yes!~明日への便り~presented by ホクトプレミアム 霜降りひらたけ

第三百五話 ひとりを楽しむ -【東京篇】小説家 永井荷風-

yesとは?

  • 語り:長塚圭史
  • 脚本:北阪 昌人

『自分にyes!と言えるのは、自分だけです』
今週あなたは、自分を褒めてあげましたか?
古今東西の先人が「明日へのyes!」を勝ち取った命の闘いを知る事で、週末のひとときをプレミアムな時間に変えてください。
あなたの「yes!」のために。

―放送時間―
TOKYO FM…SAT 18:00-18:30 / FM大阪…SAT 18:30-19:00
FM長野…SAT 18:30-19:00 / FM軽井沢…SAT 18:00-18:29

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第三百五話ひとりを楽しむ

日和下駄とこうもり傘で東京の下町をくまなく歩き、街のうつろいを40年に渡り、日記にしたためた文豪がいます。
永井荷風(ながい・かふう)。
荷風は、その日記『断腸亭日乗』を亡くなる前日まで書き続けました。
激動の世相をとらえ、戦時中は、防空壕の中でも筆を走らせたと言われています。
独特のユーモアとペーソス。
何より自由な荷風のものの見方、文体は、今も多くの読者を魅了しています。
文京区春日に生まれた彼の筆塚が、荒川区南千住の寺にあります。
通称、三ノ輪の投げ込み寺「浄閑寺」。
吉原の遊女が眠るこの寺に、荷風の詩碑があるのは、彼が花柳界を愛したことに起因しています。
『断腸亭日乗』を書き始めた37歳のときから、彼は、独身を謳歌し、自由であることを最大のテーマに掲げました。
「この世で最も強い人間とは、孤独であるところのひとである」
というイプセンの言葉を実践するように、荷風は、弟子に「ひとりぼっちで寂しくないですか?」と問われると、こんなふうに答えました。
「あなたは、老人のひとりぐらしを見て気の毒がるかも知れないが、ぼくはひとりで暮らしていても、自由という無二の親友と一緒にいるということを見抜いてくれなきゃ困りますぜ」
広津柳浪や森鴎外に師事し、文学を学び、アメリカやフランスで遊学。
慶應義塾大学文学部の主任教授になり、『三田文学』を創刊。
谷崎潤一郎や泉鏡花のデビューの後押しをした稀代の知識人は、世間に軽蔑されることを厭わず、とにかく自由であることを守り続けたのです。
「ひとの顔色ばかりうかがって、大切なものを見失うなよ」
荷風は、ひとりを楽しむことを、己の生涯を賭けて推奨したのかもしれません。
作家・永井荷風が人生でつかんだ、明日へのyes!とは?

小説家、劇作家、随筆家であり、翻訳家でもある、明治、大正、昭和を生き抜いた文豪、永井荷風は、1879年12月3日、東京市小石川区、現在の東京都文京区春日に生まれた。
父は、プリンストン大学やボストン大学に留学したことのある、内務省に勤めるエリート官僚だった。
厳格な父の監視下、小学校初等科、高等科、尋常中学校と、優秀な成績で進む。
また母の影響で、歌舞伎や邦楽を知る。
漢学、書、日本画など、文化にも触れ、教養も身につけ、荷風自身も、父のようにエリートの道を歩くのだと信じて疑わなかった。
ところが…彼の人生を大きく変える出来事が起こる。
15歳のとき、リンパ節が結核菌におかされ、1年間の休学を余儀なくされた。
一日中、床に臥す。
天井の模様を眺め、窓の向こうの雨の音に耳を傾ける。
荷風は、読書を許された。
『水滸伝』、『南総里見八犬伝』、そして『東海道中膝栗毛』を夢中になって読む。
そこで彼は、あることに気が付いた。
「さみしくない…いやそれどころか、ぼくは、布団から動けないでいるのに、自由だ! 想像の世界は、誰にも邪魔されない!」
物語を創る小説家という存在を、初めて意識した。

森鴎外を先生と仰ぎ、谷崎潤一郎や泉鏡花を世に送り出した文豪、永井荷風は、1年間の休学中にすっかり文学の虜になった。
後に、彼は述懐している。
「私にこの1年間がなかったら、私は一家の主人になり、親となり、人並みの一生涯を送ったことであろう」
中学に復学するが、同級生とはなじめなかった。
1年、年長であるがゆえに、精神的な距離を感じる。
向こうも、妙に気をつかう。
誰とも遊ぶことなく、運動場の片隅でひとり漢詩や俳句を詠んだ。
孤独だった。先生でさえ、荷風を持て余す。
頭はいいが、誰かと交わることがない。
口を開けば、同級生を論破してしまう。
荷風は、「ひとり時間」を大切にして、ますます文学にのめり込んでいった。
中学を卒業後、エリートの登竜門、第一高等学校の受験に失敗。
父をたいそう落胆させる。
このとき、荷風は舵を切った。
「ぼくは、全うに生きることより、ひとりであることを楽しみたい」
せっかく入った外国語学校も2年で中退してしまう。
「ボクは、小説が書きたい」

永井荷風は20歳で、小説家・広津柳浪の門をたたき、弟子になる。
さらに江戸文学研究のため、落語家にも弟子入り。
歌舞伎座の座付き作家としても活動し、夜間学校に通い、フランス語も学ぶ。
その全てが、小説のためだった。
文学という底なし沼にのめり込んでいく息子を心配した父は、荷風をアメリカに送る。
実業を知ってもらうためだったが、もはや荷風の文学への傾倒を止めることはできなかった。
アメリカでもフランスでも、仕事そっちのけで、オペラや演奏会に通う。
ドビュッシーなど、ヨーロッパの近代音楽家をいち早く日本に紹介した功績ものちに讃えられた。

「ぼくは、若いときにねえ、自分の好きなことをやって生きようと思ったんですよ。
好きなことをやって生きられるほど、世の中、甘くない、百人に会えば、百人ともそう言いました。
でもね、じゃあ、あなたは試したんですか?って尋ねると、何も言い返せない。
好きなことをやれば、家族はつくれない、誰ともうまくいかない、そう言われますが…だったら、家族なんかいらない。誰ともうまくいかなくていい。
好きなときに、好きなように、東京を散歩したいですよ。
雨も降らないのに、こうもり傘持ってね」

確かに、褒められた人生ではなかった。
ただ、彼は、楽しみと引き換えに孤独も請け負った。
だからこそ、遊郭に生きるしかない遊女の哀しみや、どんなに働いても生活が苦しい庶民に、寄り添うことができた。
今日も、永井荷風は下町を歩く。
ひとびとの営み、草木のうつろい、世の中の変化を感じながら…。
「人間は、ひとりで生まれ、ひとりで死んでいく。どうか、ひとりを楽しんでください」

【ON AIR LIST】
ヴァロッテ / ジュリアン・レノン
月の光 / ドビュッシー(作曲)、ジャック・ルヴィエ(ピアノ)
ひとりで生きてゆければ / オフコース
オンリー・ザ・ロンリー / ロイ・オービソン

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今週のRECIPE

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霜降りひらたけとズッキーニの“涼”酢の物

今回は、暑い時期におすすめの料理をご紹介します。

霜降りひらたけとズッキーニの“涼”酢の物
カロリー
82kcal (1人分)
調理時間
15分
使用したきのこ
霜降りひらたけ
材料
【2人分】
  • 霜降りひらたけ
  • 1パック
  • ズッキーニ
  • 1本
  • 茹でだこ
  • 60g
  • 小さじ1/4
  • 【A】しょう油
  • 小さじ2
  • 【A】酢
  • 小さじ2
  • 【A】みりん
  • 小さじ2
  • サラダ油
  • 小さじ1
  • わさび
  • 適宜
作り方
  • 1.
  • 霜降りひらたけは小房にほぐし、サラダ油を熱したフライパンに入れ、こんがり焼き、冷ます。
  • 2.
  • ズッキーニは薄切りにして塩でもみ、5分ほどおく。しんなりしたら水気を絞る。
  • 3.
  • たこはぶつ切りにし、ズッキーニと合わせる。
  • 4.
  • ズッキーニ、たこ、霜降りひらたけを器に盛りつけ、【A】を回しかけ、わさびを添える。
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ARCHIVE

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番組へのメッセージ

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PROFILE

  • 長塚 圭史

    語り:長塚 圭史

    1975年生まれ。東京都出身。96年、演劇プロデュースユニット「阿佐ヶ谷スパイダース」を旗揚げ、作・演出・出演の三役を担う。08年、文化庁新進芸術家海外研修制度にて1年間ロンドンに留学。帰国後の11年、ソロプロジェクト「葛河思潮社」を始動、三好十郎作『浮標(ぶい)』を上演する。近年の舞台作品に、『鼬(いたち)』、『背信』、『マクベス』、『冒した者』、『あかいくらやみ~天狗党幻譚~』、『音のいない世界で』など。読売演劇大賞優秀演出家賞など受賞歴多数。
    また、俳優としても、NHK『植物男子ベランダー』、WOWOW『グーグーだって猫である』、WOWOW『ヒトリシズカ』、CMナレーション『SUBARUフォレスター』など積極的に活動。

  • 北阪 昌人

    脚本:北阪 昌人

    1963年、大阪生まれ。学習院大独文卒。
    TOKYO FMやNHK-FMなどでラジオドラマ脚本多数。
    『NISSAN あ、安部礼司』(TOKYO FMなど全国FM37局ネット)、『ゆうちょ LETTER fo LINKS』(TOKYO FMなど全国FM38局ネット)、『世界にひとつだけの本』(JFN)、『AKB48の私たちの物語』(NHK-FM)、『FMシアター』(NHK-FM)、『青春アドベンチャー』(NHK-FM)などの脚本・構成を担当。『プラットフォーム』(東北放送)でギャラクシー賞選奨、文化庁芸術祭優秀賞受賞。『月刊ドラマ』にて、『ラジオドラマ脚本入門』連載中。
    主な著書に『世界にひとつだけの本』(PHP研究所)、『えいたとハラマキ』(小学館)がある。

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NEWS

特別版『オードリー・ヘップバーンが教えてくれる、明日へのyes!』
常盤貴子さん長塚圭史さん
風も、雨も、自ら鳴っているのではありません。 何かに当たり、何かにはじかれ、音を奏でているのです。
誰かに出会い、誰かと別れ、私たちは日常という音を、共鳴させあっています。
YESとNOの狭間で。
あなたは、自分に言っていますか?
YES!ささやかに、小文字で、yes!
毎週土曜日、明日(あした)への希望の風に吹かれながら、自分にyes!と言ったひとたちの物語を朗読でお届けしている番組『yes!明日への便り』。 1月8日は、その特別版「オードリー・ヘップバーンが教えてくれる、明日へのyes!」をお送りいたします。
2018年に没後25年を迎える稀代の大女優オードリー・ヘップバーンの波乱万丈な人生―女優になるまでの波乱に満ちた半生、輝かしい女優時代、ユニセフ親善大使として世界中の子どもたちに尽くした晩年までを、 女優の常盤貴子さんが演じます。
長塚圭史は「語り」の部分やオードリーの夫、また彼女の人生に影響を与えた映画監督の役を担当します。女優、オードリー・ヘップバーンが、私たちに教えてくれる、明日へのyes!とは?

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