yes!~明日への便り~presented by ホクトプレミアム 霜降りひらたけ

第二十八話 書き続ける力 -作家・辻邦生-

yesとは?

  • 語り:長塚圭史
  • 脚本:北阪 昌人

『自分にyes!と言えるのは、自分だけです』
今週あなたは、自分を褒めてあげましたか?
古今東西の先人が「明日へのyes!」を勝ち取った命の闘いを知る事で、週末のひとときをプレミアムな時間に変えてください。
あなたの「yes!」のために。

―放送時間―
TOKYO FM…SAT 18:00-18:30 / FM大阪…SAT 18:30-19:00
FM長野…SAT 18:30-19:00 / FM軽井沢…SAT 18:00-18:29

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第二十八話書き続ける力

作家、辻邦生の軽井沢の別荘は、軽井沢高原文庫に寄贈されました。
旧軽井沢にあった木造の家を設計したのは、磯崎新。
彼の作品の中でも名作の誉れが高い建築で知られています。
フランス文学者であり、西欧の影響を受けた芸術性の高い小説で有名な作家・辻邦生は、軽井沢を愛しました。
フランス留学から帰国した、39歳の夏。
初めて訪れて以来、夏は必ず貸別荘で過ごすようになりました。
51歳のとき、ついに別荘を購入。執筆は夏の軽井沢と決めました。
1999年、73歳で亡くなった場所も、別荘でした。
彼は旧制松本高校出身で、信州に強い愛着と思い入れを持っていたのかもしれません。
若かりし頃の寮での生活。そこで知り合った北杜夫とは終生、親交を持ちました。
学習院大学でフランス文学の教鞭をとっていた頃、彼は目白の中華料理店で学生からこんな質問を受けます。
「辻先生、作家になるには、どうしたらいいんですか?」
辻邦生は、しばし考え、端正な横顔を向けたまま、こう言いました。
「ひとと違う生き方をしたいなら、ひとと同じように生きていてはダメなんだ。そういう単純なことを、キミたち学生は忘れがちだ。努力が嫌なら、ひとと同じ道を選びなさい。作家にはね、いいか、努力が必要だ。どんなときも、どんなことがあっても、書き続ける力が必要なんだ」
大学の教授でありながら旺盛な執筆活動を死ぬまで続けた辻邦生。彼が心に培った、人生のyesとは?

作家、辻邦生は、1925年、東京の本郷に生まれた。
父は、新聞記者で琵琶奏者、母は医者の家系だった。
東大のフランス文学科に入り、研究者の道を志す。卒論は『スタンダール』だった。
大学院に進み、卒業後、結婚。立教大学の助教授を経て、後に、学習院大学文学部フランス文学科の教授になった。
32歳からの4年間、パリに留学したことが彼の人生の転機になった。
ヨーロッパの文化、その精神性や宗教観、芸術の奥深さに触れた。
異文化にひたることで、彼の中に化学変化が起きたことは間違いないだろう。
さらにそこで、彼はある事実を深く知るようになる。
それは西欧に落ちる、戦争の影。
特にアウシュヴィッツの現実は、彼に人間にとっての『希望』の在り方を提示した。

ロマン・ガリというフランスにいた作家の存在を知った。
ロマン・ガリの『天の根』という小説。
そこにはドイツの収容所に囚われたフランス軍の兵士が出てくる。
彼らは辛い現実に生きる望みを失っていく。
あるとき、ロベールという兵士がみんなに言った。
「ねえ、オレたちの中にさ、ひとりの可愛い素敵な女の子を創ってみようぜ」
兵士たちは、思い思いに空想した。
可愛い女の子がいることで、彼らは男らしく振る舞うようになった。
下品な話をしない。いつも凛とした態度でいた。
フランス兵たちの異変に気づいたドイツ兵は、収容された部屋に誰かをかくまっているのではないかと、床の下まで探した。
もちろん、何処にもいるはずがない。
結果、その部屋のフランス兵たちだけが生き延びることができた。
この話から、辻邦生は、後の人生を決めるあるものを受け取る。
フランス留学から戻って数年後、彼は『廻廊にて』という小説で、近代文学賞を受賞した。

作家、辻邦生が、ドイツ軍の捕虜になったフランス兵士から学んだこと。
それは『想像力』だった。それは『フィクションの力』だった。
彼は学生たちに語った。
「我々は、現実に閉じ込められている。そのドアを唯一開けられるのは、想像力なんです。でも、いくら想像してみても現実は何も変わらない、たとえば、お腹が空いているとして、いくら美味しいディナーを想像しても、ちっとも満腹になんかならないじゃないか!そう反論するひともいるでしょう、確かにそうです。でも、心の健康を保つには必要なんです、想像力が。物語が」
辻邦生がいちばん言いたかったのは、自分が知っている世界ではなく、「自分が好きな世界」を愛しなさいということだった。
心の健康は、誰も守ってくれない。心に羽を持たなければ、この世は生きていけない。

辻邦生は、自然を愛した。
旧制の松本高校に通うときも、山のぼりを好み、四季の中に時の移ろいを見た。
やがて彼の中に『言葉』を大切にする心が生まれた。
『言葉』こそ、人間にとって、想像力をかきたて、あるいは伝える最高の宝物に思えた。
自然を写し取る言葉。そこから想像する言葉。
「ピアニストがピアノを弾くように、絶えず書きなさい」
小説家を志すものに、そう伝えた。
絶えず書く。心に沸き起こること、目に見えるもの、全て書く。
書きたくなくても、書くことがなくても、書く。
そうして初めて書けるようになる。
書いたものにすぐ絶望してはいけない。
オレはダメだと決めつけてはいけない。
たった1回きりの人生を、ひたすら生きる。
書く喜びを知って、生きる。
誰にも文句を言わせてはいけない。他のひとの意見に耳を傾けるな。
「私はねえ、死ぬまで書き続けるよ」
その言葉どおり、信濃毎日新聞のエッセイは、亡くなる直前まで途切れることがなかった。
フランスで知った想像力の羽。その羽を形作る言葉を紡ぎ続けた。
書き続けることで、見えてくるものがある。
それは、フツウの生き方ではないけれど、フツウのひとに勇気を与える物語を産んだ。
軽井沢の別荘で最期を迎えるその寸前まで、おそらく彼の羽は、閉じることがなかったに違いない。

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PROFILE

  • 長塚 圭史

    語り:長塚 圭史

    1975年生まれ。東京都出身。96年、演劇プロデュースユニット「阿佐ヶ谷スパイダース」を旗揚げ、作・演出・出演の三役を担う。08年、文化庁新進芸術家海外研修制度にて1年間ロンドンに留学。帰国後の11年、ソロプロジェクト「葛河思潮社」を始動、三好十郎作『浮標(ぶい)』を上演する。近年の舞台作品に、『鼬(いたち)』、『背信』、『マクベス』、『冒した者』、『あかいくらやみ~天狗党幻譚~』、『音のいない世界で』など。読売演劇大賞優秀演出家賞など受賞歴多数。
    また、俳優としても、NHK『植物男子ベランダー』、WOWOW『グーグーだって猫である』、WOWOW『ヒトリシズカ』、CMナレーション『SUBARUフォレスター』など積極的に活動。

  • 北阪 昌人

    脚本:北阪 昌人

    1963年、大阪生まれ。学習院大独文卒。
    TOKYO FMやNHK-FMなどでラジオドラマ脚本多数。
    『NISSAN あ、安部礼司』(TOKYO FMなど全国FM37局ネット)、『ゆうちょ LETTER fo LINKS』(TOKYO FMなど全国FM38局ネット)、『世界にひとつだけの本』(JFN)、『AKB48の私たちの物語』(NHK-FM)、『FMシアター』(NHK-FM)、『青春アドベンチャー』(NHK-FM)などの脚本・構成を担当。『プラットフォーム』(東北放送)でギャラクシー賞選奨、文化庁芸術祭優秀賞受賞。『月刊ドラマ』にて、『ラジオドラマ脚本入門』連載中。
    主な著書に『世界にひとつだけの本』(PHP研究所)、『えいたとハラマキ』(小学館)がある。

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NEWS

特別版『オードリー・ヘップバーンが教えてくれる、明日へのyes!』
常盤貴子さん長塚圭史さん
風も、雨も、自ら鳴っているのではありません。 何かに当たり、何かにはじかれ、音を奏でているのです。
誰かに出会い、誰かと別れ、私たちは日常という音を、共鳴させあっています。
YESとNOの狭間で。
あなたは、自分に言っていますか?
YES!ささやかに、小文字で、yes!
毎週土曜日、明日(あした)への希望の風に吹かれながら、自分にyes!と言ったひとたちの物語を朗読でお届けしている番組『yes!明日への便り』。 1月8日は、その特別版「オードリー・ヘップバーンが教えてくれる、明日へのyes!」をお送りいたします。
2018年に没後25年を迎える稀代の大女優オードリー・ヘップバーンの波乱万丈な人生―女優になるまでの波乱に満ちた半生、輝かしい女優時代、ユニセフ親善大使として世界中の子どもたちに尽くした晩年までを、 女優の常盤貴子さんが演じます。
長塚圭史は「語り」の部分やオードリーの夫、また彼女の人生に影響を与えた映画監督の役を担当します。女優、オードリー・ヘップバーンが、私たちに教えてくれる、明日へのyes!とは?

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