第三百四十四話手を抜かない、気を抜かない
忌野清志郎(いまわの・きよしろう)。
伝説という言葉は、少し違うかもしれません。
なぜなら、清志郎は常に現在進行形。
亡くなって13年の月日が経っても、少しも色あせることなく、多くのひとに支持され続けているのです。
シンプルで骨太なメロディーと、心にズシンと届く歌詞。
音楽で伝えるメッセージだけではなく、今を生きる若者たちへの言葉も発信しました。
新潮文庫『ロックで独立する方法』では、「成功」ではなく、「独立」を目指そうと提言。
現実と夢のギャップに悩む人たちに優しく語りかけています。
彼の名言集を集めた、百万年書房刊『使ってはいけない言葉』に、こんな言葉があります。
「今日で最後だって思って働けば、いい仕事できると思うんだよね。
特にボーカルなんてそう思わないと、やってらんないですからね。
今日はちゃんと歌えなくても明日やればいいやと思って、手を抜いて歌うなんてことできないですからね」
清志郎の晩年は、病との壮絶な戦いでした。
喉頭がん。
医者に手術をすすめられても、自分の喉にメスを入れることを最後まで拒否しました。
歌えなくなることは、死ぬことと同じ。
最後の直筆メッセージは、こんな言葉で終わっています。
「何事も人生経験と考え、この新しいブルースを楽しむような気持ちで治療に専念できればと思います。
またいつか会いましょう。夢を忘れずに!」
ザ・キング・オブ・ロック。
唯一無二のミュージシャン・忌野清志郎が人生でつかんだ、明日へのyes!とは?
RCサクセションのボーカル、『ぼくの好きな先生』、『雨あがりの夜空に』、『スローバラード』などで知られるミュージシャン・忌野清志郎は、1951年4月2日、東京都中野区に生まれた。
忌野は、芸名。
葬儀のときに貼られている「忌中」の、己に心と書く、忌むという字が、子ども心に印象に残っていた。
さらに、カナダで制作されたヘラクレスが主人公のアニメ『マイティ・ハーキュリー』で、敵役の鉄仮面が登場すると流れる「忌まわしい鉄仮面」というナレーションを覚えていた。
忌まわしいという字が、あの忌むだと知り、芸名に使う。
清志郎の実の母は、彼が3歳のときに他界。
母の姉を、ほんとうの母親だと思って育つ。
実の母のことを知ったのは、30歳半ばを越えてからだったという。
幼い頃、漫画が好きだった。
自分でも絵を画くようになる。
近所に、ひとつ上の世代の男性たちがいて、みなギターを弾いて、ニール・セダカやエルビス・プレスリーを歌っていた。
見よう見まねでギターを弾かせてもらったけれど、特別、興味はなかった。
中学に入り、ベンチャーズに出会って、全てが変わる。
エレキブーム。
ギターが欲しくて、たまらない。
お金がなくて買えないので、レコードのジャケットを参考にして、木を切って自分で作った。
弦が何本あるのかもわからないので、糸や針金を駆使して、それらしく完成させる。
教室の後ろにある、箒を入れるロッカーに、手製のギターをしのばせ、休み時間にかきならした。
曲も作ってみた。
英語の教科書に載っている言葉に歌をのせる。
クラスメートはいろいろ言ったが、かまわない。
音楽が、少しずつ自分の近くに寄って来た。
忌野清志郎は、高校に進学し、バンドを組んだ。
RCサクセション。
作詞・作曲に演奏。音楽にのめりこむ。
学校にはなじめないが、不良になるタイプでもない。
物静かな印象だったという。
マッシュルームカットに、ショッキングピンクに染めた白衣を着た清志郎が、美術室にいた。
絵を画く時間は、楽しかった。
美術の小林先生だけは、特別だった。
先生も、職員室が嫌いで、いつも美術室にいた。
清志郎の話に、唯一、耳を傾けてくれる。
ギターばかり弾いている息子を心配した母が、小林先生に相談すると、こう返された。
「大学に行っても、4年遊ぶわけですから、まあ、4年間、好きなことをとことんやらせてあげましよう、ね、お母さん」
RCサクセションは、『宝くじは買わない』でデビューを果たす。
その後、『ぼくの好きな先生』でヒットを飛ばすが、バンド活動は低迷していく。
ただ、清志郎は思っていた。
自分の音楽に手を抜かない。
それだけを貫けば、きっと光は射してくるはずだ。
忌野清志郎は、売れないときも、バイトに精を出すことはしなかった。
体力がなかったことが、よかったのかもしれない。
肉体労働は続かない。
新聞配達も数週間で辞めた。
「この俺が、バイトなんかやってちゃいけない」
居直ることにした。
『ロックで独立する方法』でも、彼は述べている。
食べるために始めたバイトが、やがて生活の主になり、音楽が趣味になっていったひとたちのことを。
もちろん、食べることが先決。
それは、わかっている。
でも、バイトが忙しくて練習ができないと嘆くとき、何か違わないかと自問することが大事だ。
「ミュージシャンになりたい」ではなく、「俺はこういう音楽がやりたい」というのが根っこにあれば、大丈夫だと、彼は優しく語りかける。
「いいかい、最後は、自分を信じるチカラだ。
じゃあ、そのチカラはどうやったらつくか?
それはもう、手を抜かない、気を抜かないことしかないんだよ。
練習に手を抜かない。
作る音楽に、一度たりとも気を抜かない。
それを続けていけば、きっと道は開ける。
がんばれ、若者! 夢を忘れずに!!」
【ON AIR LIST】
プライベート / 忌野清志郎&2・3'S
ぼくの好きな先生 / RCサクセション
奇妙な世界 / 忌野清志郎
激しい雨(2006.05.14 Private Session) / 忌野清志郎
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