yes!~明日への便り~presented by ホクトプレミアム 霜降りひらたけ

第百四十五話 自分を肯定できるのは自分しかいない -【長崎篇】作家 佐多稲子-

yesとは?

  • 語り:長塚圭史
  • 脚本:北阪 昌人

『自分にyes!と言えるのは、自分だけです』
今週あなたは、自分を褒めてあげましたか?
古今東西の先人が「明日へのyes!」を勝ち取った命の闘いを知る事で、週末のひとときをプレミアムな時間に変えてください。
あなたの「yes!」のために。

―放送時間―
TOKYO FM…SAT 18:00-18:30 / FM大阪…SAT 18:30-19:00
FM長野…SAT 18:30-19:00 / FM軽井沢…SAT 18:00-18:29

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第百四十五話自分を肯定できるのは自分しかいない

長崎市出身の作家、佐多稲子(さた・いねこ)が亡くなって、今年で20年になります。
彼女は、貧しい生活のため、小学校を中退。
キャラメル工場で働き、家計を助けた経験をもとに、小説『キャラメル工場から』を書きました。
その作品が認められ、プロレタリア文学の女流作家としての位置づけを得ました。
彼女ほど、ぶつかっては倒れ、倒れてはぶつかるという人生をおくった作家がいたでしょうか。
佐多が生を受けたとき、父は18歳、母は15歳でした。
戸籍上は、親戚の奉公人の長女として届けられ、5歳のとき、ようやく両親の戸籍に養女として入ったのです。
幼い頃に芽生えた厭世観は、彼女の心の奥底に巣くいました。
「別に私は、望まれて生まれてきたわけじゃない」
「どうせ、世の中なんて、生きている価値なんかない」
でもその一方で、彼女は文学を通して、働くひと、懸命に家庭を守る女性を励まし続けました。
「嫌なことがあるのが人生だから。いいんですよ。すっかり忘れてしまっても。忘れることは救いです。逃げることは、人間に与えられた最後の抵抗なんです。」
ひとに、忘れること、逃げることを勧めながら、自身は、いつも困難に真向から対峙しました。
戦時中、左翼でありながら戦争に加担する記事を書いたと揶揄(やゆ)され、四方八方から非難を受けても、マスコミから逃げることなく、顔を上げて歩き続けたのです。
彼女はことさら、強い女性だったのでしょうか。
少なくとも、それは強さではなかったことが、彼女の小説や随筆から垣間見えます。
彼女は知っていました。どんなにつまずき、倒れても、立ち上がるのが人生だということを。
94年の波乱の生涯を生き抜いた、作家・佐多稲子がつかんだ、明日へのyes!とは?

作家・佐多稲子は、1904年6月1日、長崎県長崎市に生まれた。
父は18歳の中学生、母は15歳の女学生だった。
両親は結婚していなかったが、実の父と母のもとで育てられることになった。
父は、中学を出ると、長崎の造船所に勤めた。
稲子が2歳のときに、母が肺病にかかる。すぐに祖母に預けられた。
7歳のとき、母は亡くなる。
稲子は、母の愛を知らずに大きくなった。
11歳のとき、一家は上京し、本所向島に住むが、ほどなく父が職を失う。
家計はすぐに逼迫(ひっぱく)。仕方なく、稲子は小学校を5年でやめ、神田和泉橋のキャラメル工場で働く。
朝、暗いうちに家を出る。遅刻したら門が閉められ、その日の給金はもらえない。工場には常にすきま風が吹き、冬は冷え切った空気の中での立ち仕事。倒れ込む少女が多かった。
帰りには、キャラメルを持ち帰らないかを厳重に検査される。
その間も、吹きさらしの中、待たされた。
稲子は思った。
「学校に行きたい。勉強がしたい。本が読みたい。でも、この世に救いなんか、ない」
このとき、彼女を唯一支えたのは、想像の世界だった。
「私の頭の中だけは、誰にも支配されない」

長崎市出身の作家・佐多稲子は、幼くして、職を転々とした。
中華料理店、メリヤス工場、年齢を偽って働く。
結局、体力的に続かない。それでも、家計を支えるには、仕事につくしかなかった。
どんなにクタクタに疲れていても、本を読んだ。
一日、本を読み、文章を書くことで、自分を保つことができた。
14歳のときに、短歌や短文を雑誌に投稿して、掲載される。
うれしかった。
『少女の友』や『女学世界』に自分の作品が載ったとき、言いようのない喜びが体を駆け抜けた。
「私は、生きていても、いいのかな」
初めて、そう思えた。
ペンネームは、田島いね子。
私は今、辛くて仕方ないけれど、田島いね子は、きっと笑顔で生きている。
一日一回、田島いね子になれる時間が、唯一の救いになった。

17歳のとき、上野の料亭で座敷女中として働いているとき、芥川龍之介に出会った。
女中の中で、芥川を知っているのは、稲子だけ。
担当の女中が稲子のことを話すと、芥川は自分の知り合いだと思い、部屋に呼んだ。
襖(ふすま)を、ゆっくり開ける。
そこに、着物を着た文豪の後ろ姿が見えた。

芥川龍之介は、17歳の座敷女中、佐多稲子に逢うと、「キミは、私をしっているのかい?」と尋ねた。
「はい。存じ上げています」稲子は答えた。
彼女は、芥川の作品が大好きだった。
先生の厭世観、この世を諦めている感じは、自分に似ている。
小説の素晴らしい特質は、自分に似ているひとがこの世の中に生きているのを認識できること。
「私の小説を読んだことがあるのか?」
そう聞かれて、稲子は、彼の作品のタイトルをつらつらと口にした。
以来、芥川は稲子を可愛がり、その料亭に来るたびに彼女を呼んだ。
「小説は、いいよ。自分に起きた良いことも悪いことも、全て血肉になる。いいんだよ、人生は、うまくいかなくていいんだ。辛ければ、逃げればいい。逃げて逃げて、それを小説の種にすればいい」
佐多稲子は、夫の疑心暗鬼に疲れ果て心中をはかったときも、それを文章にすることで昇華した。
中野重治、堀辰雄、名立たる文学者に出会うことで、さらに小説にのめりこみ、そこを自分の生き場にした。
書くことで厭世から逃れ、自分の過去を乗り越えた。
逃げてもいい、誰から何を言われてもかまわない。
ただ、自分がこの世に生きていることを喜びたい。確認したい。
だから佐多稲子は、書いた。自分から目をそらさず書き続けることで、明日をたぐりよせた。

【ON AIR LIST】
紫陽花 / 笹川美和
Just My Imagination / Boyz Ⅱ Men
Go On Girl / NE-YO
Somebody Please / Trish Toledo

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今週のRECIPE

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霜降りひらたけの和風グラタン

今回は、作家・佐多稲子の故郷、長崎県長崎市の特産野菜でもある、ねぎとほうれん草を使った料理をご紹介します。

霜降りひらたけの和風グラタン
カロリー
431kcal (1人分)
調理時間
20分
使用したきのこ
霜降りひらたけ
材料
【2人分】
  • 霜降りひらたけ
  • 1パック
  • 里芋
  • 6個(200g)
  • ほうれん草
  • 1/3束
  • 長ねぎ
  • 1/2本
  • ベーコン
  • 4枚
  • ホワイトソース
  • 200g
  • 味噌
  • 大さじ1・1/2
  • とろけるチーズ
  • 適量
作り方
  • 1.
  • 霜降りひらたけは小房にほぐし、里芋は皮をむいて食べやすい大きさに切り、500Wのレンジで1分加熱する。
  • 2.
  • ほうれん草はさっと茹で、食べやすい大きさに切る。
  • 3.
  • グラタン皿に輪切りの長ねぎ、1cm幅に切ったベーコン、里芋を並べ、ホワイトソースと味噌を合わせ、上からかける。
  • 4.
  • ほうれん草、霜降りひらたけを盛り、とろけるチーズを上にのせ、200℃のオーブンで10分焼く。
  • recipe LIST

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番組へのメッセージ

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PROFILE

  • 長塚 圭史

    語り:長塚 圭史

    1975年生まれ。東京都出身。96年、演劇プロデュースユニット「阿佐ヶ谷スパイダース」を旗揚げ、作・演出・出演の三役を担う。08年、文化庁新進芸術家海外研修制度にて1年間ロンドンに留学。帰国後の11年、ソロプロジェクト「葛河思潮社」を始動、三好十郎作『浮標(ぶい)』を上演する。近年の舞台作品に、『鼬(いたち)』、『背信』、『マクベス』、『冒した者』、『あかいくらやみ~天狗党幻譚~』、『音のいない世界で』など。読売演劇大賞優秀演出家賞など受賞歴多数。
    また、俳優としても、NHK『植物男子ベランダー』、WOWOW『グーグーだって猫である』、WOWOW『ヒトリシズカ』、CMナレーション『SUBARUフォレスター』など積極的に活動。

  • 北阪 昌人

    脚本:北阪 昌人

    1963年、大阪生まれ。学習院大独文卒。
    TOKYO FMやNHK-FMなどでラジオドラマ脚本多数。
    『NISSAN あ、安部礼司』(TOKYO FMなど全国FM37局ネット)、『ゆうちょ LETTER fo LINKS』(TOKYO FMなど全国FM38局ネット)、『世界にひとつだけの本』(JFN)、『AKB48の私たちの物語』(NHK-FM)、『FMシアター』(NHK-FM)、『青春アドベンチャー』(NHK-FM)などの脚本・構成を担当。『プラットフォーム』(東北放送)でギャラクシー賞選奨、文化庁芸術祭優秀賞受賞。『月刊ドラマ』にて、『ラジオドラマ脚本入門』連載中。
    主な著書に『世界にひとつだけの本』(PHP研究所)、『えいたとハラマキ』(小学館)がある。

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NEWS

特別版『オードリー・ヘップバーンが教えてくれる、明日へのyes!』
常盤貴子さん長塚圭史さん
風も、雨も、自ら鳴っているのではありません。 何かに当たり、何かにはじかれ、音を奏でているのです。
誰かに出会い、誰かと別れ、私たちは日常という音を、共鳴させあっています。
YESとNOの狭間で。
あなたは、自分に言っていますか?
YES!ささやかに、小文字で、yes!
毎週土曜日、明日(あした)への希望の風に吹かれながら、自分にyes!と言ったひとたちの物語を朗読でお届けしている番組『yes!明日への便り』。 1月8日は、その特別版「オードリー・ヘップバーンが教えてくれる、明日へのyes!」をお送りいたします。
2018年に没後25年を迎える稀代の大女優オードリー・ヘップバーンの波乱万丈な人生―女優になるまでの波乱に満ちた半生、輝かしい女優時代、ユニセフ親善大使として世界中の子どもたちに尽くした晩年までを、 女優の常盤貴子さんが演じます。
長塚圭史は「語り」の部分やオードリーの夫、また彼女の人生に影響を与えた映画監督の役を担当します。女優、オードリー・ヘップバーンが、私たちに教えてくれる、明日へのyes!とは?

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