第百五十一話孤独から逃げない
鶴田浩二。
墓石には、本名の小野榮一という名前と同じくらいの大きさで、鶴田浩二と刻んであります。
初期こそ、その甘いマスクでアイドル的な位置づけでしたが、のちに出演した任侠映画のイメージが鮮烈です。
また、独特の歌い方、哀愁に満ちた声で、歌手としても人気を博しました。
大ヒット曲、『傷だらけの人生』。
加えて、戦争での特攻隊の翳り。
硬派で無骨。
若者を敵対視する印象派、亡くなる10年前に出演した、山田太一の『男たちの旅路』に集約されました。
「オレは、若いやつが嫌いだっ!」
特攻隊の生き残りで、たくさんの戦友を見送ってきた主人公は、自分が生きている意味について深く内省します。
鶴田浩二の顔の皺ひとつひとつが苦渋に満ち、セリフの重さに、観たひとは居住まいを正します。
観るひとをひきつける力。
その凄さに、もしかしたら、彼自身がいちばん驚いていたのかもしれません。
現場では不遜、傲慢と揶揄されることもあったと言いますが、その一方で情にあつく、後輩の面倒見がよかったという逸話も残されています。
なにより、さみしがり屋。
自分の誕生日には、多くのひとを招き、自ら歌を披露しました。
「何から何まで、真っ暗闇よ 筋の通らぬことばかり」
鶴田浩二の人生は、まさに「傷だらけの人生」だったのかもしれません。
でも、彼は聴こえない左耳に手をあてがいながら、歌い続けました。
マイクと一緒に持ったハンカチは、次の歌手への気遣い。
汗をつけぬ心配りでした。
常に強気でありながら、優しさを忘れなかったからこそ、彼は伝説になったのです。
俳優・鶴田浩二が、62年の生涯でつかんだ明日へのyes!とは?
俳優・鶴田浩二は、1924年、兵庫県西宮市に生まれた。
両親は、結婚していなかった。
鶴田の父の実家が、結婚に反対していたからだ。
母は仕方なく、鶴田を連れて浜松に移り住み、別の男性と籍を入れた。
博打好きの義理の父は、働かない。
生計を立てるため、母は遊郭で働くしかなかった。
鶴田の面倒をみることはできない。祖母に預ける。
祖母は母を産んだときの栄養失調で、目が見えなかった。
祖母との暮らしは、貧しかった。
食べるものはごくわずか。
祖母の目の代わりになろうと、幼い鶴田は必死になってかばい、守った。
たらいで米をとぐ。友人に馬鹿にされた。
悔しい。でも、どうにもならない。
それでも歯をくいしばった。
やがて、祖母が亡くなる。
家に、たったのひとりきり。
さびしい。来てはいけないと言われていたのに、遊郭に足が向いた。
母に会いたかった。
…追い返される。
泣きながら、砂利道を歩いた。
自分の気持ちとは裏腹に、世界は夏で、太陽輝き、あらゆる生き物は生きることを謳歌していた。
俳優・鶴田浩二は、幼心に思った。
「何も、信じない。何も、期待しない。この世は無情で、救いなどない」
祖母が生きているとき、ごくたまに、母が訪ねてくることがあった。
お土産にお菓子を持ってきてくれる。
お菓子よりも、母がそこにいることがうれしい。
でも、どう甘えていいか、わからない。
絵本を読むふりをして、母の様子を見る。
母は、自分の肌着のつくろいをしていた。
ひと針、ひと針、丁寧に縫っていく。その背中を見ていた。
時間はあっという間に過ぎて、母が身支度を始める。
その瞬間が、怖かった。嫌だった。
「じゃあ、そろそろ」母が言う。
そこで初めて母にむしゃぶりついた。
「いかないで、お母さん、いかないで」
つかんだ母の肩が、細かく震えていた。
「じゃあ、かくれんぼしようか」
母が言う。鶴田はうれしくて、飛びあがる。
「やった!」
でも…かくれているうちに…母はいなくなる。
はだしで母を追いかけても、その姿は、どこにもなかった。
夕暮れだけが、そこにあった。
後年、鶴田浩二は、こう振り返っている。
「もしかしたら…母は泣きながら追いかける私の姿を、電信柱の影から見ていたかもしれない、涙を流しながら」。
鶴田浩二は、14歳のとき、俳優に憧れた。
「役者は、すごい。誰にだってなれる」
その事実は、孤独な少年には救いだった。
劇団に入りながら、関西大学の専門部に入る。
本が好きだった。
ツルゲーネフ、ゲーテ、ロマン・ロラン。むさぼるように、読んだ。
本の中に自分を探す。自分の孤独を癒す言葉を探す。
もっともっと勉強して、いい役者になってみせる!
そう意気込んでいたが…戦争の嵐が世界を襲った。
横須賀第二海兵団に二等水兵として入団。
大切だった本は、焼かれてしまった。
戦争終結まで、海軍航空隊に所属。
多くの戦友の最期を見届けた。
亡くなっていくものと、生き残るもの。
その差に、何の意味があるのか?虚無感がつのった。
22歳のとき、薬の副作用で左耳がほとんど聴こえなくなる。
それでも、生きることをやめるわけにはいかない。
無念で死んでいった仲間への思い…。それだけではなかった。
自分がこの世に生まれてきた意味を、つかめないでいた。
自暴自棄になるとき、いつも母の震える肩を思い出す。
少なくとも、自分にできることは、命をかけてやる。
傲慢だと非難を受けた。
大スター気取りだと批判された。
自分でもバランスがわからない。
強い自信と、激しい自己嫌悪。
ただひとつ、わかっていたのは、誰も助けてくれないということ。
「孤独から、逃げない。私は、その一点で闘ってきました」。
【ON AIR LIST】
THE SUN IS SETTING ON THE WEST / GODIEGO
THE SUN AIN’T GONNA SHINE ANY MORE / THE WALKER BROTHERS
THE SHADOW OF YOUR SMILE / 小野リサ
傷だらけの人生 / 鶴田浩二
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