yes!~明日への便り~presented by ホクトプレミアム 霜降りひらたけ

第二百八十七話 言葉を大切にする -【福井篇】俳優 宇野重吉-

yesとは?

  • 語り:長塚圭史
  • 脚本:北阪 昌人

『自分にyes!と言えるのは、自分だけです』
今週あなたは、自分を褒めてあげましたか?
古今東西の先人が「明日へのyes!」を勝ち取った命の闘いを知る事で、週末のひとときをプレミアムな時間に変えてください。
あなたの「yes!」のために。

―放送時間―
TOKYO FM…SAT 18:00-18:30 / FM大阪…SAT 18:30-19:00
FM長野…SAT 18:30-19:00 / FM軽井沢…SAT 18:00-18:29

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第二百八十七話言葉を大切にする

福井県を愛し、「福井はなんでも日本一だ!」と生涯言い続けた、昭和の名優がいます。
宇野重吉(うの・じゅうきち)。
彼は、生まれ育ったふるさとのことがとにかく自慢で、「ふくいでは、雪と佛(ほとけ)とおらがそば」と書にしたためました。
「越前おろし蕎麦」。
大根おろしが入ったつけ汁で、薬味をかけた蕎麦をすするひとときを至福のときと、豪語してはばかりませんでした。
そんな宇野には、幼心に鮮明に刻まれた記憶があります。
旅役者の芝居小屋。
風にはためく色とりどりの無数ののぼりは、少年の心をとらえて離しませんでした。
舞台を真剣に見ている村人たち。
役者がひとこと言うたびに、笑ったり泣いたりしている、まるで魔法にでもかかったように。
異世界への入り口はいつも、言葉でした。
晩年、宇野は、肺ガンに侵されましたが、満身創痍の中、亡くなる数か月前まで舞台に立ち続けました。
舞台袖で酸素吸入を受けても、セリフをしっかりと、言葉をちゃんと届ける演技は、健在でした。
俳優座や文学座と並ぶ、劇団民藝を立ち上げ、俳優が演劇だけで生活ができるようにという経営者の側面を持ち、一方で、演出家としては、全く妥協を許さない鬼になりました。
ただ、ふだんは気さくなひと。
宇野の優しさを物語る、こんなエピソードがあります。
民藝の劇団員だった吉行和子が、民藝を辞め、他の舞台で芝居をやりたいと申し出たときのこと。
総会が開かれ、皆、吉行を怒り、反対したのですが、宇野は、「役者が本当にやりたいことを見つけることは、とても大切なことだから、みんなで送りだしてあげようじゃないか」と、幹部を説得したと言います。
人間味あふれる芝居の神様、宇野重吉が人生でつかんだ明日へのyes!とは?

劇団民藝をつくった昭和の名優、宇野重吉は、1914年9月27日、福井県足羽郡下文殊村に生まれた。
家は、裕福な農家。
父は、まわりのひとから、東の旦那と呼ばれていた。
宇野は、わんぱくだった。
野山をかけまわり、近所の子どもと一緒に、あたりが暗くなるまで遊んだ。
しかし、何不自由ない生活は、長く続かなかった。
4歳のとき、父が39歳の若さで亡くなる。
9人の子どもを抱えた母は、途方に暮れた。
彼女はお嬢様育ちで、稼ぐ術を知らなかった。
宇野が小学3年生のとき、家計は逼迫し、実家や所有していた田畑を売ることしか生きていく道はないという状況に追い込まれる。
引っ越したのは、福井市の裏長屋。
鳥小屋を改築した家だった。
狭い二間に、家族は体を寄せ合い、暮らした。
村から都会に出てきた宇野は、洋服を持っておらず、着物のまま小学校に登校し、からかわれる。
でも、気にしない。こうしているのは、自分のせいではない。
自分のせいでないのであれば、うつむく必要などない。
ただ、同級生や先生の言葉には、傷ついた。
何気ないひとことが、切れ味鋭い包丁になる。
悪意ある言葉を聞くたびに、自分はそういう言葉を使いたくないと思った。

舞台、映画、テレビドラマで観るひとの心をとらえた名優、宇野重吉。
彼が小学校を卒業する頃には、家の貯金がゼロになった。
それでも宇野は、中学校に進学したく、母に内緒で名門・福井中学を受験した。
結果は、見事合格。うれしかった。
結果を知らせるために、家に走った。
何度も下駄が脱げそうになる。
母に報告したい気持ちが先走る。
きっと喜んでくれるはずだ、すごいねと褒めてくれるに違いない。
勢いよく、引き戸を開ける。
「お母さん、僕ね、受かったよ、福井中学に受かったんだよ!」
しかし、母の目は冷たかった。
さらに、こんな言葉が飛んできた。
「誰が授業料、払うの?」
ショックだった。
せめて最初の言葉は、「よかったね!」であってほしかった。
そのとき以来、母への不信感が生まれた。
言葉は、怖い。
瞬時に発した言葉で、大きな亀裂が生まれてしまう。
宇野は、旅芸人に言葉の素晴らしさを教えてもらったが、言葉の怖さも心に刻んだ。
宇野重吉が生涯、福井を愛し続けたのは、もしかしたら、母に褒めてほしかった思いの裏返しかもしれない。

宇野重吉は、兄弟の援助で一度は福井中学に入学するが、学費が続かず、辞めてしまう。
どうするあてもない中、彼は東京に旅立った。
東京なら、仕事が豊富にある。
稼いで、また学校に通えばいい。
上京して、まず彼が魅かれたのが、演劇だった。
不況で、労働者が虐げられている社会。
労働者を守り、資本家を糾弾する、プロレタリア演劇が盛んだった。のめりこむ。
幼い日に見た旅公演ののぼりが、脳裏に浮かんだ。
小林多喜二に傾倒。
劇作家になりたいと思い、日本大学芸術学部演劇科に進学する。
住み込みで新聞配達をして、学費を稼ぐ。
きつかった。
朝まだ早くに自転車を走らせ、新聞を配る。
雨の日も雪の日も、風の日も。
やがて、「左翼劇場」に入団。仲間と寝食を共にした。
劇団という形態に、思いをはせる。
紆余曲折を経て、どうせなら自分でやりたい劇団をつくろうと、朋友、滝沢修(たきざわ・おさむ)と民藝を立ち上げる。
演じる側で、自らの居場所を見つけたと思いつつ、どこか満ち足りない日々を送っていた。
言葉…言葉…言葉。
いい脚本に出会いたい。
かねてから、木下順二という劇作家の言葉が好きだった。
心に響く。
彼の戯曲を演じたい。
『婦人公論』という雑誌に彼の新作が掲載されると知り、なけなしのお金を出して、発売日に新橋駅で買った。
横須賀線に乗り、立ったまま読む。
体が震えた。すごかった。
このときの感動を宇野は、生涯忘れなかった。
電車の窓は割れっぱなし、お腹はすいてぐうぐういっている。
寒々しい戦後の風景の中で、言葉だけが生きていた。
戯曲『夕鶴』。
この本は、宇野重吉のライフワークになる作品になった。
たったひとつの言葉で母に裏切られたからこそ、名優、宇野重吉は、たったひとことを終生大切にした。

【ON AIR LIST】
THE WORD / The Beatles
PRETEND / Nat King Cole
SOMETIMES I FEEL LIKE A MOTHERLESS CHILD / Harry Belafonte
オペラ『夕鶴』第一部 前奏―子供たち、与ひょう「じやんにきせるふとぬうの…」 / 木下順二(原作・脚本)、團伊玖磨(作曲)、東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団、小林一男(テノール)、鹿児島市立少年合唱団

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今週のRECIPE

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霜降りひらたけとオクラの梅だれ

今回は、福井の特産でもある、梅を使った料理をご紹介します。

霜降りひらたけとオクラの梅だれ
カロリー
71kcal (1人分)
調理時間
10分
使用したきのこ
霜降りひらたけ
材料
【2人分】
  • 霜降りひらたけ
  • 1パック
  • オクラ
  • 5本
  • 長芋
  • 60g
  • 大さじ2
  • 梅干し
  • 1個
  • 【A】薄口しょうゆ
  • 小さじ2
  • 【A】みりん
  • 小さじ2
作り方
  • 1.
  • 霜降りひらたけは小房にほぐし、長芋は千切りにする。梅干しは叩いておく。
  • 2.
  • フライパンにオクラを入れて酒をふり、フタをして弱火で2分ほど蒸し茹でする。霜降りひらたけを入れて更に4分ほど蒸す。
  • 3.
  • 火が通れば水気を切って冷まし、オクラは小口切りにする。
  • 4.
  • 具材を器に盛りつけ、叩いた梅と【A】を合わせ、回しかける。
  • recipe LIST

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番組へのメッセージ

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PROFILE

  • 長塚 圭史

    語り:長塚 圭史

    1975年生まれ。東京都出身。96年、演劇プロデュースユニット「阿佐ヶ谷スパイダース」を旗揚げ、作・演出・出演の三役を担う。08年、文化庁新進芸術家海外研修制度にて1年間ロンドンに留学。帰国後の11年、ソロプロジェクト「葛河思潮社」を始動、三好十郎作『浮標(ぶい)』を上演する。近年の舞台作品に、『鼬(いたち)』、『背信』、『マクベス』、『冒した者』、『あかいくらやみ~天狗党幻譚~』、『音のいない世界で』など。読売演劇大賞優秀演出家賞など受賞歴多数。
    また、俳優としても、NHK『植物男子ベランダー』、WOWOW『グーグーだって猫である』、WOWOW『ヒトリシズカ』、CMナレーション『SUBARUフォレスター』など積極的に活動。

  • 北阪 昌人

    脚本:北阪 昌人

    1963年、大阪生まれ。学習院大独文卒。
    TOKYO FMやNHK-FMなどでラジオドラマ脚本多数。
    『NISSAN あ、安部礼司』(TOKYO FMなど全国FM37局ネット)、『ゆうちょ LETTER fo LINKS』(TOKYO FMなど全国FM38局ネット)、『世界にひとつだけの本』(JFN)、『AKB48の私たちの物語』(NHK-FM)、『FMシアター』(NHK-FM)、『青春アドベンチャー』(NHK-FM)などの脚本・構成を担当。『プラットフォーム』(東北放送)でギャラクシー賞選奨、文化庁芸術祭優秀賞受賞。『月刊ドラマ』にて、『ラジオドラマ脚本入門』連載中。
    主な著書に『世界にひとつだけの本』(PHP研究所)、『えいたとハラマキ』(小学館)がある。

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NEWS

特別版『オードリー・ヘップバーンが教えてくれる、明日へのyes!』
常盤貴子さん長塚圭史さん
風も、雨も、自ら鳴っているのではありません。 何かに当たり、何かにはじかれ、音を奏でているのです。
誰かに出会い、誰かと別れ、私たちは日常という音を、共鳴させあっています。
YESとNOの狭間で。
あなたは、自分に言っていますか?
YES!ささやかに、小文字で、yes!
毎週土曜日、明日(あした)への希望の風に吹かれながら、自分にyes!と言ったひとたちの物語を朗読でお届けしている番組『yes!明日への便り』。 1月8日は、その特別版「オードリー・ヘップバーンが教えてくれる、明日へのyes!」をお送りいたします。
2018年に没後25年を迎える稀代の大女優オードリー・ヘップバーンの波乱万丈な人生―女優になるまでの波乱に満ちた半生、輝かしい女優時代、ユニセフ親善大使として世界中の子どもたちに尽くした晩年までを、 女優の常盤貴子さんが演じます。
長塚圭史は「語り」の部分やオードリーの夫、また彼女の人生に影響を与えた映画監督の役を担当します。女優、オードリー・ヘップバーンが、私たちに教えてくれる、明日へのyes!とは?

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