第二百九十一話全ては自分の中にある
相米慎二(そうまい・しんじ)。
岩手県盛岡市で生まれた彼は、1980年、薬師丸ひろ子出演の『翔んだカップル』で監督デビュー。
翌年の『セーラー服と機関銃』で興行的に大成功をおさめ、1985年の『台風クラブ』は、第一回東京国際映画祭でグランプリを受賞し、名実ともに名監督の座にのぼりました。
その徹底した演技指導は、俳優を追い詰め、時に涙を流しても、相米は容赦しませんでした。
演技経験のあまりない少年少女にも、何回も何回も繰り返し演じさせました。
彼は俳優に、自分で考えることを強いたのです。
「おまえの役なんだから、もっと他にあるだろう! もっと面白いものがあるだろう! 役っていうのはな、役者がゼロからつくるんだ!」
撮影中、何度も精神的に奈落の底に落とされても、出来上がった映画を観ると、また相米慎二と組みたくなる。
多くの俳優がそう願い、「相米組」は伝説になりました。
没後20年の今年、再び相米監督の評価が世界的に高まっています。
2005年の韓国の映画祭での上映をきっかけに、2012年のフランス、イギリス、2015年のドイツなど、彼のフィルムは海を渡り、多くの若者の心を揺り動かし続けているのです。
53歳の若さで急逝。
監督した13作品には、相米の魂が焼き付いています。
彼は生前、学生たちに話していました。
キネマ旬報社のシネアストに、講演の様子が掲載されています。
「フィルムっていうのは、歌や呪いと同じように動物的感覚を持っているものです。私は映画は映し出されているそのものには別に価値はないと思っているんです。そこに映っていないもの、映し出されているものが内に秘めているものに、映画というものの本当の価値があると思っているのです」
鬼才・相米慎二が、人生でつかんだ明日へのyes!とは?
映画監督・相米慎二は、1948年1月13日、岩手県盛岡市に生まれた。
6歳のとき、父の転勤で北海道に移る。
ほどなくして、父が亡くなった。
その後、札幌、釧路と転校を繰り返す。
中学生のとき、なんとなく、自分は何者にもなれないような気がした。
世界と自分の乖離(かいり)。
とまどい、不安。
距離感がつかめない。
映画館は、唯一自分が自分でいられる居場所だったのかもしれない。
釧路の高校を出て、中央大学に入学。
でも、卒業を待たず中退。
その理由も経緯も、多くを語らなかった。
映画『青春の殺人者』や『太陽を盗んだ男』の監督、長谷川和彦と知り合う。
お金もやることもなかった相米は、長谷川の下宿に転がり込み、彼の口利きで、日活の撮影所に出入りするようになった。
助監督の下っ端。
ただ、なぜか動きや醸し出す雰囲気が、助監督のそれではない。
すでに監督の風格。
細かい雑用そっちのけで、カメラワークや俳優をいかに演出するか、しつこく監督に尋ねた。
目つきが鋭い。怖い。何を考えているのかわからない。
相米はすでに思っていたに違いない。
「映画は、人生を全て賭けるに値するものだ」。
映画監督・相米慎二の劇場映画デビュー作は、薬師丸ひろ子の出演第二作『翔んだカップル』だった。
すでに従来のアイドル映画の枠を超える演出がほどこされた。
薬師丸を鶴見辰吾が探すシーン。
手持ちのカメラで鶴見の目線で撮る。
長回しの緊張感、臨場感がスクリーンから伝わる。
さらに次の作品『セーラー服と機関銃』で、相米演出は早くも開花した。
薬師丸ひろ子を、吊り上げ、はり付けにする。
過激な演出は、役者を追い込む装置に思えた。
俳優が成長していくさまが、そのまま、映画の中の人物と重なる。
相米は、言い続けた。
「おまえがおまえであることを、自分で発見しなきゃいけないんだよ。誰も手助けなんかしてくれない。自分で見つけるしかないんだ。自分を、つかまえろ!」
ワンシーン・ワンカット。
それが相米慎二の代名詞になった。
長回しは、俳優、スタッフのエネルギーを集中させる。
朝から夕方日没まで、同じシーンの繰り返し。
カメラは回さない。
何度も何度もリハーサルを繰り返すうちに、役者からいろんなものが剥がれていく。
よく見せようとする演技、自己顕示、自己満足。
ようやくありのままの自分が姿を見せたとき、相米が大きな声を出す。
「よーい! スタート!」
映画監督・相米慎二は、照れ屋で人見知り。
初めて組む俳優がゴルフをすれば、ゴルフ場に誘った。
フェアウエーを歩きながら、ようやく映画の話をした。
お酒を飲みながら、新作の構想について饒舌に語った。
口は悪く、容赦ない。
でも、関わるひとみんなが相米を好きになる。
映画への情熱。
いいものを作るために妥協をしない粘り強さ。
関わるひと全てから120%引き出したいという熱意。
過酷な「相米組」を終えるとホッとするが、また戻ってきたくなると多くのひとがいう。
それはきっと、ひとは自分で自分を追い込むことができないからだ。
心底 愛情をもって、自分とは何かを気づかせてくれるひとは、なかなかいない。
もしかしたら、作品ごとにいちばん己を追い込んでいたのは、相米自身なのかもしれない。
「違う、違う、こんなはずじゃない。もっと出るはずだ、何かあるはずだ」
そんな思いで作り続けた13作品。
相米慎二の映画は、常に問いかける。
「おまえは、それでいいのか? そこでやめていいのか? もっとさらけだせ。自分から、逃げるな」
【ON AIR LIST】
Breakout / Swing Out Sister
セーラー服と機関銃 / 薬師丸ひろ子(映画『セーラー服と機関銃』)
情熱 / 斉藤由貴(映画『雪の断章 -情熱-』)
帰れない二人 / 井上陽水(映画『東京上空いらっしゃいませ』)
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