第百八十九話生きがいを求め続ける
後藤勇吉。
1896年、明治29年に生まれた彼は、さまざまな日本初の記録を打ち立てました。
日本初の一等飛行機操縦士。
日本初の飛行機による国内一周旅行。
日本初の生鮮農産物の空輸、旅客輸送。
昨年、没後90年を迎えた彼は、わずか31年間の生涯を飛行機に捧げました。
夢は、太平洋横断無着陸飛行。
無念にも、訓練中に墜落死してしまいます。
生前、彼は同僚のパイロットに、こう語っていました。
「人間の一生というのを考えてみると、五十年も一生。三十年も一生だ。要は生きがいがあったかどうかが、点のつけどころだと、僕は思う。五十年生きて点が少ないより、三十年で死んでも十点のほうが、よかろう。そうは思わないか?」
後藤は、郷土愛が強く、大切な故郷のために何かできないかと、常に考えていました。
宮崎県の特産物を扱った料理の大試食大会が大阪であると聞けば、喜んで輸送を引き受けました。
彼が運んだ「日向かぼちゃ」は、新鮮なまま大阪に到着。
空輸というパフォーマンスも相まって、PRは大成功でした。
宮崎県延岡市にある後藤勇吉の銅像は、果たすことのできなかった思いをまだ諦めていないかのように、太平洋を向いています。
銅像の傍らには、詩人・野口雨情の歌碑。
そこには、こんな言葉が刻まれています。
「雄々しき名を 空に残しぬ 如月の寒き空に とこしえに名こそ残せる 果てしなき空こそ かなし」
日本最初の民間パイロット、後藤勇吉が人生でつかんだ、明日へのyes!とは?
日本で初めて一等飛行機操縦士になった後藤勇吉は、1896年、現在の宮崎県延岡市に生まれた。
前の年に日清戦争が終結。
戦勝ムードは盛んで、機械文明を推し進める気運に満ちていた。
後藤家は、各地に土地を所有する地主であり、商いを営む旧家。
裕福だった。
末っ子だった勇吉は、みんなから可愛がられ、「勇ちゃん、勇ちゃん」と慕われた。
彼が小学校に入学する年、アメリカではライト兄弟が人類最初の飛行に成功。
その噂を人づてに聞いた。
ワクワクした。
「空を飛ぶって、どんな気分がするもんなんだろう」
村でいちばん高い丘にかけのぼり、天を仰ぐ。
遠く、とんびが飛んでいくのが見えた。
神話やおとぎ話を読むのが好きで、特に天女が舞い降りてくる話に胸躍らせた。
「空をふわりふわりとやってくる、神様か…。そうだ、空にはきっと神様がいるに違いない」
勇吉が中学に入る頃には、フランス製やドイツ製の飛行機が、東京上空の飛行に成功している。
まさしく彼は、飛行機の技術革新とともに成長していった。
「いつか、ボクも飛んでみたいな…神様に会うために」
日本最初の民間パイロット、後藤勇吉は、ただの夢見がちな少年ではなかった。
なぜ、機械は動くのか、船は浮き、飛行機が空に舞い上がることができるのか、それが知りたい。
家にある機械はことごとく、分解した。
柱時計、ラジオ、発電機… 壊しては組み立て、組み立てては壊す。
夜中、2階にある勇吉の部屋だけ灯りがついている。
母親が、息子が熱心に勉強していると思い、足音を立てぬよう、階段をのぼり、様子をみると、彼はコンパスや三角定規を使って図面をひいている。
「なにをしているの、勇吉、勉強しているかと思ったら。わけのわからない機械の図面なんか書いて。こんなんで成績が伸びるわけないでしょ」
そう、母親に叱られても、彼は動じなかった。
「お母さん、これから機械の時代が来るんだよ。お願いだから、ボクの思うとおりにやらせてよ!」
あまりの強い口調に、母親は口をつぐむしかなかった。
1ヶ月後、蒸気発動機が付いたブリキ製の精米機が完成した。
その見事な完成度に、誰もが勇吉が作ったものだと信じなかった。
ただ母親だけが、わかっていた。
勇吉は、満足げに精米機をなでる。
「機械の時代がくるなら、それを存分に使いこなしたい」
やがて勇吉の目が、飛行機にくぎ付けになる出来事が起こった。
中学2年生のとき、東京目黒に、アメリカの曲芸飛行家、マアスがやってきた。
縦横無尽に飛び回る飛行機の写真を、新聞や雑誌で見る。
「なんだ! これは! これをあやつっている人間がいるのか!?」
さっそく模型飛行機の設計図を画く。
竹を素材に作ってみる。
ゴム紐でプロペラを回す。
夢中になった。
後藤勇吉が飛行機という生きがいを見つけた瞬間だった。
中学を卒業する我が息子の進路について、父親は思っていた。
「勇吉は、物理学の知識もある、機械を創造する力もある、これから戦争が始まることでもあるし、息子は技術者にしよう」
東京高等工業学校、現在の東京工業大学に入学させるべく、父と息子は宮崎から上京した。
芝浦の埋め立て地で飛行機が離着水しているという情報を聞きつけ、親子は出かける。
大空を自由に駆け巡る飛行機を、間近で見た。
離水する、旋回する、着水する。
「すごいものを見たなあ、勇吉」
父が隣を見ると、勇吉が泣いていた。
「お父さん、すごいねえ、飛行機は、すごいねえ」
勇吉は、一歩もそこを動こうともせず、陽が暮れるまで、飛行機を眺め続けた。
そのとき、父は悟った。
「技術者? 違う。勇吉は、ただ、飛行機に乗りたいんだ…」。
その父の予感通り、彼は言った。
「お父さん、ボクね、飛行機乗りになるよ、ボクの一生の仕事はそれしかないと思う。決めた。飛行機に乗って、神様に会いにいくよ」
太平洋横断無着陸飛行を夢見ながら、山間に散った後藤勇吉の命。
でも、彼の想いは、いまだ空の上にある。
あと少し、もうあと少しと願いながら、神様に近づいている。
【ON AIR LIST】
SKY HIGH / The Jigsaw
空も飛べるはず / スピッツ
DREAMING / Mayer Hawthorne
RIBBON IN THE SKY / Stevie Wonder
閉じる