のらいてうは、両親の愛を受け、伸び伸び育つ。
ただ、生まれながら声帯が弱く、大きな声が出せない。
そのせいで、引っ込み思案で大人しい性格になった。
一歩前に出られないがゆえに、冷静に物事を見る目が養われる。
と同時に、内省的な種が育ち始めた。
彼女が幼い頃の父は、海外の書物にも興味を抱く、国際派。
女性にも教育の必要があると説いていた。
12歳で、女子高等師範学校附属高等女学校に入学。
学業は優秀だった。
家にある父の蔵書、古今東西の書物をひたすら読む。
それだけに飽き足らず、学校の図書館に通いつめ、小説や詩、哲学書、宗教書、英語の本まで、なんでも読んだ。
ある日、薄暗い学校の図書館で一冊の本に巡り合う。
成瀬仁蔵(なるせ・じんぞう)著、『女子教育』。
その本で成瀬は書いていた。
「これからの世の中は、女性に力を発揮してもらわなければ、発展しない」。
感動した。
そうか、これから女性の時代が来るのか。
さらに、成瀬は説いた。
「聴くことを多くし、語ることを少なくし、行うことに力を注ぐべし」
らいてうは、迷わず、成瀬が創設した日本女子大学校、現在の日本女子大学への入学を希望した。
しかし、女子教育に賛成だったはずの父が反対した。
父は言った。
「女子には、女学校以上の学問は必要ない」
平塚らいてうは、幼い頃から疑問に思うことがあった。
母は教養もあり、多くのことに秀でているのに、いつも父をたてる。
父の顔色をいつもうかがい、どこかビクビクしているようにも思えた。
「なぜだろう…」
単純な疑問が、やがて多くの書物に触れるうちに人生の大命題に育っていった。
「女性である私は、人生をどう生きていけばいいのだろう」
「そもそも私はいったい、何のために生まれてきたのだろう」
父に尋ねてみても、返ってくる答えはひとつだけ。
「学問は、もういい。裁縫や料理を習いなさい」
らいてうの必死な訴えに、父は、しぶしぶ日本女子大学校への入学を許した。
ただし、学部は家政学部という条件付き。
家政学部に入ったらいてうは講義などそっちのけで、毎日、小さな図書館に通いつめた。
寮にいても、消灯時間のあと、ろうそくの灯りを頼りに本を読んだ。
ニーチェやショーペンハウエルにも傾倒。
聖書にも真摯に向き合った。
やがて、あれほど尊敬していた成瀬校長の訓話にも、感動を覚えなくなっていた。
もっと期待していたのに…もっと何かが変わると思っていたのに…。
不満は、読書熱をさらに高めた。
ある日、気まぐれな心が彼女の背中を押す。
いつも話す友人とは違う同級生と話がしたくなり、体育会系、背が高い、バスケットボールをやっている木村政子(きむら・まさこ)の部屋を訪ねた。
そこで、らいてうは、人生を変える一冊に出会う。
平塚らいてうは、友人の木村政子の部屋にあがりこむ。
木村が台所に立ったとき、彼女の机の上に、一冊の本があった。
木版刷りの和綴じ本。
タイトルは、『禅海一瀾(ぜんかい・いちらん)』。
著者は鎌倉 円覚寺の老師。禅を説いた本だった。
いわく、「大道を外に求めてはいけない。己の心に求めよ」
衝撃を受けた。
そうか…私はいつも誰かのせいにしていた。
父が悪い、先生がダメだ、校長に幻滅した…。
それは、おかしい。
答えは自分の中にあるはずだ。
まわりに求めているうちは、私は幸せにはなれない。
禅を本格的に学ぶと同時に、彼女は、己の心をのぞき込むことから逃げなかった。
思えば、幼い頃は内省的で、いつも己の心と対話していたではないか。
以来、彼女は、自分の心の辞書から「後悔」という言葉を捨て去った。振り返らない。
やってきたこと、語ってきたことは、決して後悔しない。
その代わり、とことん心に問う。
「私は、何のために生まれてきたか…」
「生きているうちに、何をなすべきか…」
こうして、平塚らいてうは伝説のひとになった。
【ON AIR LIST】
I'M EVERY WOMAN / Chaka Khan
RESPECT / Aretha Franklin
ONE IS THE MAGIC NUMBER / Jill Scott
GIRL OF INTEGRITY / 矢野顕子
★今回の撮影は、田端文士村記念館様にご協力いただきました。ありがとうございました。
なお、現在平塚らいてうの展示は終了しております。
現在開催中の展示など、詳しくは公式HPよりご確認ください。
田端文士村記念館HP
https://kitabunka.or.jp/tabata/
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