yes!~明日への便り~presented by ホクトプレミアム 霜降りひらたけ

第三百六十話 不屈の精神で立ち向かう -【沖縄篇】政治家 瀬長亀次郎-

yesとは?

  • 語り:長塚圭史
  • 脚本:北阪 昌人

『自分にyes!と言えるのは、自分だけです』
今週あなたは、自分を褒めてあげましたか?
古今東西の先人が「明日へのyes!」を勝ち取った命の闘いを知る事で、週末のひとときをプレミアムな時間に変えてください。
あなたの「yes!」のために。

―放送時間―
TOKYO FM…SAT 18:00-18:30 / FM大阪…SAT 18:30-19:00
FM長野…SAT 18:30-19:00 / FM軽井沢…SAT 18:00-18:29

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第三百六十話不屈の精神で立ち向かう

沖縄の祖国復帰運動に身を捧げた、伝説の政治家がいます。
瀬長亀次郎(せなが・かめじろう)。
那覇市長も務めた瀬長は、生涯を通して沖縄復帰に尽力しました。
投獄されても、資金を断たれても、市長を追放されても、彼は決してくじけませんでした。
2013年、沖縄県那覇市にできた彼の資料館の名称には、瀬長が大好きだった言葉がつけられています。
その名は『不屈館』。
文字通り、瀬長は、どんな障害にあっても、不屈の精神でアメリカ政府に抵抗し、「アメリカが最も恐れた男」として語り継がれています。
『不屈館』の特長は、瀬長の功績を讃えるためだけの資料館ではなく、彼を愛し彼を支えた民衆の歩みが学べるところにあります。
多くの県民から寄せられた膨大な資料を収集。
アメリカ統治下の貴重な戦後史が展示されています。
県内外の平和学習の場にもなっている『不屈館』には、平和を願った瀬長の強い思いが宿っているのです。
行政の力を借りず、有志の支援だけで運営している『不屈館』にとって、いつ終わるとも知れぬコロナ禍の打撃は計り知れません。
『不屈館』の館長が呼びかけたクラウドファンディングは、1か月も経たぬ間に、目標を達成。
たくさんの支援者による激励の手紙、毎日なり続ける電話に、館のスタッフは目頭を熱くしたと言います。
「ここに、民衆の力がある、まずは声をあげることです」
館内に展示された瀬長の写真が、そう語っているようでした。
SNSのおかげで若い人たちの来館が増え、彼らは瀬長の生きざまを通して、戦後の日本を、沖縄の歴史を知っていくのです。
今年、沖縄復帰50周年を迎え、北海道の苫小牧の映画館では、5年前に公開された瀬長のドキュメンタリー映画が上映されました。
この映画を監督したのは、TBSのキャスターとしても有名な、佐古忠彦(さこ・ただひこ)。
彼は映画を書籍化しました。タイトルは『「米軍が恐れた不屈の男」瀬長亀次郎の生涯』。
佐古は、瀬長のこんな言葉を大切にしています。
「大地にしっかりと根をおろしたガジュマルは、どんな嵐にさらされてもびくともしない」
沖縄の復帰と平和な社会の実現に命を捧げた闘士・瀬長亀次郎が人生でつかんだ、明日へのyes!とは?

沖縄の政治家にしてジャーナリスト・瀬長亀次郎は、1907年6月10日、那覇の南、現在の沖縄県豊見城市に生まれた。
家は、貧しい農家。
3歳の時、父はハワイへの出稼ぎに応募した。
亀次郎の日課は、ヤギが食べる草を刈ること。
祖父は厳しく、学校から帰ってくる孫に容赦なく仕事をさせた亀次郎は、裏山の松の木に登り、本を読むのが唯一の楽しみだった。
ときには、英語の本も読んだ。
ある日、読書に夢中になり、草刈をさぼってしまう。
祖父に叱られ、家の外に放り出され、ご飯が抜きになる。
でも、母がこっそり、ふかした芋を渡してくれた。
湯気が出る芋。美味しかった。
母は言った。
「ムシルヌ アヤヌ トゥーイ アッチュンドー」
「莚(むしろ)の綾(あや)のように、真っすぐ生きなさい」
言葉の深い意味は、幼い亀次郎には理解できなかったが、彼は生涯、この母の言葉を忘れなかった。
那覇の中学校に進学。
片道、自転車で1時間かけて通った。
地面は舗装されておらず、ボコボコで走りづらい。
それでも、毎日毎日ペダルをこいだ。
亀次郎は、貧困に苦しむ母の姿を見て、心を痛めていた。
「なんとか、この貧しさから抜け出ることはできないものか」
彼は、医者になると決める。
勉強を頑張った。特に、理数系と英語に力を入れる。
成績は優秀。
このまま高校に進学というとき、一通の手紙が彼のもとに届いた。
この手紙が、亀次郎の運命を変える。

中学4年生だった瀬長亀次郎のもとに届いた手紙。
それは、ハワイの父からだった。
父を手伝っていた兄が、亡くなってしまった。
すぐにこっちに来て、手伝ってくれと父は言う。
なけなしの金を使って、ハワイ航路がある、神戸におもむく。
しかしアメリカが排日移民法を施行。
日本人の移民を制限することになった。
船に乗れない亀次郎。
見知らぬ土地で、途方にくれた。
アメリカに翻弄される運命は、このときに始まったのかもしれない。
つてを頼って、たどり着いたのは、東京にいる同郷の先輩、東京帝国大学の学生、喜屋武保昌(きやん・やすまさ)だった。
彼はのちに昭和・大正期のマルクス主義者として、資本主義に一石を投じることになる。
池袋で安アパートを見つけ、亀次郎と喜屋武の共同生活が始まった。
亀次郎は、尋ねる。
「なぜ、貧困が起こるのでしょうか?」
「なぜ、働いても働いても、生活が変わらないのでしょうか?」
喜屋武は、言った。
「世の中の仕組みがおかしいんだよ、亀次郎。オレたちはなあ、でっかい魔物に飲みこまれてしまったんだ」
亀次郎の社会活動家としての礎は、喜屋武によって築かれた。

瀬長亀次郎は、旧制第七高等学校、現在の鹿児島大学に入学。
医者への道は諦めていないものの、社会の仕組みを変えたいという思いは、日増しに強くなっていった。
担任の化学教授・松原多摩喜(まつばら・たまき)との出会いもまた、のちの亀次郎を形成する大事な因子になった。
松原は、共産主義にのめりこみ、逮捕され、学校を追われてしまう亀次郎を、終生、可愛がった。
松原は、化学の例をつかって、こう説いた。
「赤色のフラスコに、いくら黒になれ!と叫んでも、赤は黒を拒絶する。
真理、物事の核となる部分に働きかけない限り、色は変わらない。
瀬長君、大事なのは、真理だ。
弱者をいたわり、真理を求めて前進せよ! 何者も恐れるな!」
松原は、労働争議で投獄された亀次郎のもとへ、足しげく通い、励ました。
沖縄に戻った亀次郎は、あらためて、大きなガジュマルの木を見上げた。
どんな嵐にもビクともしない、ガジュマルの木。
母の言葉が、喜屋武の教えが、松原の優しさが、彼の心の根っこを強くした。
「この沖縄の大地は、再び戦場となることを拒否する! 基地となることを拒否する!」
「この瀬長ひとりが叫んだならば、50メートル先まで聞こえます。
ここに集まった人々が声をそろえて叫んだならば、全那覇市民まで聞こえます。
沖縄の90万人、人民が声をそろえて叫んだならば、太平洋の荒波をこえて、ワシントン政府を動かすことができます」
民衆の力を信じ、不屈の精神を失わなかった男は、今も、沖縄の大地に根を張っている。

【ON AIR LIST】
涙そうそう / 夏川りみ
時代の流れ / 嘉手苅林昌
おしえてよ亀次郎 / ネーネーズ

★今回の撮影は、「不屈館」様にご協力いただきました。ありがとうございました。
営業時間など、詳しくは公式HPにてご確認ください。
不屈館 HP
 

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今週のRECIPE

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霜降りひらたけと青梗菜の煮浸し

今回は、豊見城市で多く生産されている野菜、チンゲン菜を使った料理をご紹介します。

霜降りひらたけと青梗菜の煮浸し
カロリー
129kcal (1人分)
調理時間
15分
使用したきのこ
霜降りひらたけ
材料
【2人分】
  • 霜降りひらたけ
  • 1パック
  • チンゲン菜
  • 1株
  • 【A】だし汁
  • 200ml
  • 【A】みりん
  • 大さじ1
  • 【A】薄口しょう油
  • 大さじ1
  • 【A】ごま油
  • 小さじ2
  • ごま油(炒め油用)
  • 適量
作り方
  • 1.
  • 霜降りひらたけは小房にほぐす。
  • 2.
  • チンゲン菜は根元を切り落とし、3cm幅に切って水洗いし、水気を切る。【A】は混ぜ合わせる。
  • 3.
  • フライパンにごま油を熱し、霜降りひらたけを入れて炒める。油が回ったらチンゲン菜の茎を入れて更に炒め、しんなりしたら葉を入れる。
  • 4.
  • 【A】を入れ、沸騰したら火からはずし、皿に盛る。
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番組へのメッセージ

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PROFILE

  • 長塚 圭史

    語り:長塚 圭史

    1975年生まれ。東京都出身。96年、演劇プロデュースユニット「阿佐ヶ谷スパイダース」を旗揚げ、作・演出・出演の三役を担う。08年、文化庁新進芸術家海外研修制度にて1年間ロンドンに留学。帰国後の11年、ソロプロジェクト「葛河思潮社」を始動、三好十郎作『浮標(ぶい)』を上演する。近年の舞台作品に、『鼬(いたち)』、『背信』、『マクベス』、『冒した者』、『あかいくらやみ~天狗党幻譚~』、『音のいない世界で』など。読売演劇大賞優秀演出家賞など受賞歴多数。
    また、俳優としても、NHK『植物男子ベランダー』、WOWOW『グーグーだって猫である』、WOWOW『ヒトリシズカ』、CMナレーション『SUBARUフォレスター』など積極的に活動。

  • 北阪 昌人

    脚本:北阪 昌人

    1963年、大阪生まれ。学習院大独文卒。
    TOKYO FMやNHK-FMなどでラジオドラマ脚本多数。
    『NISSAN あ、安部礼司』(TOKYO FMなど全国FM37局ネット)、『ゆうちょ LETTER fo LINKS』(TOKYO FMなど全国FM38局ネット)、『世界にひとつだけの本』(JFN)、『AKB48の私たちの物語』(NHK-FM)、『FMシアター』(NHK-FM)、『青春アドベンチャー』(NHK-FM)などの脚本・構成を担当。『プラットフォーム』(東北放送)でギャラクシー賞選奨、文化庁芸術祭優秀賞受賞。『月刊ドラマ』にて、『ラジオドラマ脚本入門』連載中。
    主な著書に『世界にひとつだけの本』(PHP研究所)、『えいたとハラマキ』(小学館)がある。

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NEWS

特別版『オードリー・ヘップバーンが教えてくれる、明日へのyes!』
常盤貴子さん長塚圭史さん
風も、雨も、自ら鳴っているのではありません。 何かに当たり、何かにはじかれ、音を奏でているのです。
誰かに出会い、誰かと別れ、私たちは日常という音を、共鳴させあっています。
YESとNOの狭間で。
あなたは、自分に言っていますか?
YES!ささやかに、小文字で、yes!
毎週土曜日、明日(あした)への希望の風に吹かれながら、自分にyes!と言ったひとたちの物語を朗読でお届けしている番組『yes!明日への便り』。 1月8日は、その特別版「オードリー・ヘップバーンが教えてくれる、明日へのyes!」をお送りいたします。
2018年に没後25年を迎える稀代の大女優オードリー・ヘップバーンの波乱万丈な人生―女優になるまでの波乱に満ちた半生、輝かしい女優時代、ユニセフ親善大使として世界中の子どもたちに尽くした晩年までを、 女優の常盤貴子さんが演じます。
長塚圭史は「語り」の部分やオードリーの夫、また彼女の人生に影響を与えた映画監督の役を担当します。女優、オードリー・ヘップバーンが、私たちに教えてくれる、明日へのyes!とは?

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