yes!~明日への便り~presented by ホクトプレミアム 霜降りひらたけ

第三百三話 悔しさを忘れない -【長野篇】葛飾北斎-

yesとは?

  • 語り:長塚圭史
  • 脚本:北阪 昌人

『自分にyes!と言えるのは、自分だけです』
今週あなたは、自分を褒めてあげましたか?
古今東西の先人が「明日へのyes!」を勝ち取った命の闘いを知る事で、週末のひとときをプレミアムな時間に変えてください。
あなたの「yes!」のために。

―放送時間―
TOKYO FM…SAT 18:00-18:30 / FM大阪…SAT 18:30-19:00
FM長野…SAT 18:30-19:00 / FM軽井沢…SAT 18:00-18:29

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第三百三話悔しさを忘れない

世界的に有名な江戸時代の浮世絵師が、再び脚光を浴びています。葛飾北斎(かつしか・ほくさい)。
先月末に公開された映画『HOKUSAI』は、青年期の北斎を柳楽優弥、晩年を田中泯が、それぞれ熱演。
謎に包まれた孤高の絵師の生涯を、スクリーンに焼き付けました。
宮本亞門演出の舞台『画狂人 北斎』も今年再演され、どんなことがあっても、くじけず、筆を置くことのない北斎の姿は、私たちの心に大切な何かを投げかけているようです。
葛飾北斎が、初めて長野県の小布施という町に足を踏み入れたのは、83歳だったと言われています。
当時はもちろん電車もクルマもなく、老体に鞭打って、命からがら遥か彼方を目指した理由。
そこには、彼の絵に対する、決して消えない情熱の証がありました。
その頃、江戸は、天保の大飢饉で混乱を極め、ひとびとは不安にさいなまれていました。
そんなときこそ、娯楽、歌舞伎や音楽が必要であるはずなのに、幕府は、天保の改革と称し、綱紀粛正の名のもとに、文化芸術を贅沢だと弾圧。
浮世絵を描くこともままならない世の中になっていました。
「画きたいものを、自由に画けない」。
それは、北斎にとって「死」を意味していたのです。
小布施で父のあとを継いでいた豪農、高井鴻山(たかい・こうざん)は、まだ三十半ばすぎでしたが、そんな北斎に、自由に絵を画く場を与えました。
「北斎先生、どうか、好きな絵を好きなように描いてください。こんな世の中だからこそ、どんなものにも囚われていない、先生の常識を突き破る絵が必要なんです。」
鴻山の言葉に、北斎は泣きました。
そうして、ふところから筆を取り出し、一心不乱に、砕け散る浪、怒涛図を画いたのです。
おぼろげな視力、ふるえる右手で。
時代が悪いと、ひとは言います。
ですが、それに抗って闘った先人も、確かにいました。
葛飾北斎が今の私たちに教えてくれる、明日へのyes!とは?

レオナルド・ダ・ヴィンチの『モナ・リザ』に匹敵する、日本人画家とは、そしてその作品とは?
海外のひとたちにそう問うと、こんな答えが返ってくる。
葛飾北斎の『冨嶽三十六景 神奈川沖浪裏』。
大胆な構図。
荒れ狂う波に翻弄される小舟は、あたかも儚い人間を写したように見える。
そして、それを静かに見つめる、霊峰・富士山。
1870年代にヨーロッパに渡り、モネやゴッホなど、印象派の画家たちに多大な影響を与えた作品。
この絵を画いたとき、北斎はすでに72歳を迎えていた。
圧倒的な絵は、誰が見てもいい、感動を与える。
絵の完成から190年経った今でも、迫りくる波は、人々の心をつかんで離さない。
それでも、北斎は納得しなかった。
「まだだ、俺の目指す絵は、まだ先にある」。
北斎の若き弟子が、絵が少しも上達しないのを嘆いていた。
それを聞いた北斎の娘、お栄は、こう言った。
「あれを見てごらんよ、ほら、私の父の姿を」
弟子が絵描き場の隅に目をやると、天下の北斎が、軒先の猫を描こうと悪戦苦闘し、ついには、床に額を打ち付けて泣いていた。
「ああ、俺はダメだ、ダメだ、ダメだ! たった一匹、猫も満足に画けやしねえ! ああ、ああ、俺は情けねえ! どうしようもねえ絵師だ!!」
70を越えてもなお、北斎は、己に腹を立てていた。
「お栄、俺は悔しいよ、画けねえことが悔しいよ」
弟子は口をつぐみ、再び筆を取り、真っ白な紙に向き合った。

江戸時代の浮世絵師・葛飾北斎の青年期は、度重なる屈辱に満ちていた。
幼い頃から、絵が好きで好きで仕方がない。
親は商人か職人になることを望んだが、絵師になること以外、考えられなかった。
ようやく、人気浮世絵師の勝川春章(かつかわ・しゅんしょう)に弟子入りすることができた。
喜んだのもつかの間、言いつけられた仕事は、雑巾がけに炊事。
おまけに先輩の弟子たちにいじめられる。
北斎は弟子の誰よりも絵がうまかったので、先輩に目をつけられた。
理不尽に殴られ、叩かれ、絵筆を持たせてもらえない。
それでも北斎は信じていた。
「もし、正しいものが、真面目に頑張っているものが、そして、まことに才のあるものが日の目をみない世の中ならば、こっちからおさらばしてやる」
先輩にくってかかる。
先輩の絵のひどさを徹底的にこき下ろす。
悔しかった。どうして自分の才能を認めてくれないんだ、哀しかった。
使い走りの帰り道、春陽(しゅんよう)という先輩に呼び止められた。
彼は唯一、北斎を攻撃しなかった。
「なあ、おめえ、男は、可愛がられねえと上にあがれねえ。おべんちゃらなんぞ言うことはねえが、年上の兄さんたちをあそこまで追い詰めちゃあいけねえ。悔しさをぐっとこらえて笑うんだ。笑っちまいな。おめえは、世の中、変えるかもしんねえ。無駄な喧嘩はするんじゃねえぞ」
それ以来、北斎は口答えをしなくなった。
目の前で自分の絵を破られても、必死にこらえた。
春陽の言葉を思い出して。
「おめえは、世の中、変えるかもしんねえ」

83歳の葛飾北斎は、江戸を出て、長野の小布施に向かっていた。
杖をつき、風雨に耐え、一歩一歩、山道を歩いた。
時に足をとられ、空腹に気を失いかけながら。
すでに世間的な成功は手に入れていた。
誰からも「先生」と崇められる存在。
でも北斎には、そんなことに興味はなかった。
「いかに、いい絵を画くか」
それ以外、心を砕くことはない。
道中、思い出すのは、青年時代の悔しい思い出。
生涯の師匠を持たず、一貫した流派に属さず、ただひたすら、転がる石のように生きてきた。
修業時代、唯一、信頼した春陽という先輩に尋ねられた。
「おめえは、何を画きてえんだ?」
若き北斎は、しばらく考えて言った。
「俺は…目に見えないものが画きたい」
春陽は、それを聞いて笑った。
「こいつはいいや、目に見えねえものを画くか、はははは、こいつはいいや、おめえは、浮世絵師なんてやめちまえ。旅に出ろ、旅に出て、世界を見ろ、見れば見るほど、見えねえもんが見えてくる」
見たものをそのまま写すのは嫌だった。
風景の、その向こうに見えるもの。
人物の、奥深く眠るもの。
そこに辿り着くことができれば、その絵は、きっと永遠を手に入れる。
小布施に辿り着いたとき、葛飾北斎は、迷わず絵筆をとった。
永遠に向かって。

【ON AIR LIST】
CRAZY / Seal
(I CAN'T GET NO) SATISFACTION / The Rolling Stones
I STILL HAVEN'T FOUND WHAT I'M LOOKING FOR / U2

★今回は、曹洞宗梅洞山 岩松院、髙井鴻山記念館にご協力いただきました。ありがとうございました。

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今週のRECIPE

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霜降りひらたけとなすの煮びたし

今回は、長野・小布施の特産でもある野菜、なすを使った料理をご紹介します。

霜降りひらたけとなすの煮びたし
カロリー
96kcal (1人分)
調理時間
15分
使用したきのこ
霜降りひらたけ
材料
【2人分】
  • 霜降りひらたけ
  • 1パック
  • なす
  • 2本
  • 150ml
  • めんつゆ(3倍濃縮タイプ)
  • 大さじ2
  • しょうが(おろし)
  • 大さじ1弱
  • ごま油
  • 大さじ1
作り方
  • 1.
  • 霜降りひらたけは小房にほぐす。なすは長さを半分にして4等分にする。
  • 2.
  • フライパンにごま油を熱し、なすの皮目から焼く。霜降りひらたけも焼く。
  • 3.
  • 焼き色がついたら、めんつゆ、水、しょうがを入れ、霜降りひらたけがしんなりするまで煮る。
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PROFILE

  • 長塚 圭史

    語り:長塚 圭史

    1975年生まれ。東京都出身。96年、演劇プロデュースユニット「阿佐ヶ谷スパイダース」を旗揚げ、作・演出・出演の三役を担う。08年、文化庁新進芸術家海外研修制度にて1年間ロンドンに留学。帰国後の11年、ソロプロジェクト「葛河思潮社」を始動、三好十郎作『浮標(ぶい)』を上演する。近年の舞台作品に、『鼬(いたち)』、『背信』、『マクベス』、『冒した者』、『あかいくらやみ~天狗党幻譚~』、『音のいない世界で』など。読売演劇大賞優秀演出家賞など受賞歴多数。
    また、俳優としても、NHK『植物男子ベランダー』、WOWOW『グーグーだって猫である』、WOWOW『ヒトリシズカ』、CMナレーション『SUBARUフォレスター』など積極的に活動。

  • 北阪 昌人

    脚本:北阪 昌人

    1963年、大阪生まれ。学習院大独文卒。
    TOKYO FMやNHK-FMなどでラジオドラマ脚本多数。
    『NISSAN あ、安部礼司』(TOKYO FMなど全国FM37局ネット)、『ゆうちょ LETTER fo LINKS』(TOKYO FMなど全国FM38局ネット)、『世界にひとつだけの本』(JFN)、『AKB48の私たちの物語』(NHK-FM)、『FMシアター』(NHK-FM)、『青春アドベンチャー』(NHK-FM)などの脚本・構成を担当。『プラットフォーム』(東北放送)でギャラクシー賞選奨、文化庁芸術祭優秀賞受賞。『月刊ドラマ』にて、『ラジオドラマ脚本入門』連載中。
    主な著書に『世界にひとつだけの本』(PHP研究所)、『えいたとハラマキ』(小学館)がある。

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NEWS

特別版『オードリー・ヘップバーンが教えてくれる、明日へのyes!』
常盤貴子さん長塚圭史さん
風も、雨も、自ら鳴っているのではありません。 何かに当たり、何かにはじかれ、音を奏でているのです。
誰かに出会い、誰かと別れ、私たちは日常という音を、共鳴させあっています。
YESとNOの狭間で。
あなたは、自分に言っていますか?
YES!ささやかに、小文字で、yes!
毎週土曜日、明日(あした)への希望の風に吹かれながら、自分にyes!と言ったひとたちの物語を朗読でお届けしている番組『yes!明日への便り』。 1月8日は、その特別版「オードリー・ヘップバーンが教えてくれる、明日へのyes!」をお送りいたします。
2018年に没後25年を迎える稀代の大女優オードリー・ヘップバーンの波乱万丈な人生―女優になるまでの波乱に満ちた半生、輝かしい女優時代、ユニセフ親善大使として世界中の子どもたちに尽くした晩年までを、 女優の常盤貴子さんが演じます。
長塚圭史は「語り」の部分やオードリーの夫、また彼女の人生に影響を与えた映画監督の役を担当します。女優、オードリー・ヘップバーンが、私たちに教えてくれる、明日へのyes!とは?

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