yes!~明日への便り~presented by ホクトプレミアム 霜降りひらたけ

第八十六話 自分に向き合う時間 -【富士山篇】 作家 太宰治-

yesとは?

  • 語り:長塚圭史
  • 脚本:北阪 昌人

『自分にyes!と言えるのは、自分だけです』
今週あなたは、自分を褒めてあげましたか?
古今東西の先人が「明日へのyes!」を勝ち取った命の闘いを知る事で、週末のひとときをプレミアムな時間に変えてください。
あなたの「yes!」のために。

―放送時間―
TOKYO FM…SAT 18:00-18:30 / FM大阪…SAT 18:30-19:00
FM長野…SAT 18:30-19:00 / FM軽井沢…SAT 18:00-18:29

閉じる

第八十六話自分に向き合う時間

3か月間、富士山を間近に眺めて、人生を見直した作家がいます。太宰治。
教科書にも掲載されることが多い、太宰治の『富嶽百景』の一文は有名です。
「富士には月見草がよく似合う」。
山梨県河口湖に通じる御坂峠には、この言葉が刻まれた文学碑があります。
文字は太宰の直筆が使われました。
『富嶽百景』の原稿は残っていなかったので他の作品から一字ずつ抜き取り、太宰の署名は、絶筆『グッド・バイ』からとったと言われています。
この石碑を立てるために奔走したのは、太宰の恩師、井伏鱒二でした。
井伏は、不健康で自堕落な暮らしをしている太宰を、この峠に連れてきて、3か月間、天下茶屋に住まわせました。
さらに、甲府に住む女性、石原美知子を紹介し、夫婦の契りを結ばせたのです。
太宰にとって、富士山とは、最も自分と対極にあるものだったに違いありません。
どっしり構えて、ゆるぎない。圧倒的な存在感。
華やかな人気を持ち、万人に愛される。
霊峰と崇められたかと思うと、銭湯の壁面に描かれる。
神と通俗をいとも簡単に行き来する唯一無二の象徴。
太宰は思いました。
「かなわない。富士には、かなわない」。
それでも彼は、3か月間、かすかな風にも揺れる月見草のように、富士山と向き合いました。
この時期を境に、彼は旺盛な執筆活動に入り、『走れメロス』『斜陽』や『人間失格』など、後世に読み継がれる傑作を世に出しました。
ひとには、自分と向き合う時間が必要です。
たとえそのときは無駄に思えても、立ち止まって対峙する。
その勇気と覚悟こそ、成長の礎なのかもしれません。
作家・太宰治が、富士山に教えられた、明日へのyes!とは?

作家・太宰治は、1909年6月19日、青森県北津軽郡金木村に生まれた。
本名・津島修治。
津島家は村の名士で、大地主。父は政治家でもあった。
忙しい父と病弱な母。
太宰は、乳母に預けられ、やがてその乳母の代わりに叔母に育てられた。
肉親の愛を知らない。
自分が生まれてきてよかったのか、確信が持てないまま大きくなった。
学業は優秀。
どんな学科も常に一番だったが、素行は悪かった。
喧嘩にいたずら。ふざけては友達を笑わせた。
誰かが笑ってくれるときだけ、「そこにいてもいいよ」と言ってもらえた気がした。
作文は得意だった。
漠然とした作家への想いが明確になったのは、中学3年の時。
学校に向かう赤い橋の上で、ふと、言葉が降りてきた。
「作家になろう、作家になって、えらくなろう」。
思い立つと、行動は早かった。
仲間と同人誌をつくり、小説を書いた。
友達は驚嘆する。
「おまえ、すごいな、すぐにでも作家になれるよ」。
芥川龍之介に傾倒。
井伏鱒二の「山椒魚」を読んで体が震えた。
「すごい、この世には、とんでもない小説を書くひとがいる。オレも、彼らと肩を並べたい」。
しかし、青雲の志も、長くは続かなかった。
彼の心にある、寄る辺ない思い。
自分の存在意義が見いだせない根無し草は、人生という大海でさまようことになる。

作家・太宰治は、高校に入ると、芸者遊びにはまってしまう。
実家が裕福なのをいいことに、放蕩三昧。
当時、勤め人の給金が月に40円だったのに、100円も200円も使う。
あげくの果ての自殺未遂。
それはまるで、親への復讐のようにも思えた。
ただ、小説を書くことだけは、なんとか続けていた。
自分のステージをあげるもの、自分の存在意義を示すものは、小説よりほかにない。そう思っていた。
東京帝国大学に入り、上京。
井伏鱒二に師事。弟子になった。
しかし心はすぐ折れる。
自分には根っこがない。ひとの評価が気になる。
認めてもらわないと、ひどく落ち込む。
この世に必要がないのではないかと思う。
度重なる自殺未遂と睡眠薬の多量摂取。
評価を他人にゆだねたがゆえの、不安定な毎日に耐えきれない。
さらに追い打ちをかける出来事が起こる。
絶対的な自信を持って書いた小説が、芥川賞、落選。
選考委員の川端康成が、太宰の自堕落な私生活に触れると、太宰は激昂して、こう言い放った。
「小鳥を飼い、舞踏を見るのが、そんなに立派な生活なのか!」
同時に、自分がブルジョアジーであることを恥じた。
相変わらず親の影におびえている自分を、恥じた。

ますます堕ちていく太宰治を案じた井伏鱒二は、彼を富士山のふもと、御坂峠の天下茶屋に呼んだ。
「ここで、静養しなさい」。
太宰は、29歳になっていた。
書くこと、作家として生きていくことには、自信と確信があった。
でも、肝がすわらない。
幼い頃、両親に愛された記憶がないということが、亡霊のように彼につきまとう。
「オレは果たして、この世に生まれてきて、よかったんだろうか」。
かつて東京の住まいから、富士山を見て泣いた。
便所の窓から見えたその山は、とてつもなく立派だった。
「とうてい、かなうはずもない」。
その一方で、富士山を馬鹿にもしていた。
「どうせ、銭湯の壁のペンキ絵だ」。
実際、目の前に富士山を仰ぎ見て、太宰は思った。
「なんだろう、このゆるぎない存在感は…」。
富士山の表情はさまざまだった。
でも、ただ、そこに在る。
自分に欠けているものが、わかった。
そこに在るだけでいいと、自分で自分に言ってあげるということ。
評価を誰かにゆだねないということ。
太宰治は、3か月間、ただただ、富士を眺めて過ごした。
彼が見ていたのは、自分だった。
親の愛を受けていないことを甘えの隠れ蓑にしていた。
自分は富士山にはなれないだろう。
でも、その富士山に真っすぐ対峙する、ささやかな月見草になら、なれるかもしれない。
揺れることでかすかな風の存在を示す、小さな花になりたい。
富士山と過ごした時間を経て、太宰は傑作を生む10年間を得た。
彼は書いた。書いて書いて、書き続けた。
しっかりと自分に向き合った3か月間が、彼の背中を押した。
自分から逃げてはいけない時がある。
向き合って初めてわかる、大切な根っこがある。
太宰治は、弱さという根っこに気づいた。
そしてそれを生涯の友にした。

【ON AIR LIST】
四月になれば彼女は / サイモン & ガーファンクル
By This River / Brian Eno
Blue / Joni Mitchell
花 / 中孝介

音声を聴く

今週のRECIPE

閉じる

霜降りひらたけとキャベツの酒蒸し

3か月間、御坂峠の天下茶屋に住み、富士山と向き合ったという、太宰治。今回は、その天下茶屋がある山梨・富士河口湖の特産、キャベツを使った料理をご紹介します。

霜降りひらたけとキャベツの酒蒸し
カロリー
107kcal (1人分)
調理時間
10分
使用したきのこ
霜降りひらたけ
材料
【2人分】
  • 霜降りひらたけ
  • 100g
  • キャベツ
  • 120g
  • 酒、水
  • 各少々
  • 【塩だれ】
  • 鶏がらスープの素
    (粉末)
  • 小さじ1
  • おろしにんにく、
    しょうが
  • お好み
  • 50cc
  • ごま油
  • 小さじ1強
  • 塩・こしょう
  • 少々
  • 長ねぎ(みじん切り)
  • 30g
  • 白ごま
  • 10g
  • ※市販の塩だれでも
    可能
作り方
  • 1.
  • 霜降りひらたけは小房にほぐし、キャベツは一口大に切る。
  • 2.
  • フライパンに(1)と酒、水を入れ、蓋をして強火で4~5分蒸し焼きにする。
  • 3.
  • 【塩だれ】を合わせておき、(2)を加えて和える。
  • recipe LIST

閉じる

ARCHIVE

閉じる

RECIPE LIST

閉じる

番組へのメッセージ

閉じる

PROFILE

  • 長塚 圭史

    語り:長塚 圭史

    1975年生まれ。東京都出身。96年、演劇プロデュースユニット「阿佐ヶ谷スパイダース」を旗揚げ、作・演出・出演の三役を担う。08年、文化庁新進芸術家海外研修制度にて1年間ロンドンに留学。帰国後の11年、ソロプロジェクト「葛河思潮社」を始動、三好十郎作『浮標(ぶい)』を上演する。近年の舞台作品に、『鼬(いたち)』、『背信』、『マクベス』、『冒した者』、『あかいくらやみ~天狗党幻譚~』、『音のいない世界で』など。読売演劇大賞優秀演出家賞など受賞歴多数。
    また、俳優としても、NHK『植物男子ベランダー』、WOWOW『グーグーだって猫である』、WOWOW『ヒトリシズカ』、CMナレーション『SUBARUフォレスター』など積極的に活動。

  • 北阪 昌人

    脚本:北阪 昌人

    1963年、大阪生まれ。学習院大独文卒。
    TOKYO FMやNHK-FMなどでラジオドラマ脚本多数。
    『NISSAN あ、安部礼司』(TOKYO FMなど全国FM37局ネット)、『ゆうちょ LETTER fo LINKS』(TOKYO FMなど全国FM38局ネット)、『世界にひとつだけの本』(JFN)、『AKB48の私たちの物語』(NHK-FM)、『FMシアター』(NHK-FM)、『青春アドベンチャー』(NHK-FM)などの脚本・構成を担当。『プラットフォーム』(東北放送)でギャラクシー賞選奨、文化庁芸術祭優秀賞受賞。『月刊ドラマ』にて、『ラジオドラマ脚本入門』連載中。
    主な著書に『世界にひとつだけの本』(PHP研究所)、『えいたとハラマキ』(小学館)がある。

閉じる

NEWS

特別版『オードリー・ヘップバーンが教えてくれる、明日へのyes!』
常盤貴子さん長塚圭史さん
風も、雨も、自ら鳴っているのではありません。 何かに当たり、何かにはじかれ、音を奏でているのです。
誰かに出会い、誰かと別れ、私たちは日常という音を、共鳴させあっています。
YESとNOの狭間で。
あなたは、自分に言っていますか?
YES!ささやかに、小文字で、yes!
毎週土曜日、明日(あした)への希望の風に吹かれながら、自分にyes!と言ったひとたちの物語を朗読でお届けしている番組『yes!明日への便り』。 1月8日は、その特別版「オードリー・ヘップバーンが教えてくれる、明日へのyes!」をお送りいたします。
2018年に没後25年を迎える稀代の大女優オードリー・ヘップバーンの波乱万丈な人生―女優になるまでの波乱に満ちた半生、輝かしい女優時代、ユニセフ親善大使として世界中の子どもたちに尽くした晩年までを、 女優の常盤貴子さんが演じます。
長塚圭史は「語り」の部分やオードリーの夫、また彼女の人生に影響を与えた映画監督の役を担当します。女優、オードリー・ヘップバーンが、私たちに教えてくれる、明日へのyes!とは?

閉じる