第百八十四話運は気持ちで直せ!
日本で最初の洋風庭園、日比谷公園や明治神宮の森をつくった、林学博士。
ついた異名が「日本の公園の父」。
さらに、東大教授にして大富豪。
多くの著作を残した哲学者としても知られています。
彼は、武蔵国埼玉郡河原井町、現在の埼玉県久喜市菖蒲町に生まれました。
菖蒲町にある記念館には、彼の残した言葉が記されています。
本多は、「努力」という言葉が好きでした。
家は貧しく、苦学生。
努力に努力を重ね、ドイツへの留学を果たし、指導教授の教えを受け、彼は悟ります。
「経済的な自立なくして、精神の自立はありえない」
彼は貯蓄と投資を繰り返し、やがて巨万の富を手に入れます。
そして、定年を迎えると、そのほとんどのお金を教育団体や公益事業に寄付したのです。
「家庭が円満であること、職業を道楽に変えること、この二つが人生最大の幸福だ」と豪語してはばからなかった男。
彼は、若いひとによくこう言っていたそうです。
「運は気持ちで直せ!」
本多いわく、不運は誰にでも起こりうる。
そんなとき、気持ちをどう立て直せるかが、のちの人生を決める。
もちろん、簡単に立て直せない思いもあるだろう…
でも、それでも、自分の気持ちで立て直すしかない。
彼は、常に若者を鼓舞し、励まし続けました。
ひとはいかに生き、いかに死ぬべきかを、己の人生で説いてみせた風雲児、本多静六が人生でつかんだ、明日へのyes!とは?
日比谷公園や明治神宮の森をつくった林学博士・本多静六は、1866年8月11日、現在の埼玉県久喜市に生まれた。
家は代々、村の名士。
深い森に囲まれた田畑で、米や麦をつくる農家の頭だった。
祖父や父の威光を背に、本多は、幼い頃からガキ大将。
6歳にして子分を引き連れ、野山を駆け回った。
もともと武士の流れをくんでいたこともあり、剣術も叩きこまれていた。
学校では読み書きを放り出し、遊んでばかりいた。
いたずらや喧嘩をして、いつもこっぴどく怒られる。
それでも、暴れずにはいられなかった。
家族で呆れられても、兄だけはかばってくれた。
ただその兄も、たった一度だけ本多を叱ったことがあった。
「静六、学問をおろそかにしちゃいけないよ。学ぶということは、自分を高めるということなんだ。精進しない人間は、永遠に今の場所から逃れることができないんだよ」
本多の人生の転機は、9歳の春にやってきた。
ある夜。
父はいつものように一杯飲むと「どうも、肩がはってかなわないなあ、寝るとするか」と床に入った。
翌朝、父は冷たくなっていた。
脳溢血だった。
享年、42歳。
亡くなって初めて、父が多額の借金をしていたことが発覚。
一家は、一気にどん底に落ちてしまった。
東大教授にして巨万の富を築いた投資家、本多静六は、9歳にして貧困に陥った。
裕福であったがゆえの辛さがあるかと思いきや、本多はたくましかった。
塩と飯だけの毎日。
農家の手伝いもすることになった。
でも不思議なことに、あれほど興味のなかった学問に関心が向いた。
本を読み、先生の言うことをきくようになった。
遊び呆けていた時間は、麦踏みと読書に費やした。
朝早く起きて、草刈りをした。
ある日、うまく草を刈れなくて途方にくれていると、祖父は本多に言った。
「草刈の秘伝なんてもんは、簡単だ。鎌を研いでおくこと。濡れ紙の切れるほどに、剃刀のように研いでおくこと。それだけじゃよ」
それから本多は、毎晩鎌を研いだ。
もうこれ以上研げないと思うまで、研いだ。
そうしているうちに、気がついた。
人間だって一緒じゃないか。
いきなり何かを成し遂げようったって、そんなのは虫が良すぎる。
毎日毎日コツコツと、自分という鎌を研いでおかないと、いざというとき役に立たない。
以来、彼は、毎日少しずつでも努力することを己に課した。
一日1ページ、文章を書く。
一日ひとつ、新しい言葉を覚える。
鎌を研いでおくと、草刈という仕事は道楽になった。
本多静六は幼くして、努力で運を引き寄せる術を学んだ。
田畑の肥料になる馬糞拾いは、ことさら苦行だった。
早く拾わないと他のひとにとられる。
しかも、籠はすぐに重くなり、満足に歩けなくなる。
あるとき、本多は思いついた。
近い場所から拾おうとするから、大変なんだ。
まず、早朝、夜が明けぬうちに、村のはずれまで行く。
そこから馬糞を拾い始めれば、誰にも邪魔されない。
しかも、家に近づくほど籠が重くなるので、効率的だった。
こうして、大嫌いだった馬糞拾いも、誰よりも集められるようになり、道楽になった。
貧乏が彼に頭を使うこと、体を使って稼ぐことを教えた。
そして、お金を蓄えることの大切さも教えた。
学問をしたいと思っても、お金がなければ、選択の幅が狭まってしまう。
お金のために生きる人生はつまらないが、お金のせいで夢を諦める人生もやるせない。
本多は、不運を乗りこえるための努力を、何より尊いと感じた。
米をつきながら、漢文を暗記する。
眠い、つらい、厳しい。
それでも、勉強時間を捻出するには、その方法しかなかった。
官立の山林学校に入学できたとき、まわりは奇跡だと言った。
でも、本多静六は思っていた。
「この世に奇跡なんてあるもんか。あるのは、努力したかどうか、それだけだ。運は、気持ちで直すしかないんだ」
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