第三百十三話優しさを育む
この日本で五番目に大きな湿原を擁する浜中町は、ある有名な漫画の聖地として知られています。
その漫画とは、『ルパン三世』。
画いたのは、稀代の漫画家、モンキー・パンチ。
本名は、加藤一彦(かとう・かずひこ)。
ペンネームのとおり、日本人離れした絵のタッチや斬新なキャラクター設定で瞬く間に人気を博し、今もなお、多くのファンを魅了し続けています。
彼をデビューから見守った双葉社が出版した、『追悼、モンキー・パンチ。ある漫画家の、60年間の軌跡』では、多くの漫画家が、唯一無二の偉大な先達に惜しみない賛辞を寄せています。
モンキー・パンチは、生まれ故郷の浜中町を生涯、愛し続けました。
町おこしのポスターに、二つ返事で絵を提供。
忙しいさなかにも、足しげく、ふるさとに通い、トークショーや子どもたちの漫画教室など、地域復興のために尽力したのです。
ある日、地域復興プロジェクトの会長がモンキー・パンチに尋ねました。
「昔の霧多布は、砂ぼこりが舞い、家はほとんど木造で、絵に画くと、色は、黒や茶色ばかりになる。なのに先生は、どうして色鮮やかな漫画を画くことができたんですか?」
モンキー・パンチはこう、答えました。
「初めて上京して、上野駅に降り立ったときにね、さまざまな色が一気に目に飛び込んできたんですよ。あふれるくらいに。それはね、もうすごかった。もしボクが都会に生まれていたら、気づかなかっただろうなあ」
大人気作家になっても、モンキー・パンチはいつも謙虚。
腰が低く、誰にでも公平に接する姿勢が人々の記憶に残っています。
幼い頃、北の大地で育まれた優しさは、描くキャラクターたちに投影され、世界中のひとたちに愛される所以になっているのです。
北海道が生んだ、レジェンド。
漫画家、モンキー・パンチが人生でつかんだ、明日へのyes!とは?
『ルパン三世』を世に送り出した漫画家、モンキー・パンチは、1937年5月26日、北海道厚岸郡浜中村、現在の浜中町霧多布に生まれた。
鉱山に勤めていた父の仕事の関係で、一時、愛媛県新居浜に暮らすが、ほどなく霧多布に戻る。
時代は戦争に向かってひたすら突き進んでいた。
そんな中、少年時代のモンキー・パンチが毎日のように通った場所があった。
家から歩いて15分ほどのところにあった、町の映画館。
冬はとにかく寒かった。
吹雪の中、風に吹き飛ばされそうになりながら、映画館に行く。
映画館の中にも隙間風が吹き抜け、中央に置いてあるストーブもあまり役には立たない。
寒さで歯がカチカチ鳴った。
家から持参した座布団を敷き、オーバーの襟を立て、スクリーンに見入る。
映画が始まれば、寒さを忘れた。
戦争映画が多かったが、片岡千恵蔵(かたおか・ちえぞう)が演じる宮本武蔵に夢中になる。
東映アクション時代劇映画。
痛快で、華麗な立ち回り。
無声映画には弁士も来て、場内が熱気に包まれた。
楽しかった。ワクワクした。
アクションシーンが終わると、白い息がもれた。
さらに映画熱を高めたのは、洋画体験。
西部劇には、椅子からひっくり返るほど衝撃を受けた。
銃を撃つシーンのリアリティに、体が震える。
「すごい…アメリカって国は、すごい…」
こうして、北国の少年の心に、少しずつ物語づくりの種が植えられていった。
モンキー・パンチが子どもの頃見ていた映画に、「母もの」というジャンルがあった。
子を思う母親の深い愛情に、映画館に来ている誰もが涙する。
幼いモンキー・パンチも泣いた。
特に三益愛子(みます・あいこ)の「母もの」が好きだった。
客席を見渡すと大人たちもハンカチで目をおおっている。
不思議な光景。
冷たい隙間風が吹く映画館で、全てのひとが同じものを見て泣いている。
優しいシーンでは、みな優しい顔になることを知った。
その他にも、伴淳三郎のコメディもの、美空ひばりの映画にも夢中になったが、ついに運命的な作品に出会った。
東映の『多羅尾伴内』シリーズ。
片岡千恵蔵 扮する探偵・藤村大造は、7つの顔を持つ男。
変装を駆使して、悪に挑む。
北海道の東、霧多布の映画館。
アクション、ピストル、チャンバラ、コメディに、人情。
そして、変装。
『ルパン三世』の種が、少年の心に芽吹いた。
地元の霧多布高校に進学したモンキー・パンチに、ある転機が訪れる。
普通科に入学したにも関わらず、彼の学年だけが定時制に変わってしまう。
人数が減ってしまった夜間クラスの廃校を防ぐためだった。
おかげで、昼間の時間が空く。
モンキー・パンチは、霧多布の診療所でアルバイトすることに決めた。
診療所ではレントゲンの助手などを務めた。
少年時代は、霧多布の映画館の中、仮想現実で遊んだが、診療所の業務で出張することのあった釧路では、霧多布では見ることができないアメリカ映画も、数多く上映されていた。
一日に映画館を3軒はしごして、さまざまな映画を観て回る。
ディズニー映画に初めて触れたのもこの頃だった。
アメリカ文化に傾倒し、ついにはアメリカの雑誌『MAD』に出会い、『ルパン三世』のアイデアが形作られていく。
『ルパン三世』の5人の登場人物、ルパン三世、次元大介、石川五ェ門、峰不二子、銭形警部。
この配置は、画期的であり、理想的であり、その後の漫画に多大な影響を与えたとされている。
追うもの、追われるものという単純な図式に、追われるものの葛藤や友情が描かれる。
そして、底辺にある優しさ。
そこに、モンキー・パンチがかつて観た映画たちが重なる。
活劇に笑い、母ものに泣いた、自分。
映画館で明日の活力を得ていた町の大人たちの表情。
フィクションのチカラを感じていたからこそ、モンキー・パンチは、地道に、粘り強く、己が信じる漫画を画き続けた。
【ON AIR LIST】
ルパン三世のテーマ '78 / ユー&エクスプロージョン・バンド
ジョニー・ギター / ペギー・リー
交響詩「はげ山の一夜」 / ムソルグスキー(作曲)、ロスアンジェルス・フィルハーモニー管弦楽団、アンドレ・プレヴィン(指揮)
ルパン三世 愛のテーマ / ユー&エクスプロージョン・バンド
★今回は、双葉社から出版されている、『追悼、モンキー・パンチ。ある漫画家の、60年間の軌跡』を参考にお送りしました。
(株)エム・ピー・ワークス様、(株)双葉社様、浜中町 モンキー・パンチ&ルパン三世de地域活性化プロジェクト様のご協力に感謝いたします。
北海道浜中町・ルパン三世-宝島プラン-
https://www.hamanaka-lupin.com
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