第三百四十八話自分の歌を歌う
エルヴィス・プレスリー。
彼がいなければ、ビートルズもクイーンも存在しなかった、と言われる偉大なアーティストの人生を描いた伝記映画が、7月公開されます。
タイトルは『エルヴィス』。
監督は、『ムーラン・ルージュ』、『華麗なるギャツビー』の、バズ・ラーマン。
歌もダンスも吹き替えなしでエルヴィスを演じるのは新鋭、オースティン・バトラー。
エルヴィスをサポートした悪名高きマネージャーは、名優・トム・ハンクスが演じます。
アメリカ・テネシー州メンフィスで、満足に服も買えない貧しい少年時代を過ごしたエルヴィスが、世界史上最も売れたソロアーティストにまで昇りつめた半生は、まさにアメリカンドリームの先駆けでした。
42年という短い生涯で、彼は、自身がたどり着きたかった場所に、ほんとうに到達できたのでしょうか?
彼は、若きミュージシャンに、こんな言葉を残しています。
「どこへ行きたいのかわからなければ、目的地に着いても気づかないんだよ」
幼い頃から黒人音楽に触れ、黒人のように歌う初めての白人としてマスコミに取り上げられたとき、彼を取り巻く時代や環境は、決して、おだやかなものではありませんでした。
激しく動く下半身やパフォーマンスも、熱狂するファンがいる一方、非難の的でもあったのです。
賞賛とバッシング。
成功と孤独。
嵐のさなかにありながら、彼が守ったもの。
それは、自分の歌を歌う、ということでした。
最愛の母に約束した、唯一の矜持(きょうじ)。
誰のものでもない自分の人生を、価値あるものにするかしないかは、全て、自分がどう生きるかにかかっている。
伝説のミュージシャン、エルヴィス・プレスリーが人生でつかんだ、明日へのyes!とは?
エルヴィス・プレスリーは、1935年1月8日、アメリカ合衆国ミシシッピ州テューペロで生まれた。
双子の兄弟がいたが、生まれてすぐに亡くなる。
母は、エルヴィスに言い続けた。
「おまえは、すごい子になるよ。だって二人分の人生を生きるんだから」
父は、不渡り小切手の一件で服役。
暮らしは、極めて貧しかった。
食べるものもない。
いつも空腹で、着る服も一着だけ。
学校に行くのが、恥ずかしい。
それでも、エルヴィスは、意気消沈している母に語った。
「ママ、いつかさ、ボクが稼いで、ママにキャデラックを買ってあげるよ。パパの分も合わせて、2台! あと、大きな家もね、ボクが建てる」
9歳のとき、古いギターを買ってもらった。
音楽に夢中になる。
音を奏でていると、自分が自分を越えていくような感覚を味わった。
13歳のとき、一家は、再起をかけて、テネシー州メンフィスに引っ越す。
貧しい黒人の労働者が多い町だった。
ある日、学校からの帰り道。
今まで聴いたことのない調べが流れていた。
粗末なテントでのゴスペル集会。
中をのぞくと、全員、黒人だった。
みんな歌い、踊り、神に祈る。
ゴスペルは彼の心をつかんだ。
こうしてエルヴィスは、最初の舟を見つけた。
自分を遠くに連れていく、希望という名の舟。
エルヴィス・プレスリーは、13歳のとき、初めてゴスペル音楽に出会った。
当時のメンフィスは、南部の主要都市として、急速に発展。
音楽都市としても、勢いがあった。
エルヴィスは、やせて、ひ弱な少年。
学校では、貧乏なせいでいじめられ、孤独だった。
放課後の黒人教会めぐりだけが生きがいだった。
バルコニー席から、聖歌隊や歌い手の動きやリズムの取り方を観察。
家に帰って、徹底的に真似た。
歌のうまい牧師がいると一緒に歌い、会場の笑いを誘った。
ゴスペルショーのメンフィスでの最高峰は、パリス公会堂。
毎日通う。
でも、入場料が払えない日があった。
熱心に通う白人は、彼ひとりだったので、彼が来ないと目立った。
黒人のゴスペルシンガー、J・D・サムナーがエルヴィスに目をつけ、言った。
「坊主、ゴスペルがそんなに好きか?」
「はい」
「じゃあ、今度から、楽屋口から入ればいい。ただで入れてやる」
うれしかった。飛び上がるほど、うれしかった。
のちにエルヴィスは、成功を勝ち取ったとき、自らのコンサートにJ・D・サムナーを招いた。
エルヴィスは、言った。
「入場料は、いりません。楽屋口から、どうぞ」
エルヴィス・プレスリーは、18歳の夏。
地元メンフィスのスタジオで、デモテープを作った。
トラックの運転手をしながら稼いだお金をつぎ込んで。
そのたった一本のテープが、彼をスターに押し上げていく。
初めてラジオから流れたエルヴィスの歌を聴いたリスナーは、黒人が歌っていると思った。
早々に揶揄するものもいた。
「白人が、黒人の真似をして恥ずかしくないのか?」
エルヴィスは、毅然と答えた。
「僕のルーツは、黒人のゴスペルにある。僕は、心からリスペクトしているんだ」
どんどん有名になっていくエルヴィスは、アメリカ全土でコンサートを開く。
ツアーに黒人のコーラスを連れていくと、主催者に、白人に変えるか、コーラスなしにしてくれと言われて、烈火のごとく怒る。
「彼女たちと一緒じゃなきゃ、意味がないんだ! 申し訳ないが、ツアーにはいけない!」
主催者がのちに謝っても、彼は許さなかった。
どんなに孤独なときも、大好きな母が亡くなったときも、音楽が支えてくれた。
ゴスペルはいつも、暗い心の奥底で輝き続けていた。
「僕がいくべき道は、この道しかない」
ソロアーティストのレジェンド、エルヴィス・プレスリーは、亡くなる寸前まで、自分の歌を歌い続けた。
【ON AIR LIST】
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