第四十九話志を貫く
三方を海に囲まれ、歴史と文化に彩られたこの場所は、明治維新以降、多くの政治家を輩出したところでもあります。
その流れの源にいる長州の偉人が、吉田松陰です。
山口県萩市には、今も松陰ゆかりの場所がいくつもあります。
松陰神社、誕生の地、墓地、そして国の指定史跡になっている松下村塾。
わずか8畳から始まったこの塾こそが、のちの日本をリードする多くの人物を生み出した原点になりました。
伊藤博文、高杉晋作、山縣有朋、近代日本の礎を築いた彼らは、松陰の教えを生涯、大切にしました。
吉田松陰は、わずか30年の生涯を、己の思いや思想を、行動や言葉で示すことに費やしたのです。
「己に真の志あれば、志無き者は、おのずから引き去る。恐るるにたらず」
「志を立てるためには、人と異なることを恐れてはならない」
松陰の言葉には、『志』という一文字が、数多く入っています。
幕末の混迷の中、己の志を貫くということは、命がけ。
それでも松陰は、日本の行く末を思い、よりよき日本を目指すことを本懐としました。
彼は塾生に言いました。
「死して不朽の見込みあらば、いつでも死ぬべし。生きて大業の見込みあらば、いつでも生くべし」。
自分が何かの役に立つのであれば、死のうが生きようがかまわない。
牢獄に入れられ、ひどい扱いを受けても、その志を曲げなかった吉田松陰が大切にした、明日へのyesとは?
吉田松陰は、1830年、今の山口県萩市に生まれた。
父は、長州藩の藩士、杉百合之助。
下級武士で、農作業をしないと暮らせないほど貧しかったが、家族思いで慈悲深い男だった。
子供たちに畑仕事の手伝いをさせながら、勉強を教えた。
次男だった松陰は、5歳の時、吉田家に養子に出される。
吉田家は、長州藩山鹿流の兵学師範の家柄だった。
兵学とは、武士としての心得に始まり、戦略戦術を学ぶ、厳しい学問。
何もわからぬ松陰の師匠に選ばれたのが、叔父の玉木文之進だった。
文之進が、自宅に作った塾こそが元祖「松下村塾」だ。
その教育方針はスパルタで知られていた。
松陰も、叔父、文之進に厳しく鍛えられた。
ある日、頬にとまった蚊に気をとられていると、文之進に激しく叩かれた。
「おぬし、何をしておる!」
幼い松陰は答えた。
「はい、蚊に刺されてかゆかったものですから」
「ばかもん!」文之進は烈火のごとく怒った。
「おぬしは、朝起きてから寝るまで。いや寝ている時も武士であらねばならぬ。武士とはなにか?公のために、自らをささげるものだ!かゆいなどという私事を優先させるな!」
子供ながら、松陰の心にある思いが刻まれた。
「何かを成せるものは、自らを律する力を持つものである」。
吉田松陰は、猛勉強した。
天賦の才もあったに違いないが、努力のひとだった。
11歳のときには、長州藩の学校の先生になり、藩主の前で兵学の講義をするまでになった。
このままいけば藩の中での地位を確立できる。
でも、松陰は思っていた。
「オレは、もっともっと広い世界がみたい。我が国の沿岸には、異国の船が出没しているという。外に出たい!」
その要求は通り、長崎の平戸に遊学が認められた。
そこで欧米各国がアジアの国々に迫っている事実を知る。
さらに全国を旅した松陰は、日本の将来を憂えた。
「我が国は、このままでいいわけがない」
江戸に滞在しているときに、ペリー来航に遭遇。
黒船を見て、日本が世界に取り残されていることを痛感した。
松陰にとって大切なのは、行動すること。
いくら高邁な思想を持っていても、動かなければ、思わなかったも同じ。
彼は海外に行きたいと願い、密かにペリーの船に近づいた。
当時、無断で海外に出ることは死罪に匹敵する重罪だった。
見つかり、つかまった松陰は、長州に強制的に連れ戻され、牢獄に入れられた。
それでも彼は、少しも後悔しない。
牢獄の中で囚人に講義をして、出獄すると、松下村塾を主宰して、たくさんの若者に教えた。
「夢なきものに、理想なし。理想なきものに、計画なし。計画なきものに、実行なし。実行なきものに、成功なし。ゆえに、夢なきものに成功なし」
吉田松陰が幽閉中に開いた、松下村塾。その教育方針は、破天荒だった。
24時間、いつ来てもいい。
月謝は米を持ってくれば良し。
テストはない。
それぞれの学力、やりたいことを優先して個別指導。
身分は問わない。
どんな生徒でもいいところを見つけ、それを伸ばすことに誠意を尽くした。
「悪いところを指摘するのは誰にでもできる。大事なのは、原石を磨くということだ」
松陰が最も力を入れた授業が歴史だった。
彼は塾生に言った。
「歴史を学び、偉人たちの行動を知り、自分のやる気を高めるんだ。いいか、歴史を学ぶときのコツは、自分自身も偉人になりきることだ。偉人の境遇に自らを置くことで、知恵がつく」
実際、彼の講義は熱かった。
主君のために死を決して行動する場面ではぼろぼろと涙を流して熱弁をふるった。
反対に悪い殿様に翻弄される家臣になると、怒りに声を荒げた。
松陰の講義に合わせ、塾生たちは、泣き、怒りに体をふるわせた。
魂の授業。
塾生たちは、吉田松陰に心酔した。
ただ講義をするばかりではない。
実際に行動し、常に志を貫こうとする気持ちに、後輩たちは、うたれた。
わずか30年の人生。
でも、松陰は、たくさんのひとに、希望という種を届けた。
「いいか、まずは志を持て。そして、動け。何かを動かすには、それしかない」
【ON AIR LIST】
Don't Stop Believin' / Journey
Go Do / Jonsi
We Are Young (featuring Janelle Monae) / FUN.
Dream Baby Dream / Bruce Springsteen
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