第三百二十一話自分を信じ続ける
ロバート・A・ハインライン。
代表作、『夏への扉』は、今も世界中のひとに読み継がれています。
山下達郎は、この小説にインスパイアを受けて曲を書きました。
今年6月には、山﨑賢人主演で初の実写化。
映画『夏への扉 ―キミのいる未来へ―』として、公開されました。
65年前に発表されたSF小説『夏への扉』。
舞台は、小説発表当時には近未来だった、1970年のロサンゼルスです。
人工冷凍睡眠が実用化され、未来への片道旅行が流行っていた世界。
主人公ダンが飼っている猫のピートは、冬になると家中の扉を開けてくれとせがみます。
ピートは、扉のどれかが必ず、明るく楽しい夏へ通じていると信じて疑わないからです。
「夏への扉」を探しつづけ、決して諦めない猫と、友人に裏切られ、全てを失ったダンの物語…。
「未来からのタイムトラベルによる過去の変更」というSF小説の重要な命題に、一石を投じた作品でもあります。
リッキーという名の少女に、ダンは言います。
「リッキー・ティッキー・テイビー、キミがもし僕やピートにまた会いたいと思ったら、21歳にコールドスリープで眠りについて。目覚めたら、必ず、僕とピートがそこにいるから」。
閉塞した世の中に、希望を謳ったエンターテインメントは、多くの読者に感動を与え続けました。
ハインラインが、小説の中で創造したものの中に、後に実用化された製品が数多くあります。
『夏への扉』では、自動掃除ロボットや製図ソフトウェア、さらに、携帯電話や動く歩道、オンライン新聞、ウォーターベッド。
彼の想像力は、常に、現実を冷静に見つめる視点と共にあったのです。
ハインラインの人生は、順風満帆とは程遠く、軍隊生活や病気、度重なる転職、貧困など、幾多の試練の中にありました。
まさしく彼自身が「夏への扉」を探し続ける若き日々をおくったのです。
ただ彼には、誰にも負けない才覚がありました。
それは、自分を信じ続けるチカラ。
それが「扉」にたどり着く唯一の方法だったのです。
SF小説のレジェンド、ロバート・A・ハインラインが人生でつかんだ、明日へのyes!とは?
SF界の巨匠、ロバート・A・ハインラインは、1907年7月7日、アメリカ合衆国ミズーリ州で生まれた。
ドイツ系アメリカ人に生まれたこと、幼い日々をカンザスシティで暮らしたことは、のちのハインラインの人生哲学に多大な影響を与えた。
いじめ、差別、貧困に、殺戮(さつりく)。
人間の醜さと不条理。
そして、どうしようもなく不幸の渦から逃れられない人々。
そんな中、聖書は絶対で、誰もが熱心に教会に通った。
信じるものは、やがて救われる。
ハインライン少年は、心がヒリヒリする夜は、星を眺めた。
天文学が、彼の心を癒す。
宇宙の本を読む。
宇宙に思いを馳せると、なんでもできそうな気がした。
SF小説を読んだ。
想像の世界は、誰にも邪魔されなかった。
18歳のとき、空に憧れて、海軍士官学校に入学。
空母レキシントンに乗り、無線機器を扱い、飛行機に触れる機会を得る。
軍隊生活。
彼は規律を学び、忠誠心が大切であることを知った。
大きな目的のため、自分の役割を全うする心地よさを味わう。
順調に見えた海軍での暮らし。
しかし、最初の挫折が待っていた。
ハインラインは、結核を患い、27歳で除隊。
長い入院生活が待っていた。
ロバート・A・ハインラインは、27歳で結核を患う。
ベッドに横たわる日々。
白い天井を見つめながら、失意の毎日を過ごす。
思い出すのは、幼い頃読んだSF小説。
固いベッドの中に、もし水が入っていたら、どんなに快適だろう…。
ウォーターベッドの発想が生まれた。
退院後、もう一度数学や物理を学びたいと思い、UCLAの大学院に入るが、病気で思うように通えず、わずか数週間で退学。
混迷と貧困の生活が始まる。
不動産販売のセールスマン、銀の採掘現場での日雇い労働者、職を転々としながら、自らの理想の生き方を模索した。
政治活動にも興味が湧いた。
貧困のない世の中を説いた社会派の小説家、アプトン・シンクレアを支持し、彼の政治への進出を支援したが、敗北。
カリフォルニア州議会議員選挙では、自ら出馬したが落選。
借金を背負い、生活は絶望の淵に立たされた。
ただ、ハインラインは、根拠のない自分への自信を失わなかった。
「これがどん底なら、あとは上にあがるだけだ。ボクはやれる。道を探すことさえやめなければ、ボクがこのまま終わるわけがない」
彼は、借金返済のため、幼い頃、勇気をもらったSF小説を書き始める。
ハインラインは、32歳になっていた。
SF小説の金字塔を打ち立てた、ロバート・A・ハインラインは、第二次大戦中、海軍に復帰。
ペンシルベニア州のフィラデルフィア海軍造船所で働いた。
ここで奇しくも、後に共にSF界の重鎮になるアイザック・アシモフと一緒になった。
戦争のリアルな体験。
さらに広島・長崎への原爆投下に衝撃を受けたハインラインは、一時、フィクションを書くことをやめ、ノンフィクションにのめり込む。
事実があまりに強すぎると、フィクションの意味が見いだせない。
苦難に陥ったとき、迷いが生じたとき、彼が必ずやる儀式があった。
それは、自らの人生を振り返り、検証するということ。
自分は、何を目指し、何に価値を見出し、生きて来たか。
冷静に見直してみると、自信が湧いて来る。
「そうか、僕は僕なりに戦ってきた。大丈夫。僕はやれる。僕は負けない」
政治の世界で生きていけないなら、政治的な小説を書けばいい。
飛行機に乗れないなら、飛行機の物語を、今が困難であれば、今から逃げるサイエンスフィクションを書けばいい。
大切なのは、自分で自分を否定しないこと。
それでなくても、周りの人は自分を攻撃してくる。
せめて、己が己を守らなくてどうする。
作品が数々の批判や揶揄にさらされても、彼は平然としていた。
自分で自分を信じる。
そうでなくては、混迷を極める世界で生きていけないから。
「夏への扉」は、自分で見つけるものだから。
【ON AIR LIST】
タイム・トラベル / 原田真二
星降る夜の物語 The Story Of A Starry Night / グレン・ミラー楽団
夏への扉 The Door Into Summer / 山下達郎
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