第三百四十七話自分の心を言葉にする
尾崎豊(おざき・ゆたか)。
高校在学中のデビューから亡くなるまでのおよそ8年半で発表した曲は、全部で71曲。
『15の夜』『卒業』『I LOVE YOU』『シェリー』『OH MY LITTLE GIRL』などの大ヒット曲は、今も歌い継がれ、その圧倒的なライブパフォーマンスと、繊細で心を揺さぶる歌詞は、色あせるどころか、今を生きるひとに強烈なメッセージを投げかけています。
没後30年を記念した回顧展「OZAKI30 LAST STAGE 尾崎豊展」は、3月下旬から4月上旬まで松屋銀座で開催。
そのあと、静岡、福岡、大阪、広島など全国各地を巡回予定です。
この回顧展では、生前愛用した楽器や、創作ノート、楽譜、ステージ衣装など、200点以上の貴重な資料が展示されています。
この展覧会を契機に、2012年に没後20年を記念して、新潮社から刊行された書籍、尾崎のおよそ10年にわたる制作ノートをまとめた『NOTES―僕を知らない僕 1981-1992―』が再び話題になり、10年ぶりに重版されています。
『NOTES』の冒頭、まだアマチュア時代の尾崎の言葉は、こんなふうに始まっています。
「正直に生きたい。そう思う。
けど、この世の中、やりたいことだけ やって生きてゆくことはどうも出来ない様だ。
ぼくの心には 夢を見て夢を追いかけても しょせん 夢は夢でしかなく 夢に敗れ 挫折してゆくとゆう不安がいつもある。
そして ぼくは どうすればこの世の中で現実に夢をつかむことが出来るのか 思いをめぐらして見るんだ。」
尾崎豊の創作ノートを読むと、彼の心が浮かび上がってきます。
彼はいつも、あらゆることに全力でぶつかり、傷つき、どんなときも、自分の心を言葉にすることを忘れませんでした。
彼が遺した『NOTES』は、彼の戦いの歴史そのものだったのです。
「10代のカリスマ」と言われた孤高のシンガー・尾崎豊が人生でつかんだ、明日へのyes!とは?
尾崎豊は、1965年11月29日、東京都世田谷区の自衛隊中央病院で生まれた。
父は、防衛庁職員。空手、短歌、尺八と、多趣味だった。
尾崎は、練馬区で育つ。
おとなしく、シャイな少年だった。
父の教えで、空手は関東大会でチャンピオンになる。
また、父と一緒に山登りした思い出をこんな短歌に詠んだ。
「父のあと 追いつつ下る山道に 木の葉 洩る陽の かすかにさせり」
小学5年生のとき、埼玉県朝霞市に転居。
このことが、尾崎に最初の苦難を強いる。
転校生に、同級生はきつくあたった。
尾崎は、特に何もしなくても目立つ存在になっていた。
登校拒否。
学校に行けない日々が続く。
そんな彼を支えたのが、音楽だった。
自宅に、使わなくなった兄のギターがあった。
見よう見まねで弾いてみる。
かき鳴らす音が、小さな部屋に響いた。
基礎から習ったほうがいい、と父にアドバイスされても、首を横に振る。
「お父さん、ボクはギターがうまくなりたいんじゃないんだ。ただ、音楽がしたいんだ!」
尾崎豊は、かつての友人がいる練馬の中学に越境入学した。
フォークソングクラブに入り、誰よりもギターを練習する。
文化祭で、さだまさしの『雨やどり』を歌った。
透き通った綺麗な声。喝采をあびた。
うれしかった。
孤独だった日々が、報われる瞬間。
成績はよく、生徒会では書記をつとめた。
友だちと語る時間が、宝物だった。
ある日、仲間のひとりが、いきなり先生に髪の毛を切られた。
尾崎は、黙っていられない。
「なんの権利があって、そんなことをするんですか!」
反抗的な態度は、ますます強くなっていく。
中学校の近くの公園。
屋根がついたベンチで、友だちと夜遅くまでいろんな話をした。
恋愛、音楽、体制への反発。
彼はノートに記す。
「人は偽善者か 自分でその事に気付いていないだけです。
誰が、どんな生き方をしようといいのです。
ただぼくは 今の授業がそんな風につまらなくて 正直さが失われている様な気がするんです。」
尾崎豊は、青山学院高等部に進学。
オリジナル曲をつくり、ミュージシャンになることを心に決めた。
本が好きだった。
学校にアルバイト、わずかに空いた時間は、ギターの練習、楽曲づくりに、読書。
寝る時間がもったいなかった。
26歳で早世した、石川啄木の歌が好きだった。
「不来方(こずかた)の お城の草に寝ころびて 空に吸はれし 十五の心」
『一握の砂』の文庫は、ボロボロになるまで読んだ。
吉本隆明(よしもと・たかあき)の『共同幻想論』、エーリッヒ・フロムの『愛するということ』、サリンジャーの『ライ麦畑でつかまえて』など、さまざまな本に言葉を探した。
自分の心を映し出し、さらけ出す、言葉。
友だちがふと言ったひとことにも反応し、すぐにノートにかきなぐる。
「人間なんて 何なんだろ なぜ生まれてきたのだろう
ぼくはいつものように 電車にのりこんでいたんだ
どういえばいいだろ
くもり空からさす ひとすじの光
とてもすてきな やがて 青空が広がりはじめたんだ
この町でたったひとつ いちばん大きな夢」
尾崎豊は、自分の心を真摯に、誠実に言葉にすることで、誰もつかむことができない、虹をつかんだ。
【ON AIR LIST】
I LOVE YOU / 尾崎豊
卒業 / 尾崎豊
15の夜(THE NIGHT) / 尾崎豊
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